きれはし | ナノ
きれはし

夕暮れの絵の具で
忘れかけた記憶を描く。

空を泳いだのは、
確かに薄っぺらいクジラだった、
いつかの、あの日。

顔を汚した橙が

くすぐったいくらいの世界を連れて。

排他的な灰色の街。

見えない境界線を踏みつけて、
硝子玉の眼に映る自分が
とても、怖い。

厭世的な牽制の街。


誰も彼も笑うことばかり上手くなる。

吐き出した綺麗な嘘が、
たくさんの切れ目をつくる。
ぐらぐら、
不安定な世界で。
いまにも壊れそうな、
ひびだらけのガラスの上で。
わたしは呼吸する、
あなたと共有する。

(それが言の葉の世界)

白く染まった海底の景色
指先を浸して、
そこからとろけてしまうように

たゆたう幸せの音色
誰が歌っているの?

溶ける、触れる、
消える、揺れる、

橙色の金魚鉢
どこまで行くの、愛しい子

果ての、果ての、その先へ。

独りぼっちの風に乗って
どこまでも、行こう。

モノクロの花束を抱えて、

泣き顔のあの子に会いに行く。

流れる景色を追いかけて
走る、走る

流れた景色は色褪せて、
どんな絵の具でも、
二度と元には戻らないとしても。


下手くそな落書きで構わないから。

積み木の上で
ゆうらり、揺れる。
こそあどの花。

(かつかつ、足音の裏で)
(がくがく、怯えた声が)


こんなにも不安定な世界。

吐き出した二酸化炭素
全てが、虹色の泡になって
上へ……上へ……

陸に上がった人魚が
力なく倒れてしまうように
海に潜った私たちは
穏やかに眠ってしまうだけ。

透明なラジオの声。
「―――、―――――」
いつからだろう、
何もかも聞こえない。

幸せの音
悲しみの音
全て、耳を塞いでしまって

あの光が希望だと、

信じられなくなったあの日から。

冷たい海の底で見つけた。
淡い、幸せ色の塗料。
眩い輝きも、
目を引く鮮やかさも、

なにもかも無い、幸せ色の塗料。

薬指のマニキュアに込めた
小さな小さな、魔法
お母さんとお父さんが
そう言って笑うから、
なんだってできる気がしたんだ。

名前のない街を歩く。
足音は全て、静寂の鐘に消えて。
明日を生きるための糧はどこにもない。

太陽はこうして眠る。

夜は、こうして目を覚ます。

まどろみの電波塔
新しいスニーカーを、
青色電波が汚してく

叫ぶ声がノイズになってしまうなら、
いっそ、

唄を歌おう。

どこまでも広がる空を
チョキ、チョキ、
切り取っていく。

青色の四角い看板に
明日への矢印を目一杯大きく書いて、

届けにいくよ。

この子は眠りにつきました。
明日の幸せを夢見て、
小さなラジオを腕に抱えて。

お母さんの温もりもわからない、

この子は。

暗闇に描いた
光の軌跡

辿る指先の拙さと、
戸惑いがちな微笑みと、
確かに繋いだ小さな手。

どこにいるの?

ここにいるよ。

寂しさの数だけ
くすんだビー玉を転がす

おかっぱの女の子
真っ赤な浴衣をきて
山の向こうへ走っていった

提灯お化けとにらめっこしよう、
おいで、
寂しい子。

わたしが一緒にいるからね。

マニキュアの上で滑る
眩しいキラキラした、感情

金魚鉢の中じゃ見ることのできなかった
温かい熱のような、感情

飾ることは、きっと、悪くないのよ
美しいものを
私たちはいつも欲しがるから

綺麗なビー玉をおひとつ
透明な水溜まりに投げ込む

生まれた虹の足は、
私の瞼の裏に焼き付いたまま
まるで陽炎みたいに


ゆらゆら、ゆら。

そうやって曖昧な顔をするから、
いつか輪郭がとろけてしまって、
目も、鼻も、口も、
液化して混ざり合って、


いつしか夢の泡になってしまうんだよ。

眠りに落ちる前は、
夜が溶ける音が聞こえる。
曖昧な夢が溢れ出して
瞼の裏を優しく撫でてくれるから、

深く深くまで落ちてしまうんだ。

太陽の心臓
コトリ、コトリ、
時を刻む拍動。

夏の花は首をもたげて

母の手を探している。

ひとつ、ふたつ、みっつ
古びたラジオが数える、音の数。
忘れてしまった旋律を
かき集める、二本の腕。

忘れたくない思い出を、

僕たちは投げ捨ててしまった。

爪の傷を隠す
赤いマニキュア
忘れたいもの、全部
真っ赤な嘘の下に潜り込ませて。


笑顔をつくる私は泣いていますか。

クジラたちの水槽の中で
踊る、虹色金魚の輪
黒い瞳が映す
現実と夢の狭間。

(まるで暖かい母親のように)

(胎盤が僕たちを包むように)

どこにも行けない黒猫。

水溜まりに映る
透明な空に恋をして、
俯いたまま。


広がる世界に気付けない。

足元から伸びる影が
捕まえた、キラキラしたもの。

欠けた夢を探して
かき集めて
どこに仕舞ったかわからなくなる


それだけのもの。

遥か昔、忘れられた人魚の唄
心を揺らす透明な音波が、
ただ幸せだけを願い続けた。

遥か昔、忘れられた人魚の唄
それでも、

心に強く根付いているもの。

君の声を聴くために耳を澄ます。
拾い上げたノイズが、
僕の脳を巡る。


君は、どこにいるの。

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