たった一つの我が儘

欠けた月の光が、縁側を蒼白く照らす。
風華は何をするでもなく、ただ、膝を抱えて踞っていた。

いつもなら、冷えた酒を用意して。
月を眺めては、来るか来ないか分からない人を待って。
それが空高く昇るまで、ぼんやりと過ごしていた。
待つのは苦ではないから。

けれど、今は。

こんなときに一人で居ても、不安が助長されるだけで。
まだ詰所に居た方がいくらか良かったのではないかとさえ思う。
誰かと居た方が気が紛れる。

喜助が居てくれたら、と思った。
けれど、ひよ里が巻き込まれたと知れば、きっと彼自身それどころではない筈だ。

「どうか、無事でいて・・・」

自身をぎゅっと抱くようにして、膝に顔を埋める。
どうして、自身が大事に想う人は遠くへ逝ってしまうのか。
幸せなど、訪れはしないのか。

「もう、誰も、居なくならないで」

目頭に熱いものが込み上げてきて、唇を噛む。
信じて待つこの時間がどれ程つらいか。
風華が誰よりも知っている。

その日、ずっと待ち続けていた父が、朝方帰ってきた。
初めに見たときに、すぐには何かが判らなかった。何かの塊にしか見えなかったから。
そしてそれを理解した瞬間、彼女はその場で吐いた。
吐瀉物が撒き散らされ、更に酸えたものが込み上げてきて、何度も嘔吐いた。
それでも、彼女はそっと手を伸ばして、半分だけ形を保っている父の顔だった物に触れて「お帰り、なさい、お父様・・・っ!」と泣きながら告げた。
傍らにいた烈に抱き付いて声をあげて泣いた。
泣いて、泣いて。
泣き続けても、涙は枯れることを知らず。
泣き喚いて、泣き崩れて。

そうして、彼女は死神になる道を選んだ。
もうあんな想いはしたくないと。
大切な人を守る力がほしいと。


それに応えてくれたはずの、風華の斬魄刀ー君影。
幸せを運んでくれるという、鈴蘭の花の名を持つ刀。

かけがえのない友が。
大切な、本当に大切な愛しい人が。

もしも、もしも同じようになってしまったら?
想像だけで心の臓を鷲掴みにされたように息が詰まる。

此処に留まっているだけでいいのだろうか。
この力を得たのは何の為だった?


「・・・行かなきゃ」 


風華は顔を上げる。
悲観に浸っている場合ではない。

寝室から白い刀を取り上げる。

「謳え、君影」

しゃらん、と鈴の音が響いて彼女に応える。
始解により、柄の部分に現れた白銀の鈴が涼やかな音を奏でる。

「影法師」

彼女は瞼を閉じて呟くと、胸に刀を突き刺す。
ずぶりと深く刺さった胸の間から、白い影がゆらゆらと流れ出る。
それは辺りをしばらく揺蕩い、そうして大きな塊になる。

風華が目を開けて刀を引き抜くと、それは人影を形作る。白い影が形を定め、一人の女になる。

「これで一日ぐらいはもつかしら」

目の前に立ち尽くす、もう一人の自身に寝室で横になるように伝える。
彼女の影法師はこくこくと頷くと、素直に横になる。
口を利くことは出来ないが、これで、風華が自室にいないと怪しまれることはないだろう。
玄関から出て見つかりでもしたら問題だろうと、縁側へ体を向けようとしたときだ。

「随分と変わった技よのう」

「夜一さん、」

振り返った先に居たのは、朝に会ったばかりの夜一だった。
普段から神出鬼没ではあるが、今回は明らかにいつもと違う。一日に何度も彼女が顔を見せにくることはない。そのうえ、顔を布で覆い隠している。

「風華、お主、何処へ行くつもりじゃ?」

「夜一さんこそ、どちらへ?」

月光の中でもきらりと光る黄金の瞳を真っ直ぐに見据える。その目が三日月に反り、愉悦の色を示す。

「お主もなかなか度胸があるのう」

「ごめんなさい、でもここで待っているだけなんて、もう嫌なんです」

夜一は溜め息を吐くと、三日月をほどいて鋭い視線を向けた。

「先に断っておくが、」

「何でしょうか」

「喜助がお主を受け入れるとは限らぬ。それでもよいか?」

「・・・どういう、こと、ですか」

「それはあやつから聞け。儂が今聞いているのは、それでも付いてくる覚悟があるかということじゃ」

「何があっても、彼の側に居ると決めています」

状況が見えないが、話しぶりから察するに、少なくとも喜助は無事なようである。

彼が無事ならそれでいい。

一緒に居たくないほど、何か風華に問題があるのなら、改善でも何でもしよう。
生きていれば、どうとでもなるのだから。

「何を言っても無駄なようじゃの」

夜一は肩を竦めて、「じっとしておるのじゃぞ」と告げるなり風華の肩に手を回して、瞬神の名に恥じない速さで、双極の下へと向かった。



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