愛を教えて、
勝手知ったるなんとやら。
彼は隊首室に入るなり、風華を来客用の椅子に座らせ、玉露と茶菓子を用意して、自身も風華の向かいに座って、あれこれと話し出した。
自身のことを話ながら、時折風華についても尋ねてくる。
元々こちらの生まれである風華は、流魂街の話はよく知らない。せいぜい任務で赴くときぐらいで、そこで生活していたわけではないのだから。だから、流魂街の話は興味があったし、しかも、彼の話し方が物語めいていて興味を引いたせいだろうか、気付けばつい前のめり気味に聞いてしまっていた。
さらに、どうやら彼は実験やら何やら研究することが好きなようで、途中から、というより、彼の話のほとんどはその研究らしきものの話で、あまり聞き慣れない話も多く、正直理解できているかは判らないが、それでも素直に面白いと思えた。
頭が切れることも勿論だが、教育者としても優れているのだろう。将来的にはちゃんとした研究施設が欲しいんだとか。彼ならきっと上手くやれるだろうと思えた。
そうして、初めこそ怪しい男と警戒していたが、次第にそこまで悪い人ではないのかもしれないと、かれこれ二時間近く相手をしていて。
そのことに気付いた瞬間、風華はこれでもかと顔を青くせざるを得なかった。
「あの、浦原三席、」
「席次で呼ばれるの好きじゃないんスよね」
「え、と、じゃあ、浦原、さん?」
「んー、固いっスねぇ。喜助でいいっスよ」
「いえ、いくらなんでも下の名前で呼ぶわけには、って、そうではなくて!隊長はどちらへ?というより、私はいつまでこうしてたらいいんですか!?」
がばりと椅子から立ち上がり、捲し立てる風華の様子もどこ吹く風で「まあ仕方ないっスね。あ、でもボクは風華サンって呼びますよ?」だなどと宣っている。
まだその話は続いていたのか。
というより、今の風華にとってはそんなことはどうでもいい。
さすがにこのままでは卯の花からお叱りだけでなく、個人的に呼び出しをくらってしまいそうだ。
彼の話を聞いているのも面白いのだが、そんなことよりも今は用件を片付けて終わなければ。
もし。
もしも。
このまま、この手元の書類を渡せず、すごすご詰所に帰る羽目になったら?
考えるまでもない。
大目玉間違いなしである。
卯の花といえば、あの長年隊長を勤め、総隊長直々に鍛えられたと噂の京楽や浮竹でさえ、頭が上がらない存在なのだ。
卯の花とは縁あって、幼い頃からよくしてもらっているが、それとこれとは話が別だ。
「もうそろそろだと思うんスけどね」
そういって彼が三つ目の茶器を用意したときだった。
「ふぅ、いい汗をかいたわ!」
すぱん、と小気味良い音をさせて扉が開かれる。
風華は弾かれたように首をそちらへ向けた。
「おかえんなさい、夜一サン。また朽木さんとこに行ってたんスか?」
「なに、坊が遊んで欲しそうにしておるのでな」
からからと快活に笑う褐色肌の女性を前にして、風華は姿勢を正して一歩前に出た。
「お待ちしておりました、四楓院隊長」
「ん?お主は?」
「申し遅れました。四番隊十席、跡風華と申します。卯の花より取り急ぎ確認頂きたい書類を預かっております」
「跡風華、そうか、お主があの」
「夜一サンご存じなんスか?」
「ああ。跡家といえば、一時代築いた貴族じゃからの」
「へぇ」
「そんな、もう数百年も前の話ですよ」
「そうじゃな」
風華が生まれたときには既に落ち目だったから、どのくらいの規模だったのかも皆目検討がつかない。
さらに跡の名は母方で父は婿養子な上、産まれてきた子供も娘、というぐらい、男に恵まれていない。
落ちぶれても仕方ない。
「少し前までは、父が死神として働いていたんですけどね」
「今は、お父様は?」
懐かしい顔を思い浮かべつつ、風華は肩を竦めて曖昧に笑って誤魔化した。
察してくれたようで、喜助は「すみません」と眉尻を下げた。
「いえ、もう昔の話ですし。それより書類を」
「ん?ああ、そうじゃったな。喜助、茶を...おい、喜助」
「え、ああ、すみません」
夜一は喜助を見て、風華に視線をうつして、それから、もう一度喜助をまじまじと見た。
「...跡」
「はい」
「お主、今夜は暇か?」
「え、はぁ、暇ですけど」
屋敷には自分しかいないのだから、当然することがなければ暇である。
明日非番なので、精々屋敷の掃除をするぐらいだ。
「ふむ。酒は好きか」
「え、あ、はい。好きですけど、あの」
「よし。では今夜ここへ来い。酒盛りをするぞ!」
「ちょ、ちょっと、待ってください!どうして私が」
「真面目なヤツじゃな、理由がほしいか?なら、時間をとらせた詫びということでどうじゃ」
「どうって、」
「跡サン、諦めた方がいいっスよ。夜一サンは言い出したら聞かないから」
「そんな」
ぽんぽん進む話に風華が窮していると、喜助が頭を下げてきた。
「それに、ボクからもお願いします」
「え?」
「風華サンみたいな美人と呑むお酒はきっと美味しいですし」
世辞と分かっていても、平然とした顔で、こんなことをあっさりと言われてはやりづらい。
つい数刻前に同じようなやり取りをして、同じように流されてしまった気がする。
しかも、何故だか、どうにも、この人の誘い方は断りにくい。
「・・・もう、浦原さんまで」
「ほれ、こやつもこう言うておる」
夜一と喜助を交互に見比べてから風華は盛大な溜め息をついたのだった。
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