道外れの機械人形

殺風景な荒れ地に降り立ち、風華を降ろす。
まず彼女に体の調子を聞いてみなければならない。

「風華サン、"おまじない"の効果を確認したいんで、ちょっと走ってみてもらえます?」

「ふつうにはしればいいの?」

「うん。普通に走ってみてごらん」

少女は首を傾げて、喜助と、それから背後の夜一にも視線を移してから、おずおずと頷く。
四つの瞳に見守られた少女は、たん、と地を蹴る。
ふわりと、宙を舞うように翔る。その小さな足でどうやって走っているのかと眼を疑う程の速さで風を切り、あっという間に反対側の壁に辿り着く。

「ほう、」

友人は腕を組んで金色の眼をわずかに細めた。
壁際で嬉しそうに「すごい、すごい!」とはしゃいでいる風華に声をかける。

「風華サーン、戻っておいでー、」

「はーい!」

跳ねるように地を蹴った風華が、瞬きする間に彼の足元にやってくる。
少女は興奮冷めやらぬ様子で、ぴょこぴょことその場で跳ねたり腕を振り回したりしている。

「すごいの!いっぱいはしれるよ!はやくなってるのっ!」

頻りに「すごい」という単語を繰り返して少女が囃し立てる。

「確かになかなかの早さじゃの」

「"おまじない"がちゃんと効いてるみたいで良かったっス」

「きすけさん、ありがとう!」

「どういたしまして」

頬を染めて少女は破顔する。彼女の頭を撫でてやると、警戒心など微塵も感じさせないふにゃふにゃと蕩けそうな表情を浮かべている。
彼女にして良かった、と改めて思う。
そもそも、身体能力に優れている夜一にお願いしたところで何の意味もないし、当然喜助自身でも意味がなかった。
身体能力は並みである彼女の、しかも、幼少期だからこそ、この実験に必要だったのだ。
戦闘要員ではない彼女でさえ、これだけ目を見張る程の動きが出来るのだ。一人でも十分に戦えるだろう。

あまり時間を掛けているわけにもいかず早速始めようかというところで、低い声が轟く。

「待たれよ!」

「どうしたんスか、テッサイ」

そう言えば、彼女のためにジュースを用意しておいてと頼んだきりだ。まさかわざわざその事でここまで降りてきたのだろうか。だが、彼はジュースどころか、何も持ってきていない。店を始めてから変わらず着用している自作の商店エプロンも外していて、白いシャツに、鍛え抜かれた筋肉の筋が浮かんでいる。
その鉄裁を見上げて、風華はおずおずとお辞儀をする。

「む、これはこれはご丁寧に」

「怖くないんスか?風華サン」

「ひとを、みためで、はんだんしちゃいけない、っておとうさまがいってたの」

喜助の裾を掴んだまま、背後に隠れるようにして頭を下げた風華に、鉄裁が丁寧に礼を返したからか、安心したように前に出て、喜助を振り仰ぐ。彼女の小さな手が、辛うじて彼の逞しい人差し指と中指だけを握っている。どうやら握手をしているらしい。
危険な人物ではないと思ったにしても、平然と握手に応じるというのも、なかなか実践できるものではあるまい。

「うーん、しっかりしたお嬢サンだこと」

「して、何用じゃ」

感心する喜助を他所に、準備体操とばかりに腕を伸ばし始めていた夜一が問い掛けると、彼は眼鏡の縁をきらりと光らせた。

「なに、私もその鬼事に参加したく馳せ参じた次第」

「・・・え?テッサイもするの?」

「いけませぬか?」

「いや、ダメじゃないけど・・・」

こんな大男に追い掛けられる幼女というのは問題がある気がするのだ。色々と。
自身の行動は棚にあげて心配する喜助を、高い声が呼ぶ。

「きすけさん、」

作務衣の裾、膝の辺りの布を小さな手が掴んでいる。

「なぁに、風華サン」

「みんなであそぼう。そのほうがたのしいよ」

にこにこと彼女は破顔している。
見上げてくる可愛らしい笑顔に、もうどうにでもなれ、と思ってしまった。
何せこんな可愛らしい生き物に勝てるはずがない。

「風華の言う通りじゃ!ほれ、さっさとせぬか」

屈伸運動まできっちりと済ませた親友が急き立てる。
こうなったら、短時間でみっちりデータを録るしかない。

「じゃあ十数えたら追いかけますからね?」

いーち、にー、と間延びした調子で目を閉じて数を数える。
隠れるものがあればいいのだろうが、この地下室にそんなものはない。
圧倒的に鬼に有利な状況のためか、喜助に与えられた時間はわずか5分。
その間に、三人を捕まえなければ喜助の負けである。

「きゅーう、じゅう!」

喜助は目を開くと、脇目も降らずに前方へ駆け出した。



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