A requiem to give to you- 新幕はとうに上がっている(3/4) -
「取り敢えず一旦バチカルに帰って導師イオンとティアに手紙でも出してみるか」
ダアトの最高指導者とユリアシティの市長の孫である彼らなら、それらの情報を探してくれるのではないか。忙しい身なのは百も承知だが、完全部外者の己が直接探しにいくよりは良いだろう。
そう呟きながら地図を広げる。バチカルに戻る為のルートを確認する為だ。
(あ、そうだ)
ベルケンドからバチカルまでは陸続きなので、辻馬車を乗り継げば行ける。そう思った所で、ラムダスからお使いを頼まれていた事を思い出した。内容はグミやボトルなどの薬類なのだが、最近はなるべくケセドニアでそれらを発注するようにしている。そこまで急ぎではないからケセドニアに行くようであればと頼まれていたので、別に無理に行く必要もない。
だが、敢えてケセドニアで買っているのには訳がある。それはアルマーズ商会と契約したからだ。縁あって旅の間に何かと世話になっていたエチルドへのお礼として、ファブレ公爵に申し出て正式に契約を交わして購入する事としたのだ。そうすれば普通に買うよりは安くもなるし、いざと言う時に薬類を優先してもらえるとメリットが多い。そしてアルマーズ商会自体も、ファブレ家と言う名家と契約を結ぶ事で世界に名を売る事が出来るので、エチルド達も快く了承してくれた。
(まぁ、別に手紙でも良かったけど………ついでにルークへのお土産でも買っていくかな)
フッ、と小さく笑みを浮かべるとケセドニア行きの船のチケットを取る為に港へと向かうべく歩き出す。
その時ふと、微かに感じた気配に足を止めた。
「…………ん? 第七音素?」
ふわりと感じた音素。それが何だか懐かしくて思わずそちらを振り向くが、そこには何もない。少しだけ残念に思いながらも視線を戻すと、今度は聞き馴染みのある声が耳に入ってきた。
『心配?』
「シルフか」
声をかけてきたのはシルフだった。姿は見えないが近くにはいるらしい。名前を呼ぶと喜んでいるのか、優しい風が頬を撫でる。
『因みに街のどこかにヴォルトもいるよ!』
「そうなのか?」
『人間達の作ったオンキカン?から発せられる第三音素がアイツには心地が良いみたい。ぼくにはちょっとピリ辛いけどね』
ピリ辛いとは、とその表現が少し不思議だったが、言いたいこともなんとなくわかったので敢えて突っ込むのはやめておいた。そんな事を思っていると、シルフが再び「それでどうなの?」と問いかけてきた。
「心配って、トゥナロの事? 別に心配してないと言えば嘘になるけど………でも、まぁなるようにしかならない、かな」
『どう言う事?』
「今の僕に出来る事はあいつの痕跡を見つける事だけだ。元より周りからの認知が低いようだったし、何よりあいつ自身も周りの人間に自分に関する記憶を消して歩いていたみたいだしね。だから誰かに聞いて情報なんて集まらないだろう」
だからこそ、僅かでも彼の音素や気配を感じる事が出来るのならば、それを足掛かりに探すしかないのだ。
正直、終わりが見えない。予測も出来ないし、手掛かりだってない。そんな現状に溜め息が出るのは仕方がないだろう。
「シルフ達は、何かあいつに関する事でわかる事ってないのか?」
そう問えばシルフはうーん、と悩ましげな声を上げた。
『なんせ大元が地核の奥深くにいたもんだからねぇ。大体、音素意識集合体の眷属レベルがその辺を彷徨いてるんなら、少なくともぼくやノーム、場所によってはウンディーネ辺りは気付く筈だよ。でも、君達がその眷属が消えたって日からはぼく達の誰一人だってその姿はおろか、気配だって感じた事はない』
「そうか」
『ねぇ、ヒース』
シルフの答えに心なしか残念に思っていると、名前を呼ばれた。
『音素ってさ、行き場を無くしたらどこへ行くと思う?』
「え………?」
質問の意図が分からずに首を傾げる。それから直ぐにその意味を考える……が、
「どこへ行く、か………ごめん。そもそも音素の仕組みって言うのがまだ今ひとつ分かってないんだ」
わかっている事と言えば、この世界の凡ゆる事象には音素があると言う事。そう伝えると、シルフは話し出す。
『音素はただあるだけじゃ、目には見えない。火を起こすのも、水を作るのも、風を吹かすのも、大地を揺るがすのも、全てそれぞれの属性の音素がそれらを形作る為の核と結び付いて、初めて目に見えるし、触れたり、感じられるようになるんだよ』
「まさに譜術がそれだな」
『そう────因みに生物はまた少し違うんだよ』
「そうなんだ」
『生物は音素自体はなくても形にはなる。けど、生きる為には音素が必要なんだ。息をする為の空気とか、食べている物だとか、浴びている太陽の光なんかにも音素が含まれている』
つまりは器だけなら音素を必要としなくとも形にはなる、と言う事だろうか。そこで思い出したのは、フォミクリーだった。
(レプリカは第七音素で形成されるって言ってたけど、結び付きが弱いと乖離するみたいな話もあったよな。つまりそれって、本来なら音素がなくても形になる筈の器自体が音素で出来ているからって事だったのか)
成る程、とヒースは納得したように頷いた。
「じゃあ、器が壊れたら今まで蓄積していた音素は乖離するから、その音素はどこへ行くかって質問か?」
『うーん、どっちかと言うと……核を無くした音素は、かな』
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