愛を教えて、
「・・・、迷っちゃった、かしら・・・?」

風華は書類を抱えたまま呆然と立ち尽くしていた。
かれこれ1時間はさ迷い歩き、ようやく彼女は失態を認めざるを得ない状況なのだと、半ば諦めに近い形で理解した。

このままでは間違いなく卯の花隊長に叱られる、と気が急く一方で、そもそも何故こうも無駄に広い造りなのか、と内心で建造物に悪態をつきながら、途方にくれていた。
確かに風華は極度の方向音痴かもしれない。四番隊の十席という地位にありながら、未だに自身が属する四番隊以外の造りは覚えきれていない。
それは彼女の問題である。
しかし、例え十三もの部隊に分けられていようとも、仮にも同じ職場なのだ。
なぜこうも二番隊の造りは違うのだろうか。
隠密起動に特化しているせいか。はたまた有名な四楓院家が管理しているからか。
特殊な牢やら何やら、風華には全く分からない建物が曲がり角毎に作られており、結果、他隊全く造りの違う二番隊で彼女は見事に迷子になっていたのである。

しかし、彼女に託されたその書類は二番隊隊長に直接渡すよう卯の花から命じられたものだ。
適当な部屋に入って置いておくわけにもいかない。
誰か道行く人を呼び止めようかと思ったが、目元以外を頭巾で覆った二番隊隊員の見た目に萎縮してしまいそれも出来ずに今に至る。

「何かお困りで?」

「ひゃぁっ!!」

突然背後から声を掛けられた男の声に、風華はびくりと、その華奢な肩を思い切り跳ねさせた。
振り替えると上から下まで黒ずくめの長身の男が立っている。
黒い頭巾の隙間からは、目尻を下げた緑柱色の瞳が見えていた。目元しか見えないので、確実ではないが、その瞳は笑っているように思う。

「さっきからずっと、ぐるぐる歩き回ってたデショ?」

声の調子で、今度は明らかに笑っているのがわかる。さ迷っていたのを見られていたらしい。風華は顔を赤くし視線を背けた。

「それで、どうしたんです?」

「あ、はい・・・あの、隊主室に伺いたいのですが」

これを渡したくて、と風華は手に持った書類を少し掲げあげてみせた。

「隊主室ならそこの角の右手っスけど?」

「え、ああ、そうでしたよね!ありがとうございます!」

大袈裟に明るく大きな声を出してくるり、と回れ右をしたのだが男の声がその足を止める。

「・・・まさか、迷ってたんスか?」

「・・・・・・・・・」

ぎしっとなぜか音が聞こえそうな程、風華は硬直したまま視線を明後日の方向へ向ける。
放っておいてほしい、という彼女の願いは全く叶えられることなく、あろうことか彼はわざわざ風華の前に回り込んできた。
 
「ホントに?見たとこ、アナタ、新人じゃないでしょう?」

まじまじと見られて居たたまれないことこの上ない。
返答に窮した風華の様子を見て、彼は目を丸くするなり、けらけらと笑いだした。

「アハハ!アナタ、面白いっスね!!」

「もうッ!どうせ私は十席にもなって他隊へも満足にお使いもいけない方向音痴のダメな部下ですよ!」

風華は紅潮した顔で涙目になりながら半ば叫ぶように言い返す。それを腹をかかえて盛大に笑って眺めていた男は、ごめんごめん、と軽い調子で謝罪の言葉を口にしてから、風華に手を差し出した。

「・・・なんですか?」

「ウチの隊長に会いたいんでしょ?今、ちょっと出てるんで、あそこにはいないんスよ。だから良ければ代わりに持っていってあげますよン」

笑っちゃったお詫びに、と男は差し出した手を軽く振ってみせた。

「え、そうなんですか。でも、こめんなさい。申し出は有り難いけど、直接渡すように言われてるから」

「ありゃ、そうなんスか。うーん、でもすぐ戻らないと思うんスよねぇ」

「では、入り口でお待ちしてます」

「あ、じゃあボクもご一緒します」

「は?」

男の突然の申し出に、風華は眼を点にさせた。
一体何を言い出すのやら。

「いえいえ、一人だと手持ち無沙汰でしょうし、ボクも丁度暇だったし」

「いえ、あの、そんな迷惑かけるわけには」

「迷惑だなんて。アナタみたいな美人とお茶できるなんて役得っスよ♪」

「えーと、」

尚も食い下がる男に、どう断ったものか、と思っていると、突然彼は「失礼」と断って頭巾をとる。

燦々と輝く陽光のようにも、柔らかく煌めく月光のようにも思える色素の薄い髪がふわりと広がる。
男性にして少々長めだろうか。
長い前髪の隙間から、先程から伺えていた翡翠の瞳が目尻を下げる。
頭巾のせいで分からなかったが、元々垂れ目気味なようだ。

「初めまして、ボクは二番隊三席の浦原喜助と言います」

高すぎず、かといって低すぎるわけでもない、聞き手を落ち着かせるような中低音を響かせて唄うように名を名乗る。

「ね、ご一緒させて下さいな、綺麗なお嬢さん」

片目を瞑ってそういった彼に、風華は遂に諦めて嘆息した。

「四番隊十席、跡風華と申します」

頭を下げたついでに、もうひとつ重い息を吐き出した。

―――この人、随分と女馴れしてるわ。
男として、一番信用してはならない輩に違いない。


それが、風華の喜助に対する、それはそれは大変失礼な第一印象だったのだ。


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