壊れてそして | ナノ
■ 『壊れて』

あの時、季節は梅雨だった。小学4年生だった俺は慣れない雰囲気に落ち着かない心をおさえながら、母の隣に静かに座っていた。こういう時にしか耳にしないであろう一定のリズムで唱えられるお経と、ポクポクと少し気の抜ける音。あれ、叩いてみたいなぁと子供ながらにぼんやりそう思ったのをよく覚えている。ふわりと香る雨季独特の匂い。辺りを見回すとハンカチで目頭を押さえる人、口をギュッと引き結ぶ人、欠伸を噛み殺してる人、色んな人がいた。その中に、黒く長い髪を一つに結わえ背筋を真っ直ぐに伸ばして前を見据える1人の少女。同じくらいの歳だろうか。唱え終わった坊さんが言う、御家族の方から順番にーーー。少女がスカートの裾を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。『御家族の方』。それは少女1人だった。
葬儀を済ませると、親族の間で今度は少女を誰が引き取るかという話になった。あんたが聞くような話じゃない、他の部屋にいときなさい、と母親に言われるがまま俺はその家の縁側に座っていた。
それでも彼等の声が大きいせいで嫌でも耳に入ってきた。
ーーーうちは駄目よ、受験を控えている子もいるし色々大変なんだから
ーーー可哀想だけど、うちだってもう一人養えるほどのお金は
ーーーいっそのこと孤児院はどうだ?○○町にあっただろう
『オトナノジジョウ』は分からなかった。色々大変なんだなぁと思ったその時、背後からギシリと床の軋む音がして、俺は振り向いた。そこにはあの少女がいた。何も表情を変えない、葬儀中と変わらず美しい姿勢のまま、話し合いをしている人達の部屋を静かに見つめている。ずっとそこに立たれるのも居心地が悪かったから、俺はとりあえず声をかけた。ーー隣、座る?俺が居たことに気付かなかったらしい少女はビクリと肩を揺らし、俺の方を見た。初めてちゃんと目があった。
背中しか、横顔しか、遠くからしか、見たことなかった。だから知らなかったんだ。彼女の目の下にある隈、揺れる瞳、色のない唇、青白い肌。軽く叩いただけで全て粉々に割れてしまいそうな、そんな危うい雰囲気。
俺は思わず彼女の手をそっと掴んだ、とても冷たく、細い手。彼女の目が少し見開いた。
母の友人の子。血の繋がりもない。話したことなんてない。何故俺がこの時の葬儀に出席したのかも、もう今はよく覚えてないけれど。でもその時確かに思った。これから俺は、この子の側にいよう。

そう、思った。
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