A requiem to give to you- 再誕を謳う詩・後編(2/12) -
(それでも、アリエッタでさえも…………僕のこの絶望なんて、わかりっこない)
家族も友も捨て、得た先の未来は長くはない。それを知って、平静でいられるわけがなかった。目の前の彼女だって軍属で、必要があれば
武器を手に戦う。だからいつ死んでもおかしくはない。でもそれはずっと先の話かも知れないし、もしかしたら普通に退役した後も長く生きて、幸せな家庭だって築くかも知れない。
……そんな未来は、イオンにはない。誰かにこんな事を言ったところで何とかなるわけでもないのだから、今更愚痴を言えるような対等な関係なんてものも要らなかった。
「イオン様、一人で行かれるのは危険です」
今直ぐにでも吐き出したい気持ちを飲み込んで踵を返せば、護衛は静止をかけてきた。しかしそれに従うつもりは毛頭なかった。
「どうせアンタがついて来るんだから、大丈夫でしょ」
それだけ告げると後は無視して歩き出す。それに気付いたアリエッタが「まって」と拙い声をあげてパタパタと着いてくる気配を感じながらも暫く進み続けていると、先に何かが見えた。
「………?」
遠目からはよくわからないが、波打ち際に何か落ちている───いや、あれは………
「誰か倒れていますね」
護衛が淡々とそんな事を言う。それに答えずに再び足を進めようとして、肩を掴まれた。
「お待ち下さい。流石に正体不明の者に近付けさせるわけにはいきません」
「僕に命令するな。何かあれば直ぐにお前が対処すれば良い話だろう」
そう言って肩にある手を振り払い、それに近付く。そして鮮明なってきた姿に眉を顰めた。
まず目に入ったのは、ここらではあまり見ない程に鮮やかな金色。まだ子供だが、己や恐らくアリエッタよりは年上と思われる体つきで、うつ伏せに倒れているがその形状はどう見積もっても男だ。そんなまだ少年とも言えるような人物が、何故か一糸纏わぬ姿で倒れている。
これには後ろ来た二人も驚いていた。
「え、と……しんでる?」
「わからない」
アリエッタの問いに首を横に振る。それからその横にいる奴に視線を向けると、彼女はこちらの意図が伝わったようで直ぐに少年の体をひっくり返して生死を確認し始めた。
「脈、呼吸共に正常。外傷もない………ただ寝ているだけ、ですね」
「「……………」」
てっきり野党などにでも襲われたのかとも思われたが、そんな感じではないらしい。つまりはただの変態だったのか、と呆れそうになっていると、少年は静かに目を開けた。
「ン…………?」
「起きたか」
重い瞼が開かれた先には星があった。いや、星のような金……と言った方が正しいか。あまりにも特徴的なそれに思わず言葉なく見ていると、少年は自ら上半身を起こすと辺りを見渡した。
「????」
次第に開かれていく目は混乱の色が見えた。どうやら自分がどうしてこうなっているのかがわかっていないらしい。やはり何者かからの襲撃にでもあっていたのだろうか。
「オイ」
と、少年に護衛が声をかける。それに少年が彼女を向くと、一瞬にして少年は見えなくなった。……いや、正確には護衛が己の外套を少年に被せたのだ。
「アンタは何者だい? どこから来て、何故そんな格好でこんな所にいる?」
「…………………」
少年は答えない。ポカン、と口を開けて呆けている姿に違和感を覚える。
「もしかしてコイツ、こっちの言ってる事がわからないんじゃない?」
数年前、アリエッタと初めて会った時だってそうだった。森の奥深くで魔物と一緒に十年以上の時を過ごしたらしい彼女は、人の言葉も、服の着方も、二本足で立って歩く事さえままならなかった。目の前の少年はその時のアリエッタに比べれば大分こ綺麗な方だが、しかし海の魔物といた……と考えるのなら、可能性はなくはないだろう。
……と、思っていたのだが、
「あ、………いや、言葉は………わかる」
少し掠れながらも、声変わり途中のやや低い声がそう返す。それから少年は両足で立ち上がると、困ったような顔をした。
「あー………取り敢えず、ここは……どこだ?」
「ここはダアト港の外れだよ」
「あんたは?」
少年に問われ、護衛は改めて少年に向き合う。
「神託の盾騎士団、第六師団師団長の───カンタビレだ」
簡易的に護衛、カンタビレはそう言って名乗る。普通、そこまで聞けば彼女の階級に腰が引けるだろう。しかし少年は今一つピンと来ないようで、首を傾げていた。
「そう、っすか。よくわかンねーけど、取り敢えず凄い人って事っすね」
まさかそんな返しが来るとは思わなかったらしく、今度はカンタビレの方がポカンと口を開けて呆けてしまった。そんな二人の様子が何だかとてもおかしく映り、思わず噴き出した。
「ぶっ、あっははは!」
「イオンさま?」
普段、あまり大声を上げて笑わないからか、アリエッタがびっくりしている。しかし今は繕うことはせず、目の前の少年を見据えた。
「ねぇ」
と、声をかければ訝しげに二人がこちらを見る。
「何があってそんな格好で転がってたかは知らないけどさ、丁度退屈していたところなんだ。良かったら暫く相手になってくれない?」
今なら衣食住もつけるよ、なんて続けて言えばカンタビレが怒ったように「なりません」と止めた。
「何者かもわからない者を連れて帰れるわけがないでしょう」
「そんな堅い事言わないでよ。最終的には導師エベノスの判断になるけどさ、でも………愚痴の漏らせる相手くらい、作ったって良いだろう?」
苦笑して彼女を見上げれば、カンタビレは困惑した表情を浮かべ、やがて大きな溜め息を吐いた。
「はあぁぁぁぁ…………それで貴方の捻くれた性格がマシになるなら、これ以上あたしは止めませんよ。って言うか、あたしはちゃんと一度は止めましたからね。後で責任転嫁しないで下さいよ」
「少し前から思ってたけど、お前ってかなり失礼なヤツだよね」
僕が導師だったら即不敬罪でしょっぴいてたよ。
そんな言葉は引き攣る口元で頑張ってせき止めた。
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