『最愛』
「だって、」
「だって?」
「・・・怒りませんか?」
恐る恐る口にしてみると、射るような瞳で見据えられる。
「怒らせるようなことなんですか?」
「かも、しれません」
「いいですよ、話してみてください。何も分からない状況で判断するなんて、そんなの愚の骨頂ですよ」
随分と上からな言い方が彼らしくない。
既に怒っているのではないか、と思うがそれは指摘せずに風華はそうっと肺に空気を吸い込む。
「貴方は、私の全てを識りたいと願っている。違いますか」
「いいえ、その通りです」
「全てを識って、その後はどうしますか?」
「どう、とは?」
質問の意図が解らないと言いたげな様子で、先を促される。
「怖いんです」
「何が?」
「全部、全部解ってしまったら、貴方は私を置いて逝ってしまうんじゃないかって」
声が震えてしまわないように、奥歯を強く噛み締める。
例え話でも、もう二度と考えたくないことだった。
「そんなこと、」
「ないと言い切れますか?本当に?貴方の『識りたい』には研究者としての欲望がないと言い切れますか?」
捲し立てるように一息に投げ掛ける。
彼は、何を、どう言うべきかを整理するように、逡巡して、ゆっくりと口を開く。
「・・・アナタを置いていくなんて、万に一つも有り得ません。が、確かに、研究者としての識りたいという欲求もあるかもしれませんね」
それが何故、今回のことに繋がるのか?と視線で更に続きを促される。
そこでまた風華は僅かに視線を泳がせた。
やはり言わなければならないだろうか。
正直に言ってしまうのが、
ただ、単純に、恥ずかしい。
極力真面目に切り出してはみたものの、やっていることといえば、あまりにも子ども滲みた行動で。
こんな大人になってからすることではないし、言ってしまえば、拗ねた幼児の行動に等しい。
先程は怒らないか、と聞いてしまったが、正しくは笑わないか?と聞くべきだった、と今さら悔いた。
「だから、隠し事をしたら、貴方に相手にしてもらえるかと思って・・・」
視線を数度さ迷わせて、けれど逃げ場がなくなってついに告げた言葉は尻すぼみでとてもみっともないものだった。
穴があったら入りたいとはこのことだ。
いっそ埋めてほしいぐらいだ。
至近距離で見つめ返していた翡翠の瞳が大きくなり、それから、ぱちぱちと数度瞬きした彼は、突然、くるりと背を向けてしまった。
あまりにも子どもじみた行為に、笑うを通り越して呆れてしまったのだろうか。
やはりリサの言う通りに、のらりくらりと隠し通すべきだったのだろうか。けれど、彼を惑わせるような、そんな振る舞いは自身には出来そうもない。
極力こういった面は出さないようにしているものの、結局寂しさが勝るとこうして子供のような行動をとってしまう風華には。
「喜助さん、あの」
「風華サン、」
「はい」
「お願いですから、そういう不意討ちは止めてください」
「え、と?ごめんなさい?」
そっと彼の濃紺の羽織に指を伸ばすと、腕を引かれてぐっと抱き寄せられていた。
「分かります?」
ぐっと彼の胸に頭を押し付けられる。触れた頬からどくどくと脈打つ鼓動が聞こえる。かなり早い。
「あ、」
「そんな可愛いことされたら、ボクの心臓がもたないよ」
頬を胸元から放して下から見上げると、目元を赤くして眦を柔らかく下げた喜助と目があった。
「愛してるよ、風華」
少しだけ照れ臭そうにして目元をほんのりと赤く染めて笑う彼に、音をたてて甘く胸の奥が疼く。
「私もです、」
瞼を臥せると、すぐに唇が柔らかいもので塞がれた。
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