百八本目の薔薇の花束を君に、
一段と冷え込むようになった朝。洗面台の前で、指輪を外す。
愛らしい薔薇色の光沢を纏ったそれは出来るだけ身に付けておくように、と言われたものだ。
『この指輪は、アナタの霊子を繋ぎ止めて蓄える役割を担ってます。少しぐらいなら問題ないですが、1日以上外すとまた力を奮えなくなると考えておいてください』
そんな言葉がなくとも、これを外すつもりはないのだが、より意識して身に付けておくようになった。
だが、そうはいっても金属であるし、水気に触れさせるのは如何なものかとこういうときは外している。
もう数年先になるかと思っていた自身の半身との再会はこうして随分とあっさりと訪れてしまった。
『こんなにすぐ返ってくると思わなかったわ』
『風華の為だもん。超特急で身を粉にして全力で挑みましたからね。あ、超特急料金はサービス価格ってことで、今夜のお楽しみ三回戦でいかがデショ?』
『もう。悪ふざけも程々にしてください』
『風華サンが冷たい!これから心置きなく愛しあおうっていうのに・・・!あの言葉はウソだったんスか!』
『そうならないように頑張ってくださいね』
『・・・はぁい・・・』
ーーーーー本当、昔から変わらないわね。
つい数日前のやり取りを思い出して風華はくすくすと口許を綻ばせる。
指先の水気を丁寧に拭き取り、それを元の指に嵌めようと持ち上げたときだった。
ふと内側に何かが刻まれていることに気付く。
『108.999』
「!!」
ひゅっ、と喉をならして息を飲んだ。
じわじわと視界が滲む。いけない、このところ涙腺が緩くなっている気がする。泣いてばかりだ。
『108』は言わずもがな、『結婚してください』を示すものだ。
そしてもうひとつの『999』が示すものは、夢物語に近いような言葉だ。
信じて、いいのだろうか。
願っても、いいのだろうか。
瞬いた睫毛の先から透明な滴がぽたりと落ちていく。
「おふァよ、風華・・・、ちょ、風華サン!?どうしたんスか!?」
洗面台ではらはらと涙を流す風華に、寝ぼけ眼で現れた喜助はぎょっとして慌てふためく。
「もしかして昨日ヤりすぎて腰が痛いんスか!?それとも夜一サンに虐められたとか!?」
まったく、朝から何を口走っているのだか。
本当にこの男が送り主なのかと疑ってしまいそうだ。
「もう、馬鹿な人」
「ーーーへ?」
「ふふ、なんでもないわ」
「あ、ちょ、風華!?」
誰もが信じていないことでも。
誰もが馬鹿にしていることでも。
彼が言うのなら、きっと叶うことなのだ。
風華は薬指をなぞり、その小さな誓いの薔薇にそっと唇を寄せた。
いつか終わりのくるこの命に。
次があるのなら。
必ずまた貴方の元へ。
貴方がそう誓ってくれたのだから。
999本ーーー"生まれ変わっても、貴女を愛する"
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