鈍色の歯車

首筋に鼻を刷り寄せるといい匂いがして、つい抱き寄せる腕に力を込めてしまう。

「風華サン、」

「・・・なに?」

ボディソープで濡れた肌は、撫でるだけでつるりと指先が滑っていく。
胸の内に燻っていた靄がほんの少し晴れたところで、今度は違う熱を発散したくなった。

「・・・いい?」

柔らかな乳房にそっと指を這わせて呟く。
ぴくん、と肩を震わせた風華は体を捻って、喜助の頬に手を当ててきた。
拒否されるのかと思ったが、彼女はそのまま瞳を閉じて唇を重ねてきた。
十分すぎる返事に満足して、舌を伸ばして歯列をなぞる。

「んっ、ふぅ・・・っあ、」

歯列の裏をなぞられるのが苦手らしく、一本一本、歯茎との境を行き来していけば、それだけで体を預けてくれる。
座椅子から彼女の体を持ち上げて、風呂場の床に胡座をかいた自身の腿の上に座らせる。
泡をたっぷりと絡ませたまま質量のある乳房を揉みしだく。それは喜助の指先に合わせて、ふにゅふにゅと形を変えて愉しませてくれる。

「風華、足開いて、」

口付けの合間に促し、彼女の股を割り開くと、そこへするりと指先を滑らせる。
頬に添えられていた彼女の掌は、いつの間にか喜助の胸板に縋るように添えられている。

「ふ、ぁ、んんっ!」

つぷり、と指先が入り込む。泡以外のもので既に濡れたそこは、ぬるぬるとしていた。
舌と舌を絡めあい、固く尖った乳首を指先でつみ上げる。
そのまま、濡れそぼった敏感な芽を弄る指の動きを速めていく。

「んっ。ふぅ、んんっ、ぁん、ンン」

快楽から逃れようとする体をぐっと押さえ付ける。
逃げ惑う舌を吸い寄せて、互いの唾液を絡めあい、柔らかな肌を蹂躙するように全身を余すことなく愛撫する。

「ン、ぁんーーっ!!」

突如風華の体がびくびくと痙攣する。
痙攣が治まるなり、脱力した彼女が達したことはすぐに分かる。
唇を解放すると、唾液が常よりも赤く色付いた口の端から唾液が伝ってゆく。
濡れた琥珀のそれに自身の姿が映っているのが分かるほどの至近距離で、風華の瞳を覗き込む。

「ふふ、気持ち良かった?」

風華は頬を染め、とろりと蕩けた瞳を逸らし、微かに首を縦に振った。

「ボクも、気持ちよくなっていい?」

はあはあ、と浅い呼吸を繰り返す風華はまだ喋るのは難しいらしい。
代わりに、もう一度、こくりと彼女が首を上下させたのを確認して、華奢な体を持ち上げる。
向い合わせで抱き合うな体勢で彼女を引き寄せる。濡れた秘所にぬぷぬぷと、陰茎が埋まってゆく。
この瞬間は何度迎えても堪らない。一分の隙間もなくぴたりと収まると、ほうと、息が漏れる。
苦しさからではない。快楽もあるが、それだけではない。
それ以上に、満たされているからだ。 

「あ、あぁ、」

「んっ、風華のナカは、ぁっ、本当に、っ、気持ちいい、ね、」

「そ、う?・・・ひゃ、ん!やぁ、」

「うん、・・・最高、だよ」

「良かっ、・・・ぁっ、あん!」

人は元々一つであったのに、あるときに半身にされてしまう。彼等は互いを常に求め、追い縋り、さ迷っているのだという。
彼が求めていた半身というのは、彼女なのだろうか。
それ故に、こんなにも、体を繋ぐことで安堵するのだろうか。

薄く開いたままの唇にまた舌を捩じ込む。
柔らかな粘膜質の感触を味わうように舐め尽くす。

「あっ、はぁっ、・・・ん、んんっ、」

彼女の後頭部と腰に腕を回して拘束する。
柔らかな胸がふにゅりと吸い付くように喜助の胸板に押し潰される。泡が残ったままの肌は触れあう度につるつると滑り、その柔らかな双丘に愛撫されているようで心地がよい。
下から突き上げると、結合部からぐじゅぐじゅと卑猥な水音がして、風呂場内に反響する。

「んっ、ふぅ、・・・ぅんんっ!ん!」

首に回された風華の腕に力が隠る。
上下の口から伝わる柔らかく生温かな肉壁の感触を、十分に堪能してから、白濁を最奥に吐き出す。

「・・・っあ、」

舌に唾液をたっぷりと絡め、それを飲み下したのを確認してから唇を離した。

「上のお口と、下のお口。どっちの方が美味しかった?」

「・・・っ!?」

瞬時に首まで赤く染める彼女が可愛くて仕方がない。

「なるほど。比べようがないくらい、どっちもお気に召したんスね?」

「もうっ!!喜助さんのばか!変態っ!」

膝の上で暴れだしそうになった風華を抱き抱えて湯船に浸かる頃には、一抹の蟠りは、泡とともに排水溝から流れて去っていた。



けして短くない湯浴みの後、喜助は寝転がって本を眺めていた。俯せで、頬を片肘で支えながら、ぺらり、ぺらりと頁を捲る。読むというよりも、そのまま眺める、といった体で、大して文章も思考回路に運ばれていなかった。
それと言うのも、鏡台の前で髪に櫛を通している風華がこちらに来るのを待っているだけだったからだ。

丁寧な飾り細工を施されたその鏡台は、風華の家にあったもので、向こうから夜一に運びこんでもらったものだ。
初めは申し訳なさそうにしていたが、喜助の荷物が次から次へと運ばれてくるのをみて、考えを改めたのか、今に至る。
母親から譲り受けたというそれを、日々磨きあげては大事に使っている。

薄茶の髪は、艶やかにうねり、彼女の肩の上を滑る。
ふと、あることが気になった。

「前みたいに伸ばさないの?」

「え?」

鏡越し視線を合わせる風華に、自身の髪を摘まんでみせる。
喜助の髪の癖と何が違うと、あんなにも艶やかになるのだろうか。不思議でならない。

「出逢った頃はだいぶ長かったでしょ?」

「そうですね、でも、今はこの長さで落ち着いちゃってるし」

鎖骨より少し長い髪に櫛を通している。
何か思い入れでもあったのではないか、と聞いてみても、何もないという。女性は髪を大事にしているものだと思うが、風華は気に止めていないらしい。
彼女曰く、長いときは長いなりの、短いときは短いなりの良さがあるから長さはどちらでもいいそうだ。ただ、今の長さはちょうど簪が挿しやすいから、この長さにしているのだとか。

「そういうもんスか」

「そういうものですよ」

くすくすと鏡の中の彼女が笑っている。
思えばこの笑顔を見るのも久々のような気がして、ひどく眩しく思えた。

毛先の滴を丁寧にタオルに吸い取らせている彼女を後目に、手元の書物をぺらりぺらりと捲る。
文字の羅列を目で追っているだけで、大して頭に入っては来ない。

「それ、読み終わったら休んでくださいね」

「これ?」

「ええ。せっかく早く休めそうなんですから、たまには早く寝ないと」

「それもそうだね」

彼女の言う通りで、早くに休めた日などいつ以来だろうか。
すぐに思い出せないぐらいには、以前の話のようだ。
喜助は手元の書物をぱたりと閉じると、枕元に伏せた。

「いいんですか?」

「いいよ、そんなに集中してた訳でもないし。それより、おいで」

布団の端を持ち上げて誘う。
振り返ってこちらを見詰める彼女の瞳は、疎ましげに半分ほど閉じられている。

「分かってると思いますけど、今日はもう寝ますからね?」

「えー?」

「喜助さん!」

「アハハ、ごめんごめん」

そう言いつつも、風華は素直に体を潜り込ませてくれる。
丁寧に櫛を通し終えたばかりの彼女の髪に指を通すと、まだ少しばかり水気を含んでいてひやりとしていた。

「おやすみ、風華」

「おやすみなさい、喜助さん」

布団に潜り込んで、かちり、と枕元の小さな電球を消す。
腕の中の温もりまで消えてしまわないように、その柔らかな存在をきつく抱き寄せる。
ふと、懐かしい花の香りがした。
その香りに誘われるように、深い眠りに落ちていった。




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