道外れの機械人形

よいしょ、と抱き上げた少女の顔を覗きこむ。
少女は喜助と視線を合わせて破顔する。

「楽しかった?」

「うん!こんなにたくさんあそんだのはじめて!たのしかったよ」

「そっか」

はしゃぎ疲れたのか頻りに眼を擦り始めた風華を、あやすように抱き上げる。

「眠いなら、寝てていいんスよ?」

「ん、でも、わたしだけ、・・・」

「気にするな、子どもは寝てこそ育つものじゃ」

鉄鎖の腕に乗った黒猫が、ぽんと、少女の額を叩く。
彼女はそれにほわりと笑い返して、それから喜助に体を預ける。
その小さな背中をとんとんと一定の調子で叩いてやると、すぐに寝息が聞こえてきた。

「おやすみ、風華サン」

少女の体を抱き上げたまま自室に引き上げて彼女の魂魄を元の義骸にうつす。魂の抜けた幼子の体はただの骨組みへと戻る。
代わりに、持ち主が還ってきた体は、以前と変わらず極め細やかで瑞々しい肌を晒している。

緩やかに波打つ髪に指を通すと、しゅるりとそれが滑り落ちる。
長い睫毛に縁取られた目元。
瞼に覆われた琥珀の瞳。
薄紅に染まった頬。
吐息を漏らす桜色の唇。
なだらかに上下する双丘。
そっと柔らかな頬を撫でると、ひんやりと、それでいて滑らかな肌の質感を覚える。

そっと包み込むように彼女の体に夜着を羽織らせて上掛けを掛ける。
それを胡乱げに眺めていた黒猫が、鼻を鳴らした。

「風華も哀れよの、こんな男に捕まって」

「そんな言い方しなくてもいいじゃないっスか」

抗議しつつも、親友の意見には喜助も内心で同意していた。こんなどうしようもない男に捕まっている彼女が哀れでならない。なぜこんな男に捕まってしまったのか。嵌めようとはしていた。骨の髄まで落とし込んで、他の男など見向きもできないように仕向けた。
しかし、だからと言って全てを変えることはなかったと、ふとした瞬間に今でも考えてしまう。違う生き方が出来たはずなのだ。誰かに追われることもなく、身を偽ることもなく。
もっと、幸せな生き方がーーーー。
こんな言い方をすれば風華が寂しげに目を伏せるから言わないようにはしているが、それでも思わずにはいられない。

「それで?」

「ハイ?それで、ってなんスか?」

惚けるな、と黒猫は一喝と同時に溜め息を吐き出した。

「風華を捲き込んだからには、それ相応の意図があるのじゃろう?」

「ええ、まあ」

まさか本当に幼少期を見る為だけに用意したのか、と言いたげに眉を潜める黒猫に、肩を竦めてミルクを差し出す。
そう。意図はある。
こんなことをする為にわざわざ用意した訳ではない。

「ならさっさと話せ。さもなくば」

「さもなくば?」

黒猫はしゃきん、と研ぎ澄まされた爪を、その猫の手の合間から伸ばして見せる。
さすがにそれで引っ掛かれたくはない。
ぶるりと体を震わせて、それを造った目的を語る。

「この義骸に入ることで、徐々に魂魄と融合するようになってるんス」

「ほう?ようやく完成したか」

「いや、これは以前から話していたものとは少し違います」

何度試しても、手元にある厄介なそれが壊せない。
だからこそいっそ崩玉と融合させて行方を眩ませてしまおう、というのは以前にも話していたことだ。
最終的にどこぞの死神を犠牲にして喜助や夜一にも分からぬように行方を眩ませることができれば手っ取り早い。当初はその予定で造り始めた。しかし、考えてみればそれで片が付くような相手ではない。仮に彼を出し抜けたとしても、別の誰かが何処からか嗅ぎ付けてこないとも限らないのだ。
よって目の届く範囲内で所在を把握し、かつ怪しまれないように監視しなければならない場合に備えての義骸だ。

「なので、護身用にそれ自体の能力が飛躍的に上がるように強化してあります。・・・まあ、これはまだ調整段階なんですが」

だからこそ、喜助や夜一よりも身体能力の劣る風華で試したのだ。どれだけの力が出せるかどうか、と。

「余計に怪しまれはせぬか?」

「それも考えたんですけどね。ただ、不測の事態ということも考えられますし、もしかしたら、ボクらの誰かがこの役を担う必要に迫られる可能性だってある。そのときに普通の義骸じゃ心許ないでしょう?」

「それはそうじゃの」

その未来だけは避けたい。
しかしそう考えてどれだけの策を講じようとも避けては通れないこともある。まさしく今の現状のように。
夜一は深く溜め息を吐き出して、暫く尻尾を左右に振り倒していたが、すっと窓辺へ身を翻した。

「未だにあちらも動きはないが、用心するに越したことはない」

「ええ。分かってます」

黒猫は「また来る」とだけ最後に告げて夜の帳に消えていった。
用意したミルクは手付かずで残っていた。


かちこち、と時計の秒針が振れる音が何度響いた後だろうか。

「・・・ん、?」

「あ、起きた?風華」

ふるり、と睫毛を震えさせて、風華がゆっくりと瞼を開いた。そうして、開くなり彼女は傍らにあった柱時計に視線を巡らせて、がばりと身を起こした。

「え、やだ、今何時!?」

「9時過ぎっスね」

「・・・うそ、」

俄に信じがたい様子で周りに視線を巡らせ、柱時計の他、電気のついた部屋と、カーテンの引かれた室内などからそれが事実であると察したようだ。

「いいよ、疲れてたんでしょ?」

「そう、なのかしら」

「うん、お茶飲んだ後に寝ちゃったんだよ。覚えてない?」

実際には、『薬液の入った茶を飲んだ後』である。
だが彼女は茶を飲んだことさえ覚えていない様子で、左右に頭を振った。

「ごめんなさい、覚えてないわ・・・」

「今日はもう休む?」

「そう、ね。そうさせてもらいます。ごめんなさい」

何もかも放棄して寝入ってしまったことを本気で気にしているようだ。
あまり思い詰めないように、と彼女の額から後頭部へと手を滑らせつつ、軽く茶化す。

「そんなに気にすることじゃないっスよ。アタシは役得でしたよ。可愛い寝顔も見れたし」

「・・・もう、喜助さんたら」

彼女がまた横になったので、掛布をその肩口まで引き上げる。
しばらくすると、すうすうと、風華は寝息を立て始めた。
薬のせいか、はたまた瞬間的に体を酷使したせいか、やはり疲れ出ているようだ。あまり長時間使用するべきではないが、とにかくこの義骸が使えることは立証できたので、今はこれでいいだろう。次は別のパターンを想定した義骸の作成にも着手してみよう。
喜助がそう考えて奥へと仕舞い込んだそれは、しかし、彼の予想に反し、すぐにまた引っ張り出すことになるのであった。


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