それでは、また明日 | ナノ
 相対



尾形に連れられ訪れた家に牛山やその男達を残し、傾きだした陽の下、佐久楽は土方等を呼びに走った。

戻った時には、すでに話を始めていたらしく、部屋の空気はぴんと張り詰めていた。
猫と刺青人皮を手に部屋へと踏み入った土方の肩越しに、並ぶ顔ぶれへ視線を走らせる。
牛山が担ぎ出した男二人に、その連れらしいアイヌの男と少女。

「ジイさんあんた……、見覚えがあるような……どこかであったかな?」

顔に目立つ傷のある男が、土方を見てそんな質問を投げかけた。

「いや…!!会ったことがあるわけねえ。こいつは…」

土方歳三だと坊主頭が口にする。傷の男が肩から銃を下ろしたのを見て佐久楽が刀の柄へ手をかければ、アイヌの男がちらりと視線を寄越した。どうやら楽しい話合いにはなりそうもない。
傷の男と土方が腹の探り合いのようなやり取りを重ねる中、いつでも刀を抜けるようにと神経を尖らせていた佐久楽の肩を、骨ばった手がひとつ叩く。それが永倉のものと知った佐久楽が場所を譲ると同時に、誰かの腹が鳴るのが聞こえた。
手を引くことを勧め、穏便な解決策を上げる永倉に、一触即発かと思われた空気が僅かに緩んだが、傷の男がそれに頷くことは無い。

「のっぺらぼうに会いに行って、確かめたいことがある」

それまでは金塊が見つかっては困ると、芯の通った真っ直ぐな声音で男は語った。その向こう、空気のついでにそちらも何か緩んだのか、部屋の中ではコロコロと妙な音が鳴り出した。
誰もが引き絞ったように真面目な顔をする中、音は途切れず、

「なあに!?コロコロって!」

ついに痺れを切らした様子で傷の男が、側にいたアイヌの少女を振り返った。
それを見てようやく出所が知れたと手を打つ思いで居た佐久楽の脇を抜け、家永が場に躍り出る。

「私が何か作りましょうか」

もしや今まで見た中で一番輝いているのではという表情で、家永は料理作りを買って出た。







佐久楽が調理場へ顔を出せば、棚の上段の皿を取ろうとしている家永の姿があった。爪先立ちでその細腕を伸ばすが、届いたとしても無事に下せるかというと少々危うい。

「代わろう」

手近な椅子を手に声をかけた佐久楽を、その黒く濡れた双眸がもの言いたげに見つめる。座面に上り、目の高さよりもまだ少し上に並ぶ皿を前にどれが要るのかと尋ねれば、とても永倉と歳を近くする者の声とは思えぬ声が答える。


「その白磁に藍の線が入ったものを」

言われ下ろした皿を受け取る家永は、どこか物珍しげだ。
自らやって来たことがそんなに意外だろうか。

「叫べば直ぐ聞こえる場所に人が大勢いるからな」
「それは心強いですね。届く程の声で叫ぶ事が出来ればですが」
「………」

先取って答えた佐久楽に向け皮肉たっぷりに笑んで踵を返した家永を、強張り顔に張り付いた笑みをどうにもできぬまま見送った。

粟立った腕をさすりつつ椅子を下りたとき、廊下に続く扉から牛山が顔を出した。

「家永」

声に振り返った家永へ向け「借りて行っていいか?」と太い親指は佐久楽を指し、問いかけに家永は二つ返事で頷く。

「……そうは言うが、あれだけの人数分を一人で…」

快諾に躊躇った佐久楽に、いっそ晴れ晴れとした声が返る。

「ご安心ください。むしろ手間が減って助かります!」
「………家永」

これはこれで非常に複雑だった。






「飯の前に一仕事だ」

なんでも死体の転がっている部屋があったとかで、シャベルを手渡され牛山に言われるままに家の裏手へ向かえば、そこでは坑口で見た二人組の坊主頭の方が穴を掘っていた。

「あんたは確かジイさん達と一緒にいた…、手伝ってくれるのか?」
「あぁ。穴は一つで良いのか?」

言ってシャベルの先を土に突き刺した佐久楽に、男はちらちらと視線を寄越す。それは奇異なものを見る目だ。
好奇心に駆られ何度も投げかけられるそれに、掬った土を山と積みながら佐久楽は応える。

「…女だ」
「いや、別に変な目で見てた訳じゃねぇぜ!」
「分かっている。この格好が珍しいんだろう?」

もはやそれが定番の流れと言っても良いくらいだ。初対面では、佐久楽を見た者のほとんどがその服装と声と所作の相違に押し並べて混乱をきたす。
「それもあるけどぉ…」と男は眉を下げる。

「キロちゃんと賭けてたんだ。女みたいな顔した男だと思った。おかげで大損だ」

耳慣れない音の並びに、一緒に居たアイヌのどちらかのことを言っているのだろうと見当がつく。一人はまだ子供だったからおそらくは男の方か。

「知ったことか。人を暇つぶしの種にするからだ」
「腰のそれも、本物なんだろ?」
「あぁ、よく切れる。なんならその腕で試してみるか?」
「…嫌に決まってらぁ」

見た目に騙されたとぼやく男は、まだ諦めがつかないのかその三白眼で幾度か佐久楽を盗み見ていた。

「…本当に女なんだよな?」
「残念ながらな」

シャベルの先を靴で押し込みながら心底悔しそうに男は言う。

「くそっ、先に声だけでも聞いてりゃ良かったぜ。そしたら絶対外さなかったのによぉ」

吐き出された台詞に、思わず笑いが漏れた。

「そんなのはもう賭けにならないじゃないか」

手の甲で口元を隠してくつくつと笑った佐久楽を、右から左から、男が覗きこむ。

「……何だ」
「……いける!」

何を思ったか急に顔を引き締めた男は、笑いを収め再びシャベルを地面へ突き立てた佐久楽へ向け、泥に汚れた手を服に擦り付けてから差し出す。

「名前はシライシヨシタケ。独身で彼女はいねぇ。付き合ったら一途で、」
「いいからさっさと掘れ」

拭ってもなお黒い手を一瞥し、すくった土を投げつけた佐久楽に、男が犬のようにくぅんと鳴いた。








ようやく人一人埋められそうな穴が出来あがった頃、牛山が敷布に包んだ死体を運んできた。
いつのまにか空は裾の方に朱色を刷いただけとなり、暗がりが間を詰めてきていた。
牛山が提げて来たランプを受け取る。降りて来た牛山が穴の底へ横たえたそれは、端の方の布が捲れ、そこから靴が覗いていた。

「軍人か?」
「あぁ」

軍靴。それはもうすっかり見慣れてしまった尾形のそれとそっくり同じものだった。
頭の方を覆う敷布へと手を伸ばす。
絶命している男は毒気のない顔をしていた。覇気のない、良く言えば人の好さそうな、争いごとには向かなさそうな顔だった。

「たぶん鶴見中尉のとこの兵士だろ。俺と杉元がここに来た時にはもう死んでたぜ」

額に空いた穴。そこから続く乾いた血の跡が、その者が息をしていたことの証明だった。今朝、いや恐らく数時間前までは立ち動いていたことだろう。

「おい、埋めちまうぞ」
「…あぁ、すまない」

手を借りて穴から上がり、佐久楽は薄闇に浮かぶような白が土を被せられてゆくのを静かに見つめていた。





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