『最愛』

「ねえ、喜助さん」

ふと気になって風華は顔を上げる。
見下ろしてくる瞳はいつもの穏やかさを取り戻していて、安堵する。

「なぁに?」

「どうしていつも一輪なんですか?」

「ああ、それはね、」

彼はいつもの調子で、相好を崩してから、手に持つ刀を簪に戻して風華の髪に差してくれた。
そういえば、戻し方を聞いていない。後でちゃんと扱い方を聞いておかなければ。

彼は体を離して腰を下ろして胡座を組むと、ぽんぽんと自身の膝を叩く。その上に座れ、ということらしい。
仕事がしやすいから、という理由で彼は好んで作務衣を着ていて、今日は薄墨色に濃紺の羽織を肩にかけていた。真子やひよ里には『そのままどこでも眠れそうな格好やな』と言われているが、実際部屋と研究室しか移動しない彼にはそれでいいのかもしれない。

促されるまま、そこに腰掛けて、彼の胸に背中ごと自身の体を預ける。彼の肩に頭を預けて首筋に顔を埋めるようにして目を閉じる。こうしていると落ち着くから不思議だ。先程まで感じていたはずの寂しさは、もう霧散している。

彼は何が可笑しいのか喉の奥でくつくつと笑ってから、背中から腕を回して風華の腹に手を置くと、「その前に、」と前置きしてから問い返してきた。

「ところで、風華サン、ちなみにこれで何本目だと思います?」

「ええと・・・十四本目、ですよね?」

記憶を辿って答えると頭上から苦い声がした。

「違いますよ、十一本目ですよ」

「え、うそ、」

自身の記憶を辿り直しても一致しない。
驚いて預けていた体を起こして振り返ると、憮然とした喜助の視線に絡めとられる。

「嘘なんか言ってどうするんです?」

「でも、だって・・・あ、そうか」

ふとあることを思い出した。
ただの計算間違いだ。なんて単純な思い違い。
彼が正しいことに気付いて素直に謝罪する。

「・・?」

「ごめんなさい、喜助さん。私の勘違いでした」

だが、彼の方はそうもいかなかったらしい。
まあ当然だろう、『なぜそうなったか』を話していないのだから。

「ちょっと待ってくださいよ、風華サン!勘違いってなんです!?ボク以外から受け取ったってことですか!?一体どこの馬の骨からもらったんです!!?」

あらぬ誤解をしている喜助を必死に宥める。
どうにも彼は、稀にその明晰な頭脳を要らぬ方向に向けてしまう。

「違いますっ!落ち着いてください!!もう、そんなことするわけないじゃないですか」

腰にあったはずなのに、いつの間にか肩に回されていた腕をほどいて、風華は床に腰を下ろす。
「アナタなら有り得そうなんですよ、無理矢理押し付けられたとかなんとか」とまだぶつぶつと呟いている喜助と向き直る為に。

「違いますから、安心してください。」

「じゃあ、どうして数え間違えなんかしたんです?」

「えーと、」

けれどそれを口にするのは憚られた。
あるモノの存在を明らかにしなければならないから。
いや、存在自体は以前彼に知られてしまっているのだが、問題は中身だ。
向き直ったのは失敗だったようだ。
風華はうろうろと視線をさ迷わせる。

「風華サン」

「あの、本当にただの勘違いで」

「風華、」

彼のその甘い声で、名を呼ばれてしまっては抗えるはずもなく。
だから、つい視線をそちらへ向けてしまう。

「・・・はい」

「もう一回、ボクの目を見て、話してくれる?」

彼はそっと風華の肩を掴んで、互いの吐息が触れあう距離まで顔を近付けてくる。
深い海の底を映したような緑碧玉の瞳に吸い込まれるような錯覚に陥る。

「ごめんなさい、」

「以前にも言ったと思うけど、謝るってことは、何悪いことしたの?」

視線を外さない程度に微かに首を振る。
そんなわけがない。
そんなこと、するわけがない。

「じゃあ、どうして答えてくれないの?」

「・・貴方だから」

「え?」

「喜助さんだから、言いたくないの」

「どういう、意味ですか」

淡々と問う声は低く、珍しく僅かに苛立ちを滲ませている。
彼にそんな想いをさせたい訳ではない。
けれど、これだけは出来れば秘密にしておきたいのだ。
リサに言われたから、ということではなく。
ただ、単純に、ーーーー。



6/10


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -