たった一つの我が儘
「な、に...を」

「風華!?」

喜助だけでなく、夜一も目を見張る。
名も知らない大男さえも驚いているようだった。

「お主、自分で何を言っておるか分かっておるのか!?」

「止めないで、夜一さん。私は本気です」

喰ってかかりそうな彼女を言葉で制する。
分かっている。
こんなこと、そう口にするつもりもない。

一度視線を下げた。
視界の端に白い刀が映る。
睫毛を伏せて視界を閉ざす。

幸せとは、どんな色で、どういう形をしているものなのだろうか。
彼となら、見つかるだろうか。
いや、見つからなくても構わない。

またゆっくりと視線を上げて、喜助のみに焦点を定める。
こんなときでも、彼の色素の薄い髪は綺麗な色をしている。
帰路を優しく見守る月光のようなその色が、とても愛しい。

「ねぇ、喜助さん。貴方と私の関係は皆が知っています。きっと残された私もただでは済まない。悪くて獄中、良くて監視付きの生活だわ。」

彼が何を為そうとしているのか、
何を為さねばならないのか。

理解している訳ではない。
そもそも、理解しきれるとも思っていない。
大体、今だって、彼等が何から追われているのかも知らないのだ。
夜一にここに潜むように言われたときに現世に逃げなければらなくなった、行けば戻ることは出来ない、としか聞かされていない。
事態の把握が出来ていない状況で、しかも、おそらく風華には関係のない話で、こんなことを言い出すのも早計と思われても仕方ない。


ただ、風華とて、中途半端な覚悟で着いていこうという訳ではない。
帰れないというのなら、それでも構わない。

けれど、それを彼が良しとしないのなら。

黙したまま、けれど翡翠の瞳だけは逸らされることない。
彼が本当に拒んでいるなら、この瞳が今風華を捉える必要はないはずだ。

話をすることが、想いを伝えることが赦されるのなら。

「そうまでして、ここに居る理由なんてない。そんなことになるぐらいなら、今、愛する貴方の手にかかって死にたい。」

彼に愛されることを、
彼を愛することを決めたときに、自分自身に誓ったのだ。
喪うことを恐れて、愛することからも、愛されることからも、もう逃げないと。

「これが、貴方の欲していた私の我が儘。ごめんなさい、こんな面倒な女で」

これ以上は何も望まない。
彼に対して、何かを要求したことなどない。
これが初めての、そして最後になるかもしれない、たった一つの我が儘。


「風華、」

「喜助さん、お願い」

一歩距離をつめて、彼の袖に縋る。
彼の乾いた唇が、名を紡ぐ。
彼に呼ばれる、それだけで、こんなにも愛しさに胸が詰まる。
                
「以前、言って下さいましたよね。私のすべては貴方の物だと。あの言葉は虚言ですか?」

「ボクは、」

この人に置いていかれるぐらいなら、すべてを捨ててしまいたい。

彼の言葉を逆手にとるような、こんな言い方をしたい訳ではないけれど。
こうでもしないと、彼が逃げてしまう気がした。
目の前のことからも、彼自身の気持ちからも。

赦してほしい、とは思っていない。
そんな過ぎた願いまで口にするつもりはない。
こんな最低で卑怯な我が儘を、赦せなどと。
それでも。

腕を滑らせて、すっと、彼の指を持ち上げ、自身の喉元に導く。
ゆっくりと男性にしては細い指先が絡まる。
指先から伝わる熱が心地好く、風華はうっとりと目を細める。

「な、正気か!?」

間に入ろうとした夜一を彼は右腕で制した。
いつの間にか抜かれたのか、その腕には紅姫がある。

「本気、なんですね」

「はい」

「分かりました」

喜助は紅姫をその持つ手を掲げる。
「愛しています」と唇が音もなく形を作る。
それに応えるように「僕もだ」と熱い吐息交じりの掠れた声を聞き届けてから、風華はそっと瞼を閉じた。



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