A requiem to give to you
- 新幕はとうに上がっている(1/4) -



「おーい、そっちの金具類回してくれー!」

「これ、後五センチ右なー!」



溌剌とした男達の声、トントンカンカンと心地の良い音を立てて振るわれる槌、大きなアームや車輪を動かして様々な資材を運ぶ音機関。天気は良く、少し涼しいくらいの気候は屋外での作業には丁度良い感じだ。

元々、この地は少し小さな城が一つあるだけの平原だった。海は近いが浜辺はなく、断崖絶壁とも言える大陸の端を位置するこの場所は今、新たな街として生まれようとしていた。

タリスは元コーラル城跡地……否、新街アクゼリュスへと赴いていた。海からの潮風に煽られる横髪を右手で避け、反対の手でリスのような熊のようなどうにも形容し難い縫いぐるみを抱えながらも今日も順調に建設が進む街の中を歩いていた。



「僅か一ヶ月ほどで随分と進んだわねぇ」

「元々、アクゼリュスは鉱山の街だったから坑夫が多いのよ。それにキムラスカが用意した工事用の音機関もあるのだし、理論上はもう少し効率を上げられそうだわ」



作業が始まって直ぐは人なんて住める状況ですらなかった。しかしアクゼリュスの住民達はコーラル城周辺を開拓する話が出るや否、直ぐに街の構想を練り始めて、その時点で廃墟となっていたコーラル城を整備し、そこを拠点に坑夫達が出来上がった見取り図を元に建設が始まった。先の縫いぐるみことメルビンの言葉の通り、坑夫が多かったのと、今回の支援としてキムラスカからいくつもの音機関が貸し出された。そこでマルクトから取り寄せた資材を使い、効率的に作業を進めていった結果、今は少しずつ人が住める場所が増えて来ており、全員とは行かないが住民達も暮らし始めている。

ただ、



「確かに単純な数字でなら効率は上げられるわ。けど……実際はなかなか難しいと思うの」



と言うのも、鉱山の街として存在していたアクゼリュスでは高濃度の障気に溢れていた。特に坑道内で作業をしていた坑夫達へのダメージは深く、体の弱い者などは命を落としたりもしていた。また生き残った者達も後遺症が残っていたり、未だに空気の悪い場所では症状が出てしまう者だっていた。一応、キムラスカやマルクト、ダアトからも腕の良い作業員を派遣をしていたり、症状の重い者達を定期的に医師が来て診てもらったりはしている。

タリスの言葉に事の背景を理解したメルビンもまた「そうよね」と少し申し訳なさそうに返していた。



「とにかく今は街の人達の健康を見つつ、早く皆が安心して生活が出来るようにサポートして行かないとね」



そう言ってタリスは背負っている荷物を見た。中には医師から預かった薬類が入っている。これらは症状が比較的軽い者達へと届けられる物だった。

タリスはこの一ヶ月、週に一回この地へと訪れている。ケセドニアからの食量やマルクトでは手に入らない資材を運搬する業者の護衛だったり、重症患者を見る医師に代わって薬を届ける手伝いをしたりしている。

メルビンはあの旅の後もタリスについて来ていた。理由は世界を見たいから。あとは、最初の契約時にも言っていた「”子供達”が心配」だから。そんな願いをタリスは汲み、こうして一緒に行動を共にしている(余談だが、仔ライガはアリエッタの元へと返している)



それから家々を周り、薬を配り終えて医師へも報告を終えたタリスは帰り支度をしていた。街の人達からはもう少しゆっくりしていったらどうかとも言われているが、それらを丁重に断りながらもなるべく早くバチカルへと帰りたかった。



(ルーク、今日はちゃんと外へ出たかしら……)



旅の後、ルークは殆ど屋敷の外へと出ていない。以前のように軟禁をされているわけではないし、体に不調があるわけではないのだが、精神的な落ち込みが酷いようで、タリスやナタリアがいくら誘っても彼が元気な姿を見せることはなかった。

しかし彼の気持ちもわからないわけではなかった。預言の為に利用され、偽物だと罵られ、信じてた者に裏切られ………そして、取り返しのつかない事をしたと自責の念にも駆られている。寧ろ落ち込むだけで済んでいるだけ救いなのかも知れない。

そんなルークが心配だった。彼が特に責任を感じてるアクゼリュスの人達は再興する為に前を向いて頑張っている。そんな人達の様子を邸に帰る度にルークへも伝えている。それを続けていれば、彼もまた前を向いてくれるんじゃないか……なんて思いながら。



(皆がいたら………また違ったのかしらねぇ)



喧嘩やすれ違いも多かったけど、何だかんだで旅の終わりには深い信頼関係を築く事が出来た仲間達。旅が始まった当初では考えられなくて、そして何よりルーク自身を大きく成長させた。

人と関わる暖かさ。彼は世界を通じて様々な人と関わる事が出来たのだ。特に切っ掛けとなった亜麻色の少女は、彼の心を大きく動かしていた事だろう。

そう……辛い思いばかりじゃなかったのは彼自身もわかっているのだ。だからこそ、身近にいるタリスだけじゃなくて、他の皆とも会う事が出来れば、彼は立ち直れるのではないだろうか。

そこでタリスは先日のレジウィーダ達との通話を思い出した。



「今度レジウィーダから電話がかかってきたら、ルークもグループ通話に参加させてみようかしら?」

「グループ通話って、この間皆でしていた通信の事?」



どうやら声に出ていたらしく、ベンチに座って支度の様子を見守っていたメルビンが問いかけてきた。
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