A requiem to give to you
- 再誕を謳う詩・前編(3/5) -



振り返った先には子供一人通り抜けることも不可能な格子。その更に奥に広がる空間には、今し方己に声をかけてきた人物がいた。

“奴“がここにいる事は知っていた。そもそも、こんなリスクを負ってまでここまで来たのはこいつに会う為であったのだから、いてくれなければ困る。だから驚く事でもない。……ただ、いざ声をかけられると身構えてしまうのは、奴の持つ性質なのかも知れない。



「久し振りだな、ヴァン」



そう、格子の奥にいるのはヴァン・グランツだった。奴は世界を崩壊へと陥れようとした罪人として拘禁されている。モースと違い、本人自体がとても危険性がある為、有り合わせで作ったのではない正規品の封印術を施した上でマルクトでもキムラスカでもない人知れないこの場所へ入れられていた。

世界が彼をどうするのかは未だに発表はされていない。神託の盾騎士団を事実上率いていた彼は多くの死者や被害を出した。それだけ聞けば死罪は免れないだろう。しかし、ただの大罪人として片付けるには、預言が絡んでくる以上余程難しいようだ。未だに裁判などの話も出ないところを見るに、もしかしたらまだ何も決まっていないのかも知れない。

グレイは格子にゆっくりと近付いた。それにつれ、暗闇で見えていなかった部分が鮮明になってゆき、その姿に少しだけ固唾を呑んだ。



「、………随分な状態じゃねーかよ」



何とか絞り出した感想に、ヴァンは皮肉げにフッと笑った。



「お前達がそうしたのだろう」

「ハッ、勝手に人のせいにしてンじゃねーよ。そもそもテメェが無茶苦茶しなきゃよかった話だろうが」



───なんて、言うだけ無駄だ。しかしそんなくだらない応酬でもしなければ、どこまでも沈んでいきそうだった。

ヴァンは格子の奥に備え付けられたベッドに横たわっていた。その右腕には点滴、口元には呼吸器のような物が取り付けられている。頬は痩け、顔色はこの空間のせいだけではない青白さがある。罪人、と言うよりはまるで病人だ………いや、まるでではない。事実、彼は病人で間違いはないだろう。



「障気蝕害【インテルナルオーガン】ってやつだろ。ティアであのレベルだったんだ。最初に障気たっぷりの封咒を解除していたあんたが無事であるわけがねェよな」



寧ろ今までよく生きていたものだ。障気を地核に封じた事で悪化はしないとは言え、元より致死量を遥かに超えた障気を取り込んでいたのだから、何の処置もせずただ監獄に収まっていただけでは今頃この世にはいなかった事だろう。

ヴァンはグレイの言葉に否定も肯定もせず、ただ虚空を見つめるだけだった。正直、こんな小言程度に返すのも億劫なのだろう。グレイ自身もつい一ヶ月前までとはすっかり変わってしまったダアトきっての首席総長様のそんな姿なんて見ていたくはなかったが、それでもグレイにはどうしても奴と話さなねばならない事があった。



「ヴァン、あんたに聞きたい事がある」



そう切り出すと、ヴァンは微かに顔をこちらに向けた。



「フィリアムが未だに目覚めない。何をしても、だ。ただ寝ているだけなのに、まるで夢の中に閉じ込められちまったかのように………ずっと眠り続けてる」



グレイにはあの状態には見覚えがある。今、己の後ろで机に突っ伏している兵士がまさにその状態だ。



「あんたやティアの使う譜歌だってあそこまで醒めない眠りにつかせる事は出来ないし、そんな譜術があるなんて話も聞いた事がねェ………と、なるとあれは能力だ」



非常に考えたくはないのだが、こう言う時の勘と言うのは昔から妙に当たるのだ。



「フィリアムをあんな風にしたのはシルフィナーレって言ってたが、あいつは……………………オレと同じ力が使えるのか?」

「………………」



ヴァンは沈黙を貫く…………かと思われたが、静かにこちらを見据えていたがやがて大きく息を吐いた。



「私は、お前達の能力については未だにわかっていない事が多いから、詳しい事はわからぬ。……だが、一つだけ聞き取れた言葉は
















《トロイメライ》、と言っていた」



トロイメライ【夢想曲】、それはまさにグレイ、そしてトゥナロが持っているであろう能力だった。



「解せねェ………そもそも、なんでシルフィナーレが龍脈の力が使えるンだよ」

「さあな。それは私にもわからん」

「逆に知ってたら怖いっての」



とにかく、一つわかった事はフィリアムを目覚めさせるには基本的にはシルフィナーレ本人に能力を解かせるしかない、と言う事だ。



(……もしくは───)



グレイはヴァンを見据える。しかし直ぐに首を振って思考を掻き消した。そんなグレイを見ていたヴァンは静かに声を上げた。



「……私からも、お前に聞きたい事がある」

「なんだよ?」



疑問符を浮かべながらそう返すと、ヴァンは少し考えてからこう口にした。



「グレイ、お前のその力は………過去だけでなく、未来も見えるのか?」



そう言われて、もう一度心臓が跳ねた。しかし決してそれは表には出さずに、「どうしてだ?」と問い返す。



「お前の言う通り、シルフィナーレが仮にお前と同じ力が使えるのだとしたら、預言とも違う先の未来を知っているのかと思ってな」

「話が読めねェ………つまりあの女は預言とは違う未来を知ってるってことか?」



確かにシルフィナーレは音律士であり、預言士だとは聞いていた。だから預言に記された未来を詠む事が出来るだろう。しかし預言が絶対と言われているこの世界で、またこの世界で生まれた人間である彼女が預言にない未来を見る、と言うのはあまりにもおかしくはないだろうか。
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