追憶の歯車

ーーーあと少し、か。

風華は道すがら、先程の喜助の言葉を思い起こしていた。
以前から考えていたことが、ある。
彼には、いや、他の誰にも知らせずに、考えていたことがある。
誰からも賛同されないと解っていて、それでも考えずには居られなかった。
それが最善だと知っていた。いつか、こんな日が来るのではないかと思っていた。
数多くの人の記憶を奪ってきた。
繰り返し、繰り返し。
必要なことだったからだ。
だからだろう。こんなにも落ち着いていられるのは。

ーーーごめんね、

心の中で謝罪すれば、しゃらん、と簪が涼やかな音を奏でた。
"謝らないで"と、謳うその音に、瞼を臥せる。

だが、新たな問題が首をもたげる。
どう告げれば、分かってもらえるだろうか。
どう告げれば、彼の怒りを煽らずに済むだろうか。

考えても考えても答えはない。
どんな話し方をしたとしても、彼の怒りを買ってしまう気がした。
風華は、ほう、と掠れた吐息を溢した。
この百数年、一度たりとも喜助に怒りと呼べる感情を向けられたことはなかった。口調が厳しくなることはあっても、それは矛先が別のところにある怒りだった。けれど、今回は違う。
風華に、或いは喜助自身に対しての怒りで、そこに第三者が加わることはないのだから。
だからこそ、どんな言い方をしたところで、彼が激昂するだろうということはだけは想像できた。
どんな風に怒りを向けられるかは分からないが。

ーーー口も聞いてくれなくなったら、どうしようかしら。

風華がぼんやりと思考を巡らすうちに、脚は目的地の前で止まっていた。
ここにも一人、断っておかなければならない友が居るのだ。

意を決した風華の前に現れたのは白だった。「ひよ里ちゃん、居る?」と訊いたはずなのに、なぜか拳西が呼ばれてしまい、もう一度ひよ里への取り次ぎを依頼すること、しばらく。

「ーーーようやくやでホンマ!しっかり借り返したらんとなぁ・・・!!」

開いた掌に拳を打ちつけるひよ里の背中に声を掛ける。

「そうね、」

「心配せんときぃ。風華の分もウチがしこたまどついてきたるからな!」

「ふふ、ありがと。ひよ里ちゃん」

今回の作戦に風華が参加していないことは既に皆が知っている。"現世に負傷者が出た場合の救護役"という名目で留まることになっているが、実際のところは、彼女が現場に連れていかれては喜助に影響が出るだろうという周囲の配慮である。当の本人には夜一から『現世を補佐する人手が足らぬ。それであれば現世慣れしておる風華が適任じゃろう?』と説明されているそうだ。
結局、彼女にはそれさえも出来そうにないのだが。

「で?話ってなんやねん。また喜助になんや言われたんかいな?」

もう百年にもなるというのに、未だに喜助との仲を認められないらしい親友は「ついでに喜助のヤツも一発どついたろか」と目頭をつり上げる。

「あのね、ひよ里ちゃんは、・・・私が死神でなかったとしても友達になってくれた?」

「・・・・・・は?」

ひよ里はぽかんと口を開けて呆けている。
欠片も予想だにしていなかったという顔だ。
当然だろう。風華とて、突然こんな話をされれば戸惑うに違いない。

「やっぱり、私が死神じゃなかったら、一緒には居られないかしら」

当時は、誰も彼も、信じられなかった。
彼女に出逢ったのはそんなときだった。
貴族の出の者からは、みすぼらしい落ちこぼれだと罵られた。
外の出の者からは、世間知らずの金づるだと値踏みされた。
誰も彼も、風華を見ようとしたものは居なかった。
そんな中で、彼女だけだったのだ。
真っ直ぐに、裏表なく付き合ってくれたのは。

『何してんの、アンタ。ほんまどんくさいやっちゃで』

『まだ終わらへんのかいな。しゃーないからウチも手伝ったるわ』

『風華、さっきのノート貸してくれんか!?なんやあれ、子守唄かっちゅーぐらいよう寝れたわ』

『行くで、風華。そないな奴らいちいち相手にせんでええねんて。何を律儀に相手しとんねん』

彼女の世界を変えてくれた、大切な友。
その彼女を捨て置くような真似をしてしまうことを赦してほしい、などと烏滸がましいにも程がある。
けれど、それでもまだ、浅ましくも一緒に居たいと願ってしまうのだ。

「・・・風華?」

「私に、何の力がなくても、こうして話を聞いてくれる?」

「何の話や、それは!?」

ぐっと詰め寄ってくる友人にふわりと微笑む。
けれど、詳細は、話せない。
必ず反対されるから。
受け入れられることはないと分かっている。
故に、それはひた隠して、ほんの一部の側面だけで問い掛ける。

「これからも変わらずに居てくれると、嬉しい」

「風華、アンタ、」

嗚呼、そう言えば彼女だったか。喜助と似ている、と顔をしかめていたのは。そうか。確かに似ているのかもしれない。

「アンタ、何考えてんのや?」

「心配しないで。悪いことではないから」

ーーーーーおそらく。
確証はないが、これが最善なのだと思う。

「悪いことちゃう、て・・・何かやらかすつもりなんやな?」

こくりと一つ頷く。
彼女は二、三度口を開けたり閉じたりした後に、風華の鼻先に指を突き付ける。

「ホンっマ、アンタは昔から言い出したら聞かへんヤツやな!普段は何でもええで〜て顔しとるクセに!!」

「ごめんね」

「アホか。そこは謝るとこちゃうわ。謝るんやったら、さっきの言葉訂正せんかい」

ばしっと腕を叩いてきたひよ里を見下ろしつつ、風華は首を傾げる。

「さっきの?」

「せや。力がなかったら口きかへん、てどういう意味やねん。ウチがそないなことで見限るような、やっすいヤツや思とったんか、アンタは!」

「ふふ、そうね。ごめんなさい」

腰に手を当てて怒りを露にするひよ里に、風華はゆっくりと頭を下げた。

「ーーー信じて、ええんやな?」

「うん。平気よ」

身を起こした風華をひたりと見据えていた瞳がふっと和らぐ。彼女が居てくれて本当に良かった。
風華は改めてそう感じながら、家路についた。


9/11


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -