賽は投げられた

ーーーー朝、か。


空が白む気配に、喜助は目を開いた。

しんと冷えた空気が障子の向こうから忍び寄ってくる。
部屋の中だというのに、吐く息が白い。
まだまだ寒い日が続いている。

いつも自身より先に目覚めているはずの彼女が、寒さゆえだろうか、まだ布団にくるまっている。

目覚めるにはいくらか早かっただろうか。
だが目覚めてしまったものは仕方がない。

肩肘をついて体を起こすと、目元まで布団を被った風華の髪に手を伸ばす。
同じ浴室で、同じ洗髪剤を使っているはずなのに、いつ触れても滑らかな指通りで、一体何が違うのだろうかと不可思議でならない。

喜助が半身を起こし、動いたことで、少し布団がずれて、彼女の透けるような白い肩が露になる。
そのほっそりとした首筋から鎖骨にかけて、鮮やかな赤い花が咲き乱れている。
冷気に怯えたように風華はその肩を震わせた。

昨夜も縺れ合うようにして互いを求めあった。
そのまま敷布の中に沈み込んでしまったから、彼女も生まれたままの姿で眠っている。
ずれた布団を肩まで引っ張りあげてやった。
もう少し眠っていてもよさそうな時間だからだ。

冷え性だという彼女は、毎年この時期はこうしている。元々女性の体温は低く、筋肉量も少ないから冷えやすいものだと識っている。

義骸を調整する際にそんなことがないようにしてみようか、と提案してみたが、『一緒に布団にくるまってるときが幸せなんです』と、なんとも愛らしいことを、頬をほんのりと赤くしながら言われてしまったので、そのままにしている。

ただ、彼女が断った理由はおそらく、それだけではないのだと分かっている。

何事に於いても自身を受け入れる節のある彼女は、彼女自信のことも真っ向から受け入れるのだ。


あれは、いつだっただろうか。

以前、此方に来てから、有事の際に備えて身体能力を強化する調整をしようかと提案したことがある。



『折角のお話ですけど、遠慮させて下さい』


そういって、彼女は付き合い始めた頃のように、丁重に頭を下げてきた。

『構いませんけど、それだと体鈍っちゃわないように、今までみたいに鍛練も積んでもらう必要ありますよ?』

『平気です』

特製のこの義骸とて万能ではない。
中に入っている間に、鍛練を怠れば、義骸を脱いだときに当然能力は落ちていることになる。
それを防ぐ為の調整だったのだが。

『なんなら、方向音痴対策にナビゲーション機能もつけられますけど、いいんですか?』

『・・・、大丈夫、です』

『本当に?』

『はい』

少し目が泳いだものの、それでも風華は首を縦に振らなかった。


『・・・面倒だとは、思わないんですか?』

『それは、・・・確かに』

眉尻を下げて風華は苦笑していた。

『なら、』

『でも、』

言葉を遮るように彼女は口を挟んできた。
いつも最後まで耳を傾けてくれる彼女にしては珍しいことだった。


『でも?』


『そんなところも含めて私だから。それを否定したら、私が私でなくなってしまいそうだから』


『風華、』


『だから、このままでいいんです』


背筋を伸ばし毅然とした態度で告げる風華に思わず目を奪われる。

澄んだ琥珀の瞳には一切の迷いがない。

そうだ。

初めて逢ったときにも、彼女のこの立ち姿に見惚れたのだ。

『ひよ里ちゃんに協力してもらって、鍛練はちゃんとしますから』と破顔する風華に、『そこまで言うなら仕方ないっスね』と珍しく喜助から折れた。
本当なら密かに施すことも出来た処置だが、風華がそうして自らを受け入れているのに、喜助がそれを否定するわけにもいかない。

だからこそ、そういった施しさえも受ける気がないのだろう。
妙な意地を張っているわけでも、強がりでもなく。
彼女は心からそういう信念の元に行動している。
自身の過去も未来も否定せずに、そのもの凡てを受け入れる。
口にするのは容易いが、本当にそうして生きていくのはつらいこともあるだろうに、風華はそれを表に出さない。


そんな彼女だからこそ、側に居て欲しいと願うのかもしれない。

支えているようで、その実、風華に支えられているのは他でもない喜助なのだから。



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