A requiem to give to you
- 蘇る魔界(1/5) -



───ダアトの教会内にて。

シンクは今日割り振られていた仕事を終え、空腹を訴える腹を満たす為に食堂へ向かっていた。時刻で言えば三時を少し回ったくらいで、俗に言う「おやつの時間」である。

普段から別にそんな優雅な時間を過ごすような身分ではないのだが、どうせやる事もないので偶には良いだろうと足を進めていると、途中でアリエッタと遭遇した。



「あ、シンク」



こちらに気付いたアリエッタの方から声をかけられる。側には彼女のオトモダチであるライガが控えているが、彼女がいつも連れ歩いている個体よりも少し小さい気がする。



「お前か。そのライガは……」

「あ、うん。ママの子で……アリエッタの妹だよ」



アリエッタが示す【ママ】とは言わずもがな、今は亡きライガクイーンである。その女王から生まれたこのライガは、最近までレジウィーダの幼馴染みであるタリスが預かっていた。外殻大地の降下が終わった際にアリエッタの元へと戻っていたのは知っていたが、前に見た時よりも随分と大きくなったものだ。まだ成体にはなっていないようだが、それでもアリエッタやシンクくらいの体格の者ならその背に乗せて走る事が出来るだろう。

そんなライガは柔らかそうな立て髪を揺らしながら時折首をふるふると振っている。……それはさておき、



「外回りじゃなかったっけ?」

「午前中だけ。もう終わったから帰ってきたの」

「ふーん」



最近は徹夜レベルの書類仕事も落ち着いている。加えて教会の方針改革による暴動なども特にない(小さないざこざは見られるが)昨今、少し頭が平和ボケし始めているのを感じているシンクは、アリエッタの言葉にどうでも良さそうにそう返した。



「……………」

「……………」



会話がなくなってしまった。考えてみれば、アリエッタと二人でちゃんとした会話をした記憶がない(彼女のおやつを無断で食べて激昂した彼女と鬼ごっこになった事は幾度とある)。ヴァンの紹介で初めて会った時でさえ、最後には話す内容がなくて何とも気まずい空気が出来てしまったのを思い出す。



(かと言って、これ以上何も話すことがないし)



出来れば早いところどこかへ行って欲しいとさえ思う。寧ろこっちからさっさと移動すれば良い話なのだが、それも何だか気が引けるし、逃げているみたいで嫌だった。



「あの、シンク」



どうしようかと考えていると、アリエッタがおずおずと話しかけてきた。



「……何?」



今は仮面がない。彼女が最も愛した存在と同じ顔を晒している己を明確に違う存在と認識しているそれに、シンクは少しだけ言葉を詰まらせながら聞き返すと、アリエッタは「あのね」と続けた。



「これからお昼食べに行こうと思ってるの………一緒に、どう?」

「……………」



前までであれば、「お前となんて冗談じゃない」と切り捨てていた事だろう。口を開けば「イオン様」とぐちぐちとうざったい彼女に嫌悪感しかなかったのに、今はそこまででもない。

だから、別にその誘いを断る理由もないのだ。



「まぁ、どうせボクも向かうつもりだったし………良いよ」

「! ………うん」



誘いに乗れば、大きな目をキラキラさせながら笑顔を浮かべられた。慣れない反応に何だか胸の奥がムズムズとしたが、その内慣れるだろうと思うことにして二人と一匹で再び歩き出した。



それから少し進んだ先で、見慣れた姿が目に入った。



「──────では、そのようにお願いします」

「承知しました。……それにしても、まさかそんな事になっていたとは…………未だに頭が追いつきません」

「ふふ、まぁ……普通はそうですよね」



近付くにつれて会話が鮮明になる。話の内容自体は聞き取れなかったが、少なくとも片方の心労は凄そうだと言うのはその表情から読み取れた。



「あ、シンク。それにアリエッタも一緒だったんですね」



苦笑を浮かべながら片方を労っていたもう片方がこちらに気が付き声をかけてきた。



「イオン様。えっと……お仕事終わったから、シンクとご飯を行く……です」



アリエッタが少しだけ気まずそうにそう返すと、イオンは「そうでしたか」と穏やかな笑みを浮かべた。

彼もまた、アリエッタが愛した存在とは異なる者。名前も、見た目も同じだけど、確かに違う存在。決して分かり合えないと思われたが、予想とは異なり彼女は皆が思うよりもずっと強かで、気まずさはあるも今は彼の事も無事に受け入れてはいるようだ。

それは目の前のイオンも同じで、以前はアリエッタを見ると悲しそうにするしかなかった彼が、アリエッタと穏やかに話す日が来るなんて、一ヶ月前までは誰も予想が出来なかった。



(それも、アイツらが来たから………って事になるのかな)



お節介で煩わしい。けれど何だかんだで嫌いにはなれなかった人達。ただ普通に過ごしていただけでは、今のこの日常が手に入らなかった事を考えると、やはりあの異世界からの来訪者達の存在は大きかったのだろう。



「て言うかさ、詠師トリトハイムとこんなところで何話してたわけ?」



仕事に関する事なら導師の執務室でするだろう。しかしこんないつ人が来るかわからないような廊下でするくらいなのだから、大した話ではないのだろう。そう思って軽い気持ちで問いかけると、名前を出されたトリトハイムは何とも言えない表情を浮かべ、イオンは再び苦笑した。



「偶然そこで会ったので世間話ついでにちょっとしたお願いをしていたのですが…………思いの外、大変そうだと気付きまして」

「「???」」



どう言うことだ、とアリエッタと二人で首を傾げる。



「教会の方針が変わった事もそうですが、僕やシンク。特に貴方の存在について、人々にどのように伝えていくかを考えていたんです」



その言葉にああ、となる。確かに目の前のイオンはともかく、シンクはただのそっくりさんで通すのは難しいだろう。かと言って兄弟と通すのも、違うとバレた時に余計なトラブルとなりかねない。
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