十二季生誕歌
*葉月『月下美人』*

鉄器性の風鈴が、主賓の来訪を告げるように夜風にちりんと涼やかな音を立てた。

「おやおや、今日はまた豪勢ですね」

縁側に鉢植えと蚊取り、それに白い花がゆらゆらと浮かぶ透明の丸い酒瓶を用意していた喜助がその音に振り返ると、盆の上に数々の肴を用意した妻がやってくるところだった。

「ふふ。だって丁度今夜開いてくれそうなんですもの」

上機嫌に相好を崩した風華は「長く楽しめるようにたくさん用意したんです」と話ながらそれらを縁側に広げた盆の上に一つ一つ丁寧に並べて、最後に夫婦箸を揃え終えて顔を上げた。

蝉の声がようやく落ち着いたとはいえ、まだ陽が落ちたばかりの時間帯ではじっとりと汗ばむ。それでも夜な夜な縁側で酒を酌み交わすのはもう何年続くか分からないほどの習慣として続いている。
それはこの家での三人の生活が、四人、五人、そして一昨年に遂に六人となった今でも変わらない。

「狙ったように毎年この時期に咲きますよねぇ。風華のことが分かるのかな」

「あら、そうなのかしら。だったら嬉しいわね」

月下美人にお祝いされちゃった、と口許を隠してくすくすと年頃の娘のように笑う妻は、既に縁側に酒宴の用意も終えていて、喜助が座るのを待っているようだった。
今にも開きそうに重たげな蕾を抱えている庭先の月下美人の花が二つ。片方は今宵の肴に、もう片方は切り取って新しい酒に漬け込む為に。鉢植えを置いた台の上に剪定用の鋏と新しい空の酒瓶を並べて彼女の隣に腰を下ろす。

手酌で用意しようとする風華を「主賓がそんなことしちゃ駄目デショ?」と制して琥珀と翡翠の切子に、それぞれ透明な氷と花が漬け込まれた酒をそそぐ。
酒瓶が傾く度にゆらゆらと花が揺れ動く。

「では、アナタの誕生日を祝して」

乾杯、という言葉とともに盃の縁を合わせる。
元々の酒精の甘さに花の香りが混ざったそれは、食後酒のように口当たりがよい。
盃を両手で抱えた風華が縁側の花を一瞥して、睫毛を伏せた。

「今年も作れそうで良かったわ」

年に一度、いつもこの日だけは二人揃って焼酎を嗜んでいる。
一夜限りのその花を、開化直後に刈り取って度数の高い酒に漬け込めば、数年は枯れることなくその美しさを保ったままゆらゆらと揺らめき続けるのだ。
毎年それが開化するのを心待にしている風華に、いつでも眺めることが出来るようにと思いたったのはいつのことだっただろうか。

「あ、見て、喜助さん。開き始めたわ」

ゆっくり、ゆっくりと開いていくそれを眺めて酌み交わす。次の陽が登る頃には萎んでしまうその花の美しさを閉じ込める。
標本のように、美しいものをそのまま保存しておきたいと、手元で変わらず眺めていたいと思うのは、男女問わず共通の欲望なのかもしれない。
それが、刹那の美しさであれば尚のこと。

「案外、アナタも同じなのかもね」

「何の話?」

「いーえ、こっちの話ですよン」

きょとんした風華に、「ねぇ、これお代わりある?」と小鉢の一つを指し示せば彼女はすぐに立ち上がって台所へと向かった。
彼女もそうであってくれたなら。
こんなにも気後れすることなく、後ろめたく思うことなく、素直に愛でることが出来るような気がする。
ただの喜助の願望でしかないけれど。

「最近、贅沢になってきてる気がするなァ・・・」

貴女がこんなに甘やかすから、という言葉は胸の内に仕舞ったまま、喜助は月夜に咲き誇る花を一瞥して残った酒を煽るのだった。

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月下美人
儚い夢、艶やかな美人
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