道外れの機械人形

「んっ、ぅん、」

「おお済まぬの。眼が冴えてしもうたか」

「・・・ふぁ、・・・?」

騒ぎに気付いたのか、眠りの世界に誘われていたはずの少女は、夜一の腕に抱かれたままゆるりと頭を起こす。
抱き上げられていることに気付いた少女は途端に表情を曇らせる。

「ごめんなさい、わたし、ねちゃってたの?・・・おもくない?」

「重い訳なかろう。むしろ軽すぎるぐらいじゃ」

からからと声をあげて笑う夜一に安堵したようにほうと息を吐き出している。それでもまだいくらか気にしているような少女を抱え直して、彼女はにたりと口の端を吊り上げる。

「さて、風華。せっかく眼が醒めたのじゃ。儂と遊ばぬか?」

「・・・!あそぶ!」

大きな眼をさらに大きく見開いて彼女は何度も首を縦に振る。
この提案は喜助にとっても願ったり叶ったりだ。
この親友が大人しく家に籠るような遊びをする訳がない。
まだ何を目的として彼女をこんな姿に変えたのかは説明していないが察したのだろうか。それともただ自身が遊びたくなっただけか。腕に抱いた少女を愛でている様子からは如何とも判別しがたい。

「では鬼事でもするかの」

「おいかけっこ?」

「そうじゃ。家に籠ってばかりでは体も鈍るしの、子どもの内はよーく遊んでおけ!」

ほらきた。これで今日の目的は充分に果たされる。
夜一が相手ならいいデータも録れるだろう、と腰を上げた喜助に声が掛かる。

「お主が鬼じゃぞ」

「え?ボクなんスか?」

「当然じゃろう。儂と風華は逃げる役じゃ」

「はぁ・・・まァ、いいっスけど」

そういえば、彼女は人に吹っ掛けてはいつも自身が逃げていたのだと思い出した。
仕事で追い掛けてばかりだったから、遊びでは逃げる方が好きなのだろうか。今の逃亡生活、もとい気儘な猫暮らしも楽しんでいるような気がしないでもない。
貴族出身であるはずなのだが、いつも堅苦しいだのなんだのと苦言ばかり口にしていた友人にはこちらの方が合っているのかもしれない。皮肉なものだが。

「よるいちさん、」

「どうした?」

「わたし、かけっこはにがて」

そっと畳の上に下ろされた少女は眉根を寄せて表情を曇らせた。喜助はしゃがみこんで、風華と視線を合わせるとその頭をぽんぽんと撫でてやった。

「大丈夫っスよ。今日の風華サンは、すっごーくかけっこ得意になってますから」

「どうして?」

彼女はまたぱちぱちと眼を瞬かせてきょとんとしている。
それから、子供特有の、小さな体に不釣り合いな程の大きな頭をこてん、こてんと左右に倒しながら喜助を見つめてくる。その動きに合わせて柔らかな髪がふわふわと揺れている。
何度見ても可愛い。先程夜一が口から出任せで話していた『父親が目に入れても痛くないほどに可愛がっていた愛娘』というのは、事実ではないだろうか。

「フフフ、ボクがさっき、おまじないを掛けておいてあげたからです」

「おまじない?」

「そ。可愛い風華サンの為に、特別に、ね?」

片眼を瞑り、彼女の小さな唇にちょんと人差し指を当てて笑ってみせると、少女は血色のよい頬をさらにぱっと赤く染めて俯いた。今の風華と変わらない反応にもう少し苛めてみたいという気持ちがむくむくと沸き上がる。
どうしてやろうかな、と頭を巡らせていると、頭上から『子ども相手に何をしているのか』と批難するような盛大な溜め息が聞こえてきた。

「・・・風華。こやつの"まじない"とやらはよく効くから心配いらぬ。早速試してみればよい」

喜助と夜一の二人を交互に眺めてから、まだ頬を林檎のように赤く染めたまま風華はこくりと頭を下げた。

「じゃ行きましょっか」

「ま、まって、きすけさん、あるけるよ!」

ひょいと風華を抱えあげると、彼女はわたわたとしている。
先程までは自身から触れてくるほどに、普通に接していたのに、もうすっかり喜助のペースに乗せられていて、恥ずかしいらしい。
彼女が意識してくれている様子が楽しくて仕方ない。

「地下室はちょーっと遠いっスから。だから、風華サンは一緒に行きましょ」

「・・・じゃあ、よるいちさんとおりる」

腕の中から逃れようとしている風華に、わざとらしく声を落としてみる。

「ありゃ。もしかして、ボク、嫌われちゃった?」

「ちがうよ!そんなことない!」

「ホント?」

必死にこくこくと頷いてくれる少女に「良かった」と破顔すると、彼女もそれに応えるようにふわりと笑う。

「さっさと降りぬか、この色惚けめが」

「・・・っ、スミマセン」

背後から脹ら脛にまた一発喰らわされて、喜助はそれ以上の戯れは控えて大人しく地下室へと降りた。



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