A requiem to give to you
- 再誕を謳う詩・後編(1/12) -



それは七年も前の話になる。イオンが導師じゃなくて、アリエッタもまだまだ人間の言葉が漸く形になってきたくらいの……そんな時期のことだった。



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ダアトは一年を通して温暖な気候が続く場所。冬が明け、春も半ばだが日差しは強過ぎない程度に暖かいが、薄手でも少し汗をかくくらいの陽気だった。街に一歩踏み出せば、そこに住まう人々は綺麗に洗った洗濯物を干し、良い天気に感謝をして、外に出て仕事をしたり、買い物をしたり、遊んだり……とニコニコと今日も穏やかに過ごしている。



「毎日毎日………何がそんなに楽しいんだろう」



ボソリ、と誰にも聞こえないくらいの小さな声でイオンは呟いた。

だってやってる事はいつもと同じだ。朝起きて、ご飯を食べて、仕事や買い物をして、教会に預言を聞きに行って、それからまたご飯を食べて寝る………大して変わり映えのしない毎日を過ごしているだけなのに、人々はいつだって生き生きとしている。

それが何だか無性にうざったく感じる。



「イオンさま?」



そんなイオンの様子に気がついたらしい、少し後ろを歩いていたアリエッタが声をかけてきた。そんな彼女に微笑みかける。



「何でもないよ」



そう言うと、人を疑う事の知らない彼女は「わかった、です」と小さく頷いた。物分かりが良くて助かる、なんて一人頷いていると視線を感じた。



「………何?」

「………………」



アリエッタの更に後方からついて来ている存在に振り返り様に問いかける。女性でありながらもそこそこの長身で、腰には細身だが長い剣を携え、隻眼の覗く眼光は鋭い。一般人が睨まれれば直ぐにでも怯んでしまいそうな出立ちの彼女は、神託の盾騎士団の中でもかなりの実力者だ。一個師団を従える程のその実力は、噂では首席総長にも引けを取らないとか何とか……。

そんな彼女はイオンの問いに静かにこちらを見返していたが、やがて首を横に振ると「何でもありませんよ」と事務的に返して目線を外した。



(堅苦しい奴…………と、言うか何で今日の護衛がコイツなわけ?)



ここ最近はずっと部屋で缶詰になっていた己を心配した現導師であるエベノスが、命令と言う形でアリエッタと共にイオンを外へと出した。
別に外に出たところで何かやりたい事があるわけでもないし、それだったらいつも通り部屋に篭って本でも読んでいた方が有意義だったのだが、命ぜられたからには従うしかなかった。



(どうせあと数ヶ月でいなくなる奴の命令に従うのは面倒……でも、それでもあの人は最高指導者だから、今はまだあの人の言葉は絶対だ)



本当は少しその辺をぶらついて適当に戻るつもりだった。しかし教会を出て直ぐにいた本日の護衛によってそれは叶わなかった。それもその筈、彼女は俗に言う【体育会系】で士官学校の訓練などでも教官職を務めるような人だ。そんな人物を目の前にあまりにも自堕落なことをしたら、何をされるかわかった物じゃない。

己の体が弱い事は有名だ。それでも、最低でも一時間は外を散策でもしなければ、より面倒臭いことになりかねない。何事もなく帰る為にも、今回は大人しく街を練り歩いているが…………街の人々の顔を見て、声をかけられれば笑顔で手を振って返す作業など、正直苦行でしかない。

いっその事体調が悪くなったと言って戻ってやろうか。そんな事を思っていると、「イオン様」と護衛が声をかけてきた。



「人が多くなってきましたので、少し場所を移しませんか?」



珍しく気の利く言葉に目を丸くする。しかし今はその言葉がとても有り難かったので、素直に応じる事にした。

それからイオン達はダアト港の方まで足を伸ばした。アリエッタは久し振りの外に声を上げて砂浜を走り、波打ち際にいる蟹やら貝やらに目を輝かせている。



「本当に、呑気なヤツ。何も知らないで…………無駄に幸せそうにしちゃってさ」



街の奴らも、アリエッタも。伸び伸びとしていて、それでいてとてもキラキラとしている。けれどイオンには、やっぱり何が楽しいのかがわからなかったし、そんな人々を見ているだけでイライラとするだけだった。



「イオン様」



と、再び護衛は声をかけてきた。今はアリエッタは蟹をつつく事に夢中でこちらを見ていない。イオンは表情を落とすと「今度は何?」と返した。



「差し出がましいようですが、言いたい事があるのならはっきりと申し上げた方がよろしいですよ」

「……はぁ?」



何言ってるんだコイツ、と言う目で見て返すと、彼女は辺りの警戒をしつつ続けた。



「言葉のままです。どんな事情があるのかは分かりませんが、伝える気のない言葉を一人でブツブツと吐き出すくらいなら、言わない方が良い」

「何が言いたいのさ?」

「すごく陰湿で、格好が悪いです」



と、馬鹿正直にそんな言葉を言われ、カッとなった。



「煩いな、別に愚痴くらい誰だって出るだろ!」

「なら、普通に話せば良いだけの事です」

「それが出来ればこうなってないよ!」



それ以前に、そんな愚痴を漏らすような相手などいない。そんな奴がいたのなら、己のこの歪んだ性格も少しはまともになったのだろうか………なんて考えて首を振る。



(適当な事を言ってさ。こっちの気なんて知らない癖に!)



今年、イオンは導師になると預言に詠まれている。その為、生まれて直ぐに家族から離され、ダアトと言う箱庭でずっと勉強ばかりさせられていた。次期導師だからと、周りの大人も子供も己を持て囃し、対等な関係性など築いたことなどない。

唯一、そんな己を”次期導師”と言う目で見なかったのは今も能天気にそこで遊んでいる少女くらいのものだった。
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