それでは、また明日 | ナノ
 砂に染む


高い。

天を指すように突き出た二本の煙突を見上げ、佐久楽はぽつりと呟いた。
煙突の先からは、本当に空に昇ってゆけるのか疑わしい重たげな煙が立ち上っている。
夕張は大きな街だった。比較的大きな家屋が山の裾野を埋めるように密集して建ち並んでいる。

「これは?」

下を見れば、道を横切るように線路が敷かれていた。
訊ねた佐久楽に、牛山があぁと声を上げる。

「トロッコの線路だな」
「トロッコ?鉄道とは違うのか、確かに随分細いが」
「掘った石炭を乗せて運ぶんだ。ま、人を運ぶ鉄道とは根本から違うわな」
「そうか」

並んだ枕木の上に連なる鉄の道を目で辿る。どこへ続いているものか、やはりそれも鉄道の線路と同じに長く長く伸びている。

「佐久楽」

呼ばれ、慌てて永倉を追いかける。
どうしても周りに気を取られ遅れがちになるせいで、夕張についてからというもの、佐久楽は最後尾ばかりを歩いていた。

「先生は見たことがありますか?」
「トロッコか?ないな。土方さんも初めて見るのではないですか?」
「あぁ、話に聞いたくらいだな」

土方さんも見たことがないのか、と些細な共通点を見つけるだけで頬は緩む。
二人が話しているのを暖かな陽だまりを見る思いで見つめながら、佐久楽はふと後ろを振り返った。おや、と前を向いても、お前はどうだ?と尋ねるつもりでいた相手の姿がない。

「牛山、尾形はどこだ?」
「尾形?さっきまでそこにいたが……どこに行ったかな」

家永へ目を向けるが、そちらも首を横へ振る。
大体が黙っているものだから、居なくなった事に誰も気付いていない。

「連れ戻してきます」

そう永倉へ向けて告げると、佐久楽は踵を返して駆け出した。







道を戻り、程なくして見つけた外套を纏うその背は、迷う様子もなくどこかを目指しているようだった。
茨戸の時と同じだ。明確に、何をすべきか決めている。
やはりどこまで信用したものかと思うのは、この男が度々こうして土方等の思惑とは違う場所で動くからだ。

泳がそうと思ったわけではなかったが、声をかけぬままに佐久楽は尾形の後を追った。
しばらく家屋の間を縫うように進んでいた尾形が、少し開けて来た辺りで不意に足を止めた。家の陰に潜むようにして何かを窺っている。かと思うとまた歩き出した。再び混み入った方へ足を向け、ふらりふらりと歩を進める。
角を折れた所で急にその姿を見失ったと思ったら、直ぐ右に佇む人影があった。
腕を組んで壁に凭れ、底の知れない双眸が佐久楽を見つめていた。

「……気付いているなら気付いていると言え」

何故か負けたような気になって口を尖らせた佐久楽に、尾形は口の端を僅かに持ち上げる。

「一緒に行きたいなら言えばいい」
「誰が…あ、待て」

ふいと風が向きを変えるかの如く踵を返し歩き出したその後に慌てて続く。方向から見ても、皆の元に戻る訳ではないようだった。

「何処へ行く。戻るぞ尾形、団体行動だ」
「手分けした方が早いだろ」
「それを決めるのは土方さんだ」

行く先にはまた同じような民家ばかりが並ぶ。おそらく、尾形には目的がある。だが、果たしてこんな所にどんな用があるものだろうか。
尾形。とその名を口にして幾度目かで、ようやく目がこちらを向く。

「聞け。一度戻ろう。お前だって何もやましいことが無いならきちんと信用を得ておけば良い。疑われた所で何も得はしないだろう」

黙り込んだ尾形が足を止めた。久方ぶりに見た、探るような瞳。反らせば負けだと見つめ返すも、暗い目は揺るぎの無い闇を映したままだ。
持ち上がった手が髪を撫でつける。歪む口の端に合わせ、その目がすぅと細くなる。

「従順ぶっていれば信用できるのか?アンタも諜報には向いてないだろうに、ジイさんもなんでこんなのを寄越したもんかね」
「………不向きなことについて否定をするつもりはない」

実際佐久楽ですら薄っすら思ったのだ、人選を誤っていやしないかと。だが何かしらの理由は有るのだろうし、やるかと言われれば否は無い。
苦く息を吐きつつ、佐久楽は「土方さんが何をお考えかは知らないが」と前置いた。

「お前を疑うというのとはまた違うんだろうと、私は思う」

本気で佐久楽に尾形の腹を探らせようと思うのなら、鈴になれなどとは言わないはずだ。
猫だって、自分の首にしつこく音の鳴るものがぶら下がっていていれば気がつかない筈がない。

「どうだかな。そんなタマには見えねぇが」
「お前が穿った見方をし過ぎるんじゃないか?」
「ならそっちは見通しが甘すぎるのか?あのジイさんにとっちゃ俺もアンタも駒の一つだ。良いように使われて気が付いた時には捨てられてたなんて事にならねぇよう、せいぜい気を付けるんだな」

尾形…と佐久楽は静かにその名を口にする。

「私は、お前のことは心底そりの合わぬ奴だと思っている」
「…あぁ、よく知ってるぜ」
「……思ってはいるが、だからと言って信用云々はまた別問題だ。だからお前も…、」

ふと、尾形が妙な笑い方をした気がした。
いつもの通り嫌味なようでいて、少し、なんだろうか。
そちらを意識した途端続く言葉を取り落とし、佐久楽はしまったと視線を泳がせた。

「だから、その、なんだ…」

慣れぬ事をするように紡ぐ言葉が先細る。

「………こんなので、悪かったな…」
「………」

ただ先に尾形が発した言葉への恨み言でしかないそれを口にしてから、失態だとばかりに佐久楽は片手で顔を覆った。
尾形から何の反応もない事がかえって手痛い。

「と、とにかく勝手にいなくなるな。いいか、今度姿を消したりしたら…、」

再び言い澱んだ心の内を見透かしたように、その口がにまりと笑う。
分かっていて、子供にするように顔を覗き込んでくるその仕草がまた余計に腹立たしいのだ。

「消したら、どうなんだ?」
「―――――――噛む…!」

とっさに浮かんだものを口にすれば、小馬鹿にした笑いが返った。

「何なんだ、何が言いたい!要はフラフラしなければいいんだ!分かったな!?」

分かったとも、分からないとも返事は無く、早くも背を向けたその後ろ頭に言いつのっていた佐久楽は、ふと降ってわいた答えに動きを止めた。

―――あぁ、そうだ
先程感じた違和感の正体。

どこか荒涼とした、
言いようのない乾きを、その笑みに見た気がした。




/


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -