A requiem to give to you
- 再誕を謳う詩・後編(3/12) -



*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







「イオン様!!」



うげ、と思わず上げそうになった声を嫌悪感と共に隠しながら、ドスドスと大股でこちらにやって来る存在に笑顔で返す。



「お疲れ様です、大詠師モース」

「聞きましたぞ! 外で乞食を拾ったと!!」



乞食、の言葉で少年が思い切り顔を顰めていたが、カンタビレが直ぐ様彼の前に出て隠していた。



「乞食だなんて………彼は浜辺に打ち上げられていたんですよ。身包みまで剥がされて………そんな哀れな民を守るのが我らの役目でしょう? これはあくまでも保護ですよ」

「だとしても、貴方様がされる必要はありません! 部下に全て任せれば良いのです」

「私が無理言ってお願いしたんです」



ね、とカンタビレを見れば、彼女は頷いた。



「私はお止めしましたが、イオン様きってのお願いでしたので……。それを無碍にする事は私めにはとてもとても……」

「貴様がか? 嘘臭い事を言いおって……!」



バレてるじゃないか、なんて思いながら半眼で睨むが、カンタビレはどこ吹く風だ。大分遠慮がなくなったそんな彼女は一先ず置いておき、イオンはモースを向き直る。



「それに、彼の事は導師エベノスから保護の許可を頂きました」

「存じております………ですがやはり、これ以上貴方様の周りに外部の者を置くと言うのは私は反対です」



モースの言いたい事はわからないでもない。しかし、ダアトは基本実力主義だ。そこに階級など、実力さえあれば関係はない。



「なら、彼を私の守護役として騎士団に入れれば問題はありません」



途中で死んでしまえばそれまで。しかし生き残れれば、誰にも文句は言えなくなる。実力が物を言う世界だ。力こそが己を守る力にもなる。



「それに万が一にも彼が危険人物であるのなら、ここにはカンタビレやヴァンのような強い人もいますから、危険と感じれば直ぐに対処も出来るでしょう」

「……本人を前によくそこまで言えるよな」



ボソリ、と背後で何か聞こえた気がするが、直ぐにカンタビレが拳骨を降らせて黙らせていた。

イオンの言葉にモースは文句を言いたげに唇を噛み締めていたが、やがて諦めたように溜め息を吐いていた。



「導師エベノスが許可を出しているのならば、仕方がありません。ですが、この世界は甘くはない。その者が貴方の隣に立つまでに消えたとて、貴方は貴方の役目を放棄する事は許されませんぞ」

「ええ、わかってますよ」



煽りに乗らずに笑顔でそう返すと、モースは「フン」と鼻を鳴らし、最後にカンタビレの背後を睨みつけてからどこかへ去っていった。

それから少年をカンタビレに任せて自室へと戻る。アリエッタが新しい服を持って来たので、塩風に当てられてベタついていた服を脱いで着替える。



「あの、」



と、アリエッタがおずおずと声を上げた。そんな彼女に首を傾げながら「どうしたの?」と問えば、アリエッタは一生懸命言葉を作ろうと口を動かしながらゆっくりと言った。



「あの、さっきの………ひと。あのひとも、イオンさまのひとに……なる?」



かなり支離滅裂ではあるが、何となく言いたい事はわかった。



「ふふ、大分語弊はあるけど………まぁ、そうだねぇ。それはアイツ次第かな」



何も知らない真っ白な様子。記憶がないのか、それとも余程世俗から切り離された環境で生きてきたのかはわからない。けれど、あの様子では預言すら知らない可能性すらある。

あの忌々しい呪いとも呼べる、預言を。この世界の人々にとってはなくてはならない物。けれど、もしもあの少年が預言とは無縁の存在であったのなら………きっと今のつまらない日常も変わるのではないだろうか。

そこまで考えて、イオンは首を振った。



(そんな、都合の良い存在なんていないさ………我ながら馬鹿馬鹿しい事を考えたね)



フッと嘲笑を漏らす。アリエッタが不思議そうにこちらを見てきたのに気付き、それが何だか少しだけ可愛く見えて頭を撫でてやると嬉しそうに笑っていた。






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇







翌日。今日もいつも通り勉強して、導師エベノスにつき参拝者の預言詠む手伝いをして過ごしていた。

お昼を食べて、図書室でも行こうとアリエッタと廊下を歩いていると、向かい側からカンタビレが歩いてきた。彼女もこちらに気が付くと、居住まいを正して会釈した。



「カンタビレ。あの少年はどうしてる?」



あれからどうなったのかが気になり問いかけると、カンタビレは途端に眉を顰めた。



「それが………朝から姿が見えません」

「は? 逃げるにしても早くない??」



と言うか、あの流れで翌日には逃げ出すとは考えにくかった。嫌ならば最初の時点で断ってただろうし……と考えていると、カンタビレは続けた。



「昨日は用意した部屋で眠ったのは確認しました。その後、あの子供が教会を出たかはこれから門番に確認をしに行くところです」

「そう………じゃあ、僕も行こうかな」



別にあの少年が逃げようが構わないが、それでも折角拾ったのだし少し気にはなった。そう思って言えばカンタビレも頷き、アリエッタを伴い三人で教会の入り口へと向かった。
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