流星の導き
Extra 1

ざあざあ。
ばたばた。


湿り気を帯び、冷えた、しかし少し温くもある空気がじっとりとまとわりついている。

湯に浸かったところで、上がってしまえばすぐにまた肌に水気が絡み付く。

毎年訪れる梅雨だが、慣れるということはないだろう。

特に今夜はよく降るようで、一向に止みそうもない。このまま朝まで降り続くのだろう。
まあ、朝まで帰るつもりもない喜助からすれば、関係ない話だが。


湯から上がり、居間に戻れば、風華が縁側で止まない雨を眺めていた。
雨足が強いせいか、廊下を歩く音に気付かなかったのだろう、ふと振り返って、喜助が戻ってきたことに驚いたようで、少し目を見開いていた。

「雨、すごいっスね」

「そうですね、ここ最近では一番降ってるみたいですよ」

「そうみたいですね」

「でも、紫陽花は嬉しそうですよ」

「紫陽花、ねぇ」

言われて庭先を見れば、この雨の中、確かにその淡い色を水気で濃く染めている。
しかし、そうは言っても、自身は嬉しくない。
大体ただでさえ、纏まらない髪が、湿気で広がりやすくて鬱陶しいのだ。
風華の波打つ髪はどうも、彼女の髪はそう広がっているようには見えない。不思議なものだ。

「でも、夜は晴れてくれた方がいいな」

独り言のつもりだったのか、聞こえていると思っていなかったようで、問いかけると、恥ずかしそうに微笑んでみせた。

「どうして」

「月が見えるでしょう?」

「そりゃあね」

「喜助さんの髪の色みたいで、好きなんです」

「・・・随分、可愛いこと言ってくれますね」


ふふ、と口許を手で隠して笑っている。
もしかしたら、顔が赤くなっているのだろうか。
顔には出ない質だと自負しているが、彼女の前ではいつも形無しだ。


「喜助さん、お水にしますか?それともお酒にされます?」

「じゃあお酒を」

「はい」

すっくと立ち上がって風華は酒を用意しにいった。

近頃は夜に、風華の家で会うときだけ、こうして、名を呼んでくれる。
それが、嬉しくもあり、少し寂しくもある。
最初の頃のように、あのはにかんだ顔を見られなくなったから。
そう言ったら彼女はどんな顔をするだろうか。怒るだろうか。
それとも呆れるだろうか。

何にせよ、もうこの空間の中では見られないのだ。
誰も邪魔するもののいない、二人だけの世界。

今夜は特に雨のせいか、灰褐色に覆われた空間に、より閉塞的な気持ちになる。



「はい、どうぞ」 

「どーも。ほら、アナタも」

「ちょ、入れすぎです!」

勢い余って、盃から溢れた酒が彼女の指を伝い、着物に染み込んでいった。

「ああ、もう、零れちゃったじゃないですか」

指先を降って滴を飛ばす、彼女の手を取る。

「喜助さん?」

盃と指先を行き来していた風華が顔をあげてこちらをみた。
どうしたのか、と視線で問われている。
それに気付いていながら、あえて無視した。
言えば、きっと断られてしまうから。

本当に己はなんて狡い男なのだろうか。
けれど、やられっぱなしは性に合わないのだ。


「喜助さん?どうしたんですか?」

雨音で聞こえなかったのか、と勘違いしたらしく、少しだけ声を張り上げて、もう一度彼女は問うてきた。

それも無視して、その細く白い指先を口に含む。

「やっ、」

風華はびくりと肩を跳ねさせて、手を引こうとする。
だが、彼女の力で叶うわけもなく、こちらも離してやる気はない。
口に含んだまま、舌先で、丹念に酒を舐めとるようにして、指を味わう。
味などあるわけもないのに、なぜか甘く、まるで砂糖菓子のようだった。

「っ、ぁ」

唾液を絡めて舌を行き来させてやると、風華の口から何かに耐え兼ねるように吐息が零れた。
じゅるり、と音をさせて、吸い付いてから、指先を解放してやる。

「・・・ぁ、」

「ねぇ、風華サン」

「な、何ですか」


じっと、彼女の瞳を覗きこむ。
その瞳が濡れているのを確信しつつ。


「したい?」

「な、にを」

「んー?さあねぇ、何でしょう?ちょっと分からないんで、風華サンが教えてくれると嬉しいんスけど」

「もう、知りません」

「ねえ、風華サン」

「・・・今度は何ですか」

「紫陽花って、どう書きます?」

「紫陽花、ですか?」

脈絡のない質問に、疑問符を浮かべながらも、律儀に答えるこの女性が愛しい。
こうして、戯れに乗ってくれるところも、好きで好きでたまらない。
だからこそ、より虐めてみたくもなるのだが。


「色の紫に、陽光の陽に、草花の花、ですよね」

「そうっスね」

「それがなにか?」

「いえね、当て字だから、普通はそうは読めないなぁと思って」

「確かにそうですね」

じゃあ、と彼女の目の前に人差し指を立てて続けてる。

「普通に、読んだらどう読みます?」

「普通に、ですか?」

「そう」 

「えっと、むらさき、じゃない、し、かしら。・・・し、よう、か、」

「え、風華サン、今なんて?」

「え、だから、しよう・・・!?」

途中で意図に気付いたらしいがもう遅い。
にじりよって腰に手を回す。

「おやおや、風華サンたら大胆っスねぇ」

「ちょ、やだ!喜助さん、狡いっ、ん、」


顎先に手をかけて、非難する言葉ごと唇を塞いでやる。
息をする為に角度を変えて、唇を味わうように食む。
流されまいとしているのか、唇を開こうとしない。
そういう細やかな抵抗も、それはそれでそそる。
舌先でちろちろと唇の表面を撫で擦る。
同様にして座った体勢のまま、腰を引き寄せて撫で擦る。
胸板を押し返してくるが、そんなものは抵抗のうちに入らない。
仔猫がじゃれついている程度のものだ。

「ん、んん、」

「抵抗しても、無駄だと思いますけどねぇ」


未だに口を閉ざし続ける風華の強情さに半ば感心しつつ、それならばと細い顎にかけていた手を下に滑らせて、浴衣の袂に滑り込ませる。
梅雨のせいか、はたまた熱を上げ出しているせいか、しっとりと汗ばんでいるが、けれど不快ではない。
むしろ掌に吸い付いてくるようなその柔肌は、いつでも触れていたくなるほどだ。

「ふ、んん、ん!」

「おっぱい大きいと感じにくいらしいんスけど、風華サンはそんなことなさそうっスよね」

喜助の指先で、その白く豊かな胸は形を変えている。たっぷりとした肉質を伝えてくるのに、力を込めれば、指先が沈み込むほど柔らかい。
感度がいい証拠に、すぐに浴衣の上から分かるほどにその胸の頂を固くしている。
気付いているかどうか分からないが、先ほどから腰も揺れている。
もう、そろそろか。

「ん、やっ、だめ、んん」

遂に抵抗を諦めたようで、薄く唇を開いて、愛らしい声を上げる。
すかさず、舌を風華の口腔に差し入れて舌を絡めとる。
胸板を押し返してい彼女の小さな手は、いつの間にか、喜助の浴衣の襟元を握り締めている。


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