『ぁッ!も、……やだぁ!』

「あ?やだじゃねーだろ。きもちいだろ?」

『やらやら、でちゃ』

「だから出せって。な?」

ぐちゅぐちゅってぐっぽり指2本埋められて、ポルチオ揺らされて頭ぐわぐわする。
自分の厭らしい甘ったるい声が浴室に響いて、金次くんに後ろからガッチリ抑え込まれて足おっきく開いた体勢。
視界に金次くんの逞しい腕とごつごつした手、それを咥えこむ秘部を見せつけられて脳みそおかしくなる。

おちんちんでポルチオガン付きされて、連続とろとろアクメ強制キメさせられて
そしたらどこ触られてもイッちゃうモードに身体がされちゃって。
そんな状態で乳首はもちろん、背中とか太腿とか耳とか

「きもち?きもちいよなぁ?」

って低い声耳元で脳みそに直接言い聞かせるみたいに囁かれながら、それぞれエッチな触り方されて
身体に"きもちいい"って刷り込まれて教えこまされて……それでぐずぐずとろとろにイかされちゃって
挙げ句の果てには手のひら撫でられて、指絡められてなぞられただけで

イッちゃうような身体に仕立て上げられた


そんな状態で
指でぐちゅぐちゅポルチオ優しく撫でられて、外でバイブでめちゃくちゃにされた時みたいな感覚に襲われて
辞めてってお願いしたのに


裸で浴室に連れ込まれて

お漏らしするまでポルチオ虐め抜かれてる


『あッ!んん、やぁ』

絶対イヤなのに、あの時の心臓ばくばくしてた音と
すっごく恥ずかしくて、気持ちよかったこととか馬鹿みたいに思い出して


でもだって、


もう本当に


戻れないところにきてしまったって思い知らされて


金次くんじゃないとダメになってるって


ぽろぽろ涙がでて

きもちよくて、もう本当にだめになる



『も、ッ!、あ……ぅぐ、あッぁぅ』


プシャップシャッて膣のうねりとともにあふれ出して、ガクガク身体が震えてググッて入りっぱなしだった力が抜けると

『や、ぁ』

じょろじょろってお尻を伝ってだらしなく垂れ流れて、ぴくぴくと身体が震える。

こんな姿見られたくないのに
後ろから覗き込むように私の首筋に齧り付いて舌でれろれろ嬲っている金次くんの息が荒くなってて
もう、なんだか……金次くんに好きにされて醜態をさらしてイキ狂ってる私に、金次くんが興奮してるってソレに興奮してる。


『ひっ!やぁ、きんじ、……くん』


ぐぽぐちゅって散々虐め抜かれたポルチオをまた指で揺らされて

「くっそえろすぎ」


『も、らめぇ死んじゃうッ』

息も止まる

視界ぐわんぐわんまわって、
きもちいいしかわからない


だらしなく開きっぱなしの唇を食べられて、舌を絡められてじゅるじゅる吸われて

金次くんに強く抱きしめられて



全部まっしろになった










重だるい瞼をあけて、ぼんやりした頭で
固まって動かない身体をさきっちょから動かす。指先がぴくりと動いて、じわじわと身体に感覚が戻る。
布団におさまっていた左手をゆっくり動かして、ぼやけた目元を擦ると


手首に纏う慣れない感覚と
カチャッてほんの僅かな軽やかな音に


え?


寝転がったまま手を目の前に持ってきて
ぼやけたピントが徐々に合う。

落ち着いたゴールドの鎖型のチェーンに、淡い水色のころころした四角めのストーンが半分連なるブレスレット。

ぼやぼやしたまま……反対の右手、指先で優しくなぞると少しだけひんやりとした石の感覚。
ほどよいボリューム感があるのに、チェーンの鎖がゴツくなくて細めのつくりだからかどことなく華奢な綺麗さがある。


『かわいい』


ポツリと呟いた一言は、シンとした部屋に暖かく溶けていって


じわじわと



『きんじくん』



金次くんしかいないってゆっくりベッドから身体を起こす。
隣ですうすう寝息をたてている金次くんを見下ろして
好きが止まらない

ずっとホテルでエッチなことして
お腹が空いたら適当にパーカー羽織って二人でコンビニいったり金次くんが買ってきてくれたり
それで満たされたらエッチして眠たくなったら寝て、また起きてエッチして
そんなやりたい放題に過ごして……
外の見えないラブホテルの中で今何時かもちゃんと確認しないままに、寝てる金次くんの柔らかい唇を食べるみたいにキスして
意識のない緩く閉じた唇を舌でこじ開けて金次くんの意識を引っ張り起こす。


「んッ」

ぴくりと金次くんの身体が震えて
いったん唇を離すと、うっすらと瞼がひらいて


『金次くん、キスして』


まだ目線がぼやけてる金次くんを見下ろしながら甘えた声でそう告げて
ゆっくり金次くんの腕が伸びてきて、私を捕まえて

『ん、ふぅ』


寝ぼけながらも深いキスをくれた






『金次くんこれ』

「んー?クリスマスプレゼント」

ベッドの頭側にもたれかかるみたいに、身体を起こして二人でくっついて隣同士に座る。
左側、金次くんがブレスレットを指で撫でて手首がじんわり熱を持つ。


『でも下着ももらったのに』

「あー、これそんな高くねぇから。気にすんな」

金次くんがくわっておっきな口を開けて欠伸をしながら、なんてことないみたいに言葉を紡いで

「それにほら、これナマエみたいだろ?」

『へ?』

淡い水色を金次くんが撫でてそう言って

『わたし?』

こんな可愛い淡い色のイメージなの?って嬉しくなっちゃう。

「最初脱がせたとき下着こんなだっただろ?」

『ぇ』

わたしのトキメキを返せ!って思ったけど、たしかにお気に入りの下着はこんな淡い水色に白とブルーの小花のレースだったって思い出して
てか、それ覚えてるってなに?って頭ぐらぐらする。

「でもまじで、なんかナマエみてーじゃん?薄い色でかわいい」

"かわいい"にキュッてなって
だったら、このゴールドのチェーンは金次くんじゃないの?だなんて
じわじわ、胸がくすぐったいみたいな
うわーッて叫び出したいみたいな気持ち


『ありがとう』


やばいもう、嬉しすぎて泣いちゃいそう。

だってだって

まだ下着はそういう、エッチな気分盛り上げる為だってわかるし
いっぱい好きって言ってくれたのだって
セックス中の"好き"だもんって
あんまり自惚れないように、溺れすぎないようにってずっと常に思ってたのに


こんな、ずっと身につけられるもので
ブレスレットだなんて常に目に入るような

そんなの貰えて


こんなにいっぱい甘やかされたら



金次くんって、私の事を好きなのかなって胸がいっぱいいっぱいで


嬉しくて、浮かれきっちゃってたまらない



『あ!あのねッわたしも』

貰いっぱなしで浮かれっぱなしだなんて
私も言わないといけないことあるでしょ!って思い至って

『金次くんに、クリスマスプレゼント用意してたんだけど……その』


こんな、クソみたいなテロ予告があるなんて思ってもなかったから

『東京の寮に置いてて……』


「まじ?」


金次くんが少しびっくりしたみたいな声で

『ぅ、うん。ごめんね?』

「いやいや、こんななるってわかんねーだろ。まじか、つーか用意してたんだな」

『ぅッ』

クリスマスデートするってことだって、遠征の前の日に決めたのにその時にはすでに準備してただなんてバレてしまって重かっただろうかって目線が泳ぐ。

「あんがと、めちゃくちゃ嬉しいわ」

クシャッて金次くんが笑って
ぶわぶわ顔が熱くなっちゃう。



チラリと金次くんの耳元をみて、キラリと光るピアスに視線が止まる。
この子は金次くんといつも一緒だなって
小さな嫉妬心が芽生えて。いいなって羨ましく思っちゃって……思わず『いつもそれだよね』なんて前金次くんに言ってしまったことがあった。
「あ?そうか?あー……べつに変えんめんどくて着けっぱなしなだけだぜ?」なんて言ってた金次くんに
でもそうやって着けっぱなしにしてもらえるのいいなぁ。なんて
きっと金次くんが死ぬ時もあの子は一緒なんだろうなって馬鹿みたいに思った。私はいつか隣にいられなくなるのに……ギュッて胸が痛くて、馬鹿みたいな嫉妬心に心が飲み込まれる。
「そうだ、ナマエがくれよ。ピアス」そう言って金次くんが笑って「そしたらずっとそれ着けとくから」なんて軽い感じで言った一言に


嬉しくなっちゃって


すぐ金次くんに似合うピアス探しにいったんだ。
しかもいいやつだったら壊れたりしないだろうし本当にずっと付けてもらえるかもって
どれだけお金を稼いでも金銭感覚だけは狂わないようにしないとって律してた自分を無視してキャッシュカード握りしめてATMでお金おろして
そういうのに疎い私でも知ってるブランド、キラキラしたショーケースに飾られたピアスを現金で買い攫って


いざ寮に戻っていわゆるハイブランドの紙袋を机に置いて

『やってしまった』

後悔したんだ。だって重い、重すぎる
高校生のプレゼントの相場を検索して絶望して
でも呪術師だもん。大丈夫だよね?金次くんだって馬鹿みたいにお金賭け事に突っ込んでるから金銭感覚狂ってるはず!てなんとか自分を励まして
でもいきなり高額プレゼントって引くよねって
ひっそり洋服ダンスに片付けて

でもやっぱり渡したい欲がむくむく育っちゃって、クリスマスプレゼントなら大丈夫かなって


そうして今に至るのだ。

だって、めちゃくちゃ金次くんに似合いそうって思っちゃったんだもん。どうせ普段たいした買い物もしないからお金貯まる一方だったんだし


あのピアスを思い出しながら
金次くん貰ってくれるかな、つけてくれるかなって



「もしかしてピアス?」

『へぁ?』

投げかけられた一言に間抜けな声が出ちゃって

「おま、なんだそれ……どっから出たんだよその声」

笑いながら金次くんが喉元を指先で撫でてきて顔が真っ赤になる。

『うー、そうだよ、ピアスだよ』

「まじ?ナマエ最近俺の耳元よく見てたもんな」

『ぇ』

「あ?無意識かよ。キスすっときよくピアス触ってただろ」


うそでしょ


「ナマエわかりやすくて可愛かったぜ?」

頭が茹で上がるみたいに熱い。恥ずかしい
ニヤニヤしながら金次くんが「かわいいなぁナマエは」って雑に頭を撫でてきて少し複雑な気分になる。
でも金次くんが笑ってるならいいかって、もう完全に調教済みである。


「戻ったらそれ楽しみにしてるわ」

『うんッ』


えへへってもう顔緩んじゃって
完全に浮かれてる


「んじゃ、もう一発ヤろーぜ」

『えッ』


ほんわかしたちょっと甘い空気ブチ壊してどストレートにそう言い放って

「目冷めちまったわ、責任とってナマエちゃんに相手してもらわねぇとな?」

『ぅ……え』

指絡めて握られて
ちょっとチュプッて耳元舐められただけで

すぐその気になっちゃう自分が恐ろしい



もうほんと、ずっと金次くんとべたべたエッチして
甘やかされて


最高に幸せだって思っちゃう













「すまないが頼めるか?」

『うん、大丈夫だよ』

「はぁ……」


加茂くんが溜息を小さくついたのをみて、困ったように笑う。



京都に戻ってきて、ジロリとこちらをみてくる桃ちゃんをスルーして、変えの制服に着替えた。
部屋にあった小さな鏡を見て、キスマークは隠れてるはずって口元緩みながら確認して
そして高専をでて伝えられていた持ち場に来たら

どうやら東堂くんが連携を無視する気満々らしい。それはいつもの事らしいんだけど、だからって許すわけには行かないって加茂くんがぶちギレ寸前である。
一応東京校組としては彼らと連携とまではいかないけど、お互いなんかあったらよろしく!て協力体制なわけで
『わたしが東堂くんについときましょうか?』と言えば歌姫先生に泣いて喜ばれた次第である。

「ミョウジ!ありがとう、本当に……くぅ、あなた本当にあの五条悟の教え子なの?いいこすぎない?大丈夫?面倒なこと全部させられてない?」

『大丈夫です』

いろんな大人に面倒なことはさせられてるけど、本当に嫌なことはしれっと拒否してるから大丈夫だ。
こういうとき金次くんは好き勝手にやるし、綺羅羅もついてるだろうし
私一人あぶれるのもちょっとさすがに不安だしって保身も含めていることは内緒だ。
京都側の連携の役割を考えると、東堂くんに体力的についていけるのは私くらいだろうし……東堂くんヤバそうなのに一人突っ込んで行きそうだけど、本当にヤバそうだったら東堂くんにお願いして逃げよう。だなんてまじでクズ思考を発揮させる。
だって東堂くんって死ななさそうだもん。


「秤と星は?」

『たぶん、もう来るとは思うんだけど……あの二人も自由だから』

「そうか、お互い大変だな。少し確認したいことがあるからいったん離れていいか?」

チラリと加茂くんが東堂くんに目線をやって。
東堂くんがいなくならないように見張っとくんですよね?了解!とわかりあって

『うん、いってらっしゃい』

加茂くんを見送って
桃ちゃんはまわりの様子見てくるって飛んでいったし、メカ丸くんと三輪ちゃんはちょっと離れたところで二人話し込んでる。
ぐるんって視線を真依ちゃんに向けるとクールに腕を組んで明後日を見ている。
美人でスタイルいいから様になる。
暇だし真依ちゃんと話そうかなーって思っていると


「あ?ひさしぶりやん」

聞こえてきた声に真依ちゃんの表情が一瞬固まった。


「あー、真希やったっけぇ。あ?真依か。まぁどっちでもええけど」

ふざけた声の持ち主に、あの人は確かって頭の中で検索する。金髪が目を引く、狐目の整った顔立ち。
祖父についていった呪術師家系の集まりで見たことがある。禪院家の上の人だよね?

それより、真依ちゃんの雰囲気が固くて
間に入ったほうがいいだろうかと頭で考える。
だけど私みたいな学生に割って入られて気分を害されたらどうしようかと悩む。うちなんて、家格はあるけれど御三家とは比べ物にならない……田舎の、ただ古いだけの家柄で

そんなの関係なさそうな東堂くんに視線をやるけど、険しい顔で目を瞑って腕を組んだまま何故か天を仰いでいる。何やってるんだあの人……彼は役に立たなさそうだな。

加茂くんはやくって視線を真依ちゃんに戻すと

バチリと、目線があってしまって



「あれ?キミどこの子やっけ?」

一歩、二歩縮まる距離に

『ミョウジナマエと申します』

ぺこりと頭を下げる。さがった視界に手首のブレスレットが入って
大丈夫。べつに取って食われるわけじゃないもんって小さくゆっくり息を吐く。

「あー、ミョウジ。あの爺さんとこの」

足の先から頭のてっぺんまで隠すことのない視線を不躾に注がれて、自分の置かれている状況を嫌でも思い知らされる。

そうだ


本来私はここでずっと生きてきたんだ


そしてこれからも、それは変わらない



なんで忘れてたんだろう


右手でブレスレットを覆うみたいに触れて


『祖父がお世話になってます』

ふわって緩く笑顔を作って、穏やかな声を心掛けて

「ん?俺のこと知ってるん?」

『直哉さん、ですよね』

必死に検索した結果を恐る恐る口に出して

「そうそう、よく知ってるやん。えらいなぁ」

間違ってなくてよかったってホッとする。
周りに、家に迷惑をかけないようにってしっかり見せようと必死だけど、中身なんかただの子供だ。私の受け答えで気分を害されたらどうしようって必死で笑顔を貼り付けて


「キミ、これと仲いいん?」

真依ちゃんを親指で指して"これ"呼ばわりにじわじわ胸が蝕まれるのと同時に、自分の立ち位置を自覚する。

『仲良くさせてもらってます』

「そうなん?一年?」

『二年です。東京校所属です』

「東京?へぇ……ミョウジなのに?まぁええわ。二年。17なぁ」

頭を傾けて、考えるみたいに呟きながら
こちらから目線を外さない直哉さんにはやく切り上げてほしいって全身全霊で思う。とりあえず緩くにこにこして、それを崩さない。

「何級?」

『二級です』

「へぇ……二級かぁ……ミョウジ家ねぇ」


真依ちゃんがギュッて自身の腕を強く握りしめているのが見えて


「キミちょうどええやん」


"ちょうどええ"にざわりとして


「禪院家の嫁にこうへん?」



思わず目を見開いてしまう。
グッて手のひらに力が入る。反応を最低限に留めることができた自分を心底偉いと思う。

『わたしがですか?』


ぽやって雰囲気のまま返事をして
"禪院家の"ってことは、直哉さんがちょうどいい年頃の人を紹介してくれるんだろうか。

「そう、俺禪院家次期当主やし。ミョウジ家にとってええ話やろ?」

ヒュッと息を呑む
"俺"ってまさか

『直哉さんと、ですか?』

「そうやけど?なに?不満?」

彼の目が細くなって、声のトーンが低くなる。その様子に心臓がギュウッてして
しまったって背中が冷たくなる。


『ぁ……違います。その、私では分相応かと……とても務まりません』

一瞬言葉に詰まったのを誤魔化してなんとか言葉を並べて

「あー、ええねんそういうのは、隣でにこにこ座っとったらええから。きみは」

「婚約者いるでしょう」

真依ちゃんが横から焦ったように声をかけてきて

「あ?今俺この子と話とるんやけど、黙っとけや。あの旧家の女やろ、あいつ無駄にプライド高くてうるさいねん」


わかってる、わかってるんだ


「だからちょうどええやん?」



こういう世界で、私は生きてきたから

緩い微笑みは崩さない


「あ、それともなんや。キミ加茂家の嫡男くんのお手付きかいな」

『ぇ』

この場にいない加茂くんまで巻き込むなんてって頭が痛くて

『違います』

「ならええやん」

よくない。けど、何も言えない。
上手にあやふやに当たり障りのない返事をしたいのに、それが思い浮かばない。


「ま、ミョウジのじーさんに言っとくわ。んじゃまた」


去っていく直哉さんに、やっとフッて肩の力が抜けて普通に呼吸ができる。

「あいつ……ああ言うやつだから、その」

『大丈夫だよ、真依ちゃん。わかってるから』

心配そうな真依ちゃんに、笑ってあげることしかできなくて
一応一個先輩なのに、情けなかったかなって思うけど

仕方がないから


真依ちゃんも、わたしも、痛いくらいにわかっている。


『本当に大丈夫だよ』

隣で、ううん。後ろでただ座ってるなら誰でもよくて
子をなさないといけないから、健康体ならよし。って感じでしょ……それでどうせなら、若くて、自己主張なさそうな女が楽だし
ミョウジ家なら家格も悪くないって思ったんだろう。

正直この話が本当にうちの祖父まで回るとも思わない。

だって


『あの人私の名前すら覚えてないよ?一応名乗ったのにね。もう私の存在すら今日のうちに忘れちゃうよ。だから大丈夫だよ』

「そう……ね」


グッて真依ちゃんの指が腕に食い込んでいる。
変に話し込むんで長引くよりやんわり当たり障りのない会話をしたほうが印象にも残らない。
絶対にもう、彼は私の顔すら忘れているだろう。そのくらい、あの程度の会話はたいした重みもない話なのだ。

ふうって息を吐いて

『桃ちゃんまだ帰ってこないねぇ』

下手なくらいにわざとらしく話題を変えて


「そうね」


真依ちゃんも下手な返事をして、それで途切れる。





高専を卒業するまでに、気持ちの整理をするはずだった
少し前までは、それでいいと思っていた。
顔も知らないような人に嫁いでも、最低限人道的な扱いをしてくれる家だったら
べつにお見合いみたいな形で嫁ぐ事に抵抗はなかった。
結婚も出産も女に生まれた以上いつかはするものだと思って生きてきて、大恋愛の末に結婚するんだ!なんてそんなドラマみたいなことをいいなぁと思う気持ちもあるけれど、それも憧れというよりは、遠い世界の出来事を垣間見てる気持ちで
自分の身に起こるなんて、そんなことは考えつかなくて

だからそれでいいって、ずっと……ついさっきまで


なのに


指先で淡い水色とゴールドのチェーンをなぞって




それは嫌だなんて、思ってしまった




金次くんと一緒にいたい

私、金次くんのことすごい好き


ずっと一緒にいられたらいいのに


こんなふうに好きの大きさを思い知らされたくなかったな。





でも、"ずっと"だなんてそれが本当に夢みたいなことだって


ちゃんと私はわかってる




だからせめて、金次くんが私を隣に置いてくれてる間は

このことは忘れていたかった



うん。忘れよう





「もう結構配置についてたよって、え……何この空気」

ぶわりと頬を撫でる風とともに聞こえた声に顔をあげて

『桃ちゃんおかえり』

笑って声をかける


「ナマエちゃんただいま……で、なにかあった?」

チラリと目線が真依ちゃんと私を交互に見て


『べつに?加茂くん先生のとこにちょっと行っちゃったから待ってるとこ』

「べつになにも」

「そっ、か……」



ならいいけどって桃ちゃんが呟いて。

「秤くんたち見つけたから、こっちに一回集まってって声かけといたよ」

『わ!ありがとう』


金次くんもう来るのかぁ。ってふにゃって口元緩んじゃう

「……あのさぁナマエちゃ」

桃ちゃんが言葉を発するのを遮る様に



「ミョウジが求婚された」



無駄に通る大きい声で


「え?」


「禪院家の、次期当主だと。金髪の」

「なにそれ」

真依ちゃんの眉間にシワが寄って、私は心配させないように笑顔を貼り付けるしかない。「しかしあんな求婚ではロマンチックさがないだろう。御三家?フッ、たいしたことないな」なんて一人でブツブツ呟いている東堂くん以外の3人の空気は固まっている。
桃ちゃんが息を呑んでギュッてほうきを握りしめる。
目瞑ってなんか一人の世界入ってたくせに、他人に興味なんかなさそうなくせに

急にぶっこんでこないでよって東堂くんを見れば



「おい」


グッて痛いくらいに右手首を引っ張られて身体ごと揺れる。



「何の話だ」



低い声、苛つきを隠せないその声に


『きんじ、くん』


どくどく嫌な痛みを放つ。


「言葉のままだ、ミョウジが求婚された。以上だ」


だから東堂くん黙れって思って睨みつけるけど、そんなのお構いなしみたいに腕を組んで視線を返される。
このまま見つめ合ってても埒が明かないってふいって東堂くんから視線を逸らして


「で、ちゃんと断ったんだろうな?」

ググッて握られた手首が痛い。
金次くんをみれば険しい顔に心臓が痛くて

『断ったっていうか……大丈夫だよ。向こうもそういうのじゃないし』

「あ?」

へにゃりって笑って言えば、
金次くんの顔がさらに険しくなって、低い声で空気がピリつく。手首の骨がギリギリと音を立てている。




「ちげぇだろ。はっきり断るべきだろうが!」



頭がびりびりするくらいに怒鳴られて、キュッて心臓が捻り上げられたみたいな心地で
無理やりつくってた顔も崩れて唇に力が入る。


呼吸がうまくできない

『ぁ……』

はっきりって、なんて断れって言うの?相手は禪院家で、次期当主だって自分で言ってるくらいの人で


ていうか金次くんはわたしとそういう関係になる気はあるの?
それってだって結婚するってことだよ?私と金次くんが?そんなの絶対ないくせに


そもそも金次くんは"ちゃんとそこまで"私のことを好きなの?

じゃあべつに、そこまで怒ることじゃなくない?
私は悪くないよね?私が悪いの?

『だって……べつに、そこまでの話じゃないよ』

「は?そこまでの話だろーがッ!!」


強く怒鳴られて心臓がばくばくする。
ごちゃごちゃこんがらがってうまく言葉が出てこない
何を言えばいいかわからない
喉が詰まって
目を合わせてられなくて、視線が彷徨って足元に落ちていく



「あ?だんまりかよッ」

『ッ』


金次くんの怒りしかない声色に身体がビクリと震える。


「もういい」


バッて捨てるみたいに握り潰してた私の手首を離して
金次くんが私を背に去っていく




ぜんぜん、あたまがまわらなくて




縫い付けられたみたいに……足が動かない



じゃあ、どうしたらよかったの



「金ちゃん!?」慌てて追いかける綺羅羅をぼんやりみつめて


「いかないのか?」

誰のせいだと……東堂くんを睨みつける気力はなくて


『ん、あとでちゃんと話す』


「そうか。あとでが来ればいいな」


辞めてよって泣きそうになりながら
金次くんに何て言おうって必死に動かない頭の中を整理して


ちゃんと、自分の気持ちだけは伝えようってそれだけは心に刻む。
















『はぁ……生きてる』

ごりごり削られた。たぶん終わったであろうテロに全員疲労困憊である。
流石というべきか、東堂くんだけ「高田ちゃんッ」て叫びながら高専に走っていった。
ヤバそうなのは、だいたい東堂くんにぶつけてあげたから
多分金次くんたちも無事なはずだ。雑魚みたいな呪霊がわんさかだったけど、その程度なら金次くんが死ぬことはないって身体の力が抜ける。

ちゃんと話しないとって、足に力を入れて

桃ちゃんに金次くん探すの手伝ってもらってもいいかなってぼんやり思って


「ミョウジッ」

『加茂くん、なに?』


わりと強めの声で名前を呼ばれて

「これ、東京校から」

渡された携帯を手にとって耳に当てる



「ミョウジッ!お前今どこにいる」

『どこ……京都ですけど?』


いきなりなに?って日下部先生の質問にこたえて

「ちがうッ!秤と星は!!一緒じゃないのか!?」

『ぇ……あ、いまは、別です』

なんとなくバツが悪くて"いまは"だなんて付け加えて、私は本当に保身に余念がない。


「すぐ秤のとこにいってくれ!いますぐ!はやくッ」

『え?』


なんで?え……だって等級の高そうな呪霊はちゃんと東堂くんにぶつけて
あとは間引いたから、金次くんは大丈夫なはずじゃあ


『なにかあったんですか!?金次くんッ、怪我ですか?』


心臓が嫌なくらいに音を立てて、携帯の奥の先生の声が聞こえないくらいにパニックになる。


「ちがうッ!秤が問題起こした」

『ぇ』

「はやくとめてくれ!保守派とモメてる!!こっちにまで連絡がきたぞ」


『え……』



どういう


「ナマエちゃんッ」

携帯と反対の方から


『桃ちゃ』


「たいへんッ!秤くんがあっちで」


バッて走り出して


「ナマエちゃんッ!?」


桃ちゃんに連れて行ってもらったほうがはやいのに、そんなことも忘れちゃうくらいに慌てて
桃ちゃんが指で示していた"あっち側"に必死で走って



息も絶え絶えに

はしって、はしって



『きんじ、くん』



ゴンッて肉を殴る鈍い音に


息を呑む



『ッ』



「あ?ナマエかよ」


馬乗りになる金次くんの間、だらりと垂れた腕
動かないその身体の胸ぐらをまだつかんでいる。

お構いなしに振りかぶる素振りをみせた金次くんに

『金次くんッ』

泣きそうな声で叫んで


『だめ、死んじゃう』


金次くんが人を、ここまで痛めつけているのを初めて見た。
呪術師の家系に生まれたんだからこんな殴り殴られるとか、この程度の光景は平気なはずなのに


金次くんがこわい


「あ?死なねーよ。腐っても呪術師だろ、こいつら」


"こいつら"転がってる人に、様子をうかがっている人

最悪だ


これじゃあ大事になってしまう


転がってる中に見知った顔をみつけて


ああもう、ガッツリ保守派の中枢の人だって頭がガンガンする。


『金次くんやめて』

「俺は間違ってねぇ」

吐き捨てるみたいに低い声でそう言う金次くんに、泣きそうになる。

間違ってるとか正しいとかじゃない


状況が悪すぎる




「チッ、くそが……」


ガッて雑に手を離して、金次くんが足を動かす。

『待って』

この場を離れようとする金次くんを咄嗟に追いかけて

『金次くんどうしたの?なにがあったの?』


「あ?なんでもいいだろ。説教すんな」


そんなつもりはないのに……"説教"の一言に言葉が詰まって、その一言に金次くんが私をどういう人間だと思ってるかが集約されている気がした。
私の事を置いていくみたいにスタスタ歩いていく金次くん。完全にブチ切れてる金次くんは怖いけど、ここで引いたら駄目だってなんとか小走りで食らいついて


『こんなの……退学になっちゃうかもしれないよッ』

「は?」


他の転がってたのは誰だった?って頭の端っこで考えながら
保守派をなだめるにはって思考を回して

金次くんのお咎めが最低限になるにはって必死に考えて


なんでこんなことにって頭がぐるぐるしてる


「べつにいいぜ、俺は」

足を止めた金次くんが私と向き合って
身長差に見下される形になって



「退学?べつに高専なんか辞めても俺は困んねーから、」


浴びせられた言葉に



思考が完全に停止して




なんで、そんなこと



目の前が真っ暗になった




何かを言いかけた金次くんが、私のその姿を見て息を呑むのがわかったけど

もう、何も考えられない


「チッ」


金次くんが舌打ちをしてザッザッて足音を立てながら去っていって


『手当、しないと』


ぼんやりした頭で、引き返す方向に足を向ける。
『大丈夫ですか?』流血沙汰だ。大丈夫ではない。もう思考が停止したままに声をかけて
だってこの人達を放っておいたら、本当に金次くんが最悪に悪くなってしまう。せめて高専の同期が尻拭いして、少しでも印象がマシになればなんて
金次くんを追いかけないといけなかったんじゃないのって思うのに

向き合う勇気がない



そうやってぼやぼやしてたら

ググッて襟元を後ろから引っ張られて

パンッ!!!



次の瞬間には身体が地面に転がってて、遅れてビリビリと左の頬が悲鳴を上げるみたいに痛みが襲う。







なに


「ナマエ。この騒ぎはなんだ」


『じい、さま』


見下される強い瞳に身体が固まる。
京都に来てることは知ってた。でも会うことはないと思っていた。だってお互い任務でいるだけだからって

ミョウジ家当主。私の祖父



「お前の同期らしいじゃないか」

グッて胸ぐらを掴まれて強制的に立ち上がらせられる。

「それにこの程度で転がるだなんて鍛錬不足なんじゃないのか。ナマエ」

次々と浴びせられる言葉に思考が追いつかない。


「やはり東京校など行かせるべきではなかったな。大人しく京都にいけばよかったものを……2年も無駄にしたな」


パンッ



2度目の左頬への衝撃は胸ぐらをつかまれたままで、身体が転がることはなかったけれどその分頭がぐわぐわ揺れている。
こんなに人前で本気でぶつなんて、金次くんにボコボコにされた人すら引いているのを肌で感じる。

「ミョウジさん、もうそのくらいで……お孫さんは悪くないんですし」

「すまない。うちの孫が、教育足りなかったようだ……同期の統率すらはかれないなどみっともない」

「いやいやそんな……」




「ナマエ、来なさい」

後ろに控えていた叔父さんに祖父があとを頼んで、私は呼ばれた通りによたよたと後ろをついていく。


「京都校に転入手続きをする」

『ぇ』

思わず足が止まる。そんな私の事は無視して祖父は先を歩くから、また足を進めて


『このような、事が二度とないようにします。だから転校は』


「ナマエ」


冷たい声に身体が固まって


「お前の意見は聞いていない」


グッと言葉に詰まって、小さい頃から刷り込まれた概念に身体が縛られたみたいに息が上手にできない。


でも


でも



『いやです』



だってそうなったら

金次くんにもう会えない気がして




「ふむ……五条悟か?」

『へ』


「なるほど……あの若造はずいぶんと誑し込むのが上手いと聞いていたが……子供だと思っていたお前も女だったわけか」


なにそれ


『五条先生は関係ないです』

「そうか……お前が誑し込んだ側なら褒めてやろうと思ったんだが。まんまと誑し込まれてダラシがないな」


『五条悟は関係ないッ!!』


言った後にはじめて大きな声を祖父に投げつけたなとヒヤリとして

「じゃあさきの主犯の小僧か……たしか名前はなんだったか。置いて行かれた上にそやつのせいで二発も叩かれたのに随分と健気だなぁナマエ。お前は随分とあの母親似で私も嬉しいよ」


『ちがい、ます』



違うくない。見透かされた居心地の悪さと、はじめて祖父に反抗的な態度を取っている恐怖に声が小さくなって
問題を起こした金次くんとお付き合いしているのがバレたら、本当に高専を辞めさせられるかもってヒヤリとする。


『私の意志です』


弱々しい声しか出せない。
そうだ、私の意志で
金次くんの隣にいたいんだ

なのにこんなふうにしか主張できないなんて、なんて情けないことか





「ナマエ……なぜお前の意見が必要ないのかわからないのか?」

気づけば目の前に立ちはだかれて、こわいって感情が大きくなる。

「愚かなお前に優しく教えてやろう。女だからか?子供だからか?……はたまたお前が弱いからか」


ジッと目を見られて、逸したいのにそらせない


「そのどれも全部だ」



身体が固まる


「我々は女であり、子供である弱いお前を囲い、守り、導く責務があるのだ」

視線がふとそらされて……くるりと背を向けてまた歩き出す。


「そうだな、意見したいなら、他を圧倒するほどの強さがあればいいだけだ。ナマエがそうなれるか期待しているぞ」


強さ


「ああ……お前自身でなくとも、婿が強いならそれでもかまわないぞ。よかったなぁ、お前は女で」




ぜんぜん、よくなんかない





残された言葉は私自身を、女を嘲罵する言葉に過ぎなかった。















「ナマエちゃんッ……どうしたの?頬。まさか秤くん?最低ッ!!」

高専にもどると桃ちゃんがぷんぷんしてて

『ちがうよ、秤くんじゃないよ。普通に祖父にやられた』

心配させないようにニコって笑ってみせるけど、ほっぺたが動くとびりびりと痛みがつよくなってうまく笑えない。

「え……大丈夫?」

『うんー……同期の問題行動を抑えられなかったからだそうです』

「え!じゃあやっぱり秤くんのせいじゃない!」


たしかに


そうかも


『秤くんは?戻ってきた?』


金次くんと話をしたいけど何から話せばいいだろうって考える。
自分の気持ちを伝えるつもりだったのに……"あとで"がこんな事になるなんて思ってもいなかった。
いろんな問題が絡まってごちゃごちゃしている。


「それが……東京に戻るって」

『え』


「星くんも一緒に、荷物持って行っちゃったの」


東京に?咄嗟に寮の壁にかかっている時計をみあげて時間を確認する。
終電って何時だっけ、京都駅まででて新幹線

『桃ちゃんわたしもッ』

はやくいかないと


「ミョウジ、少し確認したいことがあるから明日面談いいかしら」

『ぁ……』

歌姫先生が氷嚢を差し出してそう声をかけてきた。私はそれを受け取るしかなくて

『はい』

「今日はもうやすみなさい」

『……はぃ』



どんどん金次くんが遠くなる











『転校の話は、少しだけ保留にしてください。おねがいします』机に額がつくくらいに頭を下げて懇願した。「本人の意志を確認しただけだから」って歌姫先生はいってくれたけど
本当に先生に転入の話をしたんだってぼんやり思いながら新幹線で考える。

「術式のことで保守派と揉めたのが発端だったみたい」教えてもらったことをぐるぐる考えて
たしかに金次くんの術式まあまあ……その、うん。なんというか……そうかって思って
でもあの暴力沙汰はやり過ぎだ。金次くんはどんな処分が下されるんだろうって
考える事が絡まりすぎてて頭が重たい。

"強さ"

今度はあの言葉を思い出して



自分のことは
あるていどは自分で決めてきたつもりだったけど、全然そんな事はないとまざまざと思い知らされて

自分のことは自分で決めないとって心に誓って

だから、私は強くなって自分の人生を勝ち取らなくてはならない。


じゃあ具体的にどうすればってこれまたぐるぐる考えて
ひたすら悩んでいるうちに東京についてしまった。




高専に近づくたびにどんどん焦燥感にかられて、だんだんに歩みが早くなる。
もうかきたてられるみたいに走り出す。スーツケースを無理矢理引っ張ってガタガタと跳ねて鈍い音がしているのを無視して

ティロリティロリ
軽い音を出している発信中のスマホを耳に当てて高専の敷地内を走る。
全然繋がる気配がなくて胸が痛くて涙がでそうになる。
視界の端に大好きな後ろ姿をみつけて

『金次くんッ』

精一杯のおっきな声で呼び止めて、一瞬止まったと思ったのに
離れようとする後ろ姿に、グッて胸が痛いけど


『金次くん待って!』


止まってくれた金次くんにスーツケースをほっぽりだして駆け寄る。
大したことない距離なはずなのに、心臓がばくばくして呼吸がしづらくて苦しい。


「なんだよ」


こちらを振り向きもせずに吐き出された冷たい声に、金次くんは私と話したくないんだってわかって
でもちゃんと話さないと後悔するって気づいてないふりをして声をかける。


『学長と話した?』


「んー、無期限停学だってよ」

『そうなんだ。停学……はやく停学とけるようにしないとね』

退学じゃなくてよかったって、少しだけホッとして。でも無期限っていつまでが妥当って判断なんだろう。
3年に上がるまでは停学かな?あと3ヶ月くらい……それなら進級にも差し障りないし。保守派の人らはプライド高いから、とりあえず適当に謝罪でもしとけば多分大丈夫なはず。学生にボコボコにされたとか、触れ回りたくないだろうし。

「ま、俺は別に退学でもいいけどな。こんなとこ」

『こんなとこって……』

そんな風に、言わないで欲しい。
私が必死に大事に保とうとしているものを、何でもないみたいな

いらないものみたいな

そんな風に言わないで欲しい


だって、今高専から出たら

私と金次くんはもう一緒にいられないのに


金次くんにとっては、それでもいいってハッキリと言われたようで身体全部が痛い。



『きんじくん、あのね』


それでも、痛みを無視して

伝えたいことがあるから

曝け出す覚悟をしたつもりだったのに一瞬の恐れの合間に、一つ呼吸を挟んで言葉を紡ぐ為に唇をひらいた。

「ナマエ」

私の言葉を遮るように、強く名前を呼ばれて
思わず次に続くはずだった言葉が引っ込む。タイミングを消された言葉が体の中を回って消化不良でお腹の奥にずっしりと沈殿する。


「は?オマエその顔なに?」

『ぁ』

咄嗟に左頬を左手で隠す。髪の毛で撫で付けて、なるべく跡が目立たないように
手首のブレスレットが小さく音を立てた。

『これは……その、』

金次くんのせいじゃないけど
なんて説明すればいいか戸惑って


『だいじょうぶ、だから』


「は?」



あまりにも重たく、つめたい空気
こんな金次くんははじめてで

「あっそ」




この状況はきっと私への罰なのだ




他人の望みを推測して、それを表現していればいいのだろうと
自分の思考を、意志を辞めて怠慢を決め込んできた罰なのだ。
つまらなくてもかまわないからと自ら中身のない人形でいつづけた愚かな私が、いまさら意志を主張するなんてもう遅い。そう言われているのだ

本当に私は愚か者だ

なんの不満もないはずだった


でもこれじゃダメで

だってこのままじゃ、あなたと一緒にいられないから

だからちゃんと伝えないとって

金次くんが好きで、好きで好きでたまらないから
強くなって自分の人生を勝ち取るから
だからずっと一緒にいてほしいって

金次くんは、私の事をどう思っていて
私とどうなりたいか教えてほしいって

言わないとって


思うのに



自らの重い意志を吐き出したことのない私は


一瞬躊躇してしまったのだ


この期に及んで逃げ腰で、怖がって


金次くんは私の言葉を待ってくれるだろうだなんて

また彼に甘えて



そして大事なものを自分の手で壊してしまったことに

まだ気づいてない本物の愚か者だった。




「つーか、べつに反省も謝罪もする気はねぇから」

『きんじく』

「賭事は熱で、生き方で、俺自身なんだよ
それをそのへんのやつらに勝手にぐだぐだ言われて黙ってらんねぇぜ」

金次くんの言葉が続いて、私は別に金次くんを責めるつもりも諭すつもりもなくて

ただ一緒にって

金次くんが好きだって


「お前はテキトウにヘラヘラして、周りにあわせる?そんでもいいのかもしれねぇけど、俺は嫌だね」


私の方に身体を向けてまっすぐに私に言葉を、感情をぶつけてくれる金次くんに
待ってと、一言
口を挟むことすらできなくて
金次くんの剥き出しの怒りという名の熱を正面から受け止めるだけで精一杯で


気持ちが声にならなくて



「俺とお前は違うし、俺はお前のそういう所が」


金次くんの真っ直ぐな視線が痛いくらいに胸に刺さって悲鳴をあげている。





「嫌いだ」



トドメのひと突き

凍った心臓に杭を刺されて、粉々に砕けてしまった様な痛み




「そもそもオマエは家がどうとか、そう言うので高専きたんだろ?自分の意志がねぇ奴にはわかんねぇよ。そんなんじゃそのうち死ぬぞ」


ああ


わたしは今、金次くんに敵意を向けられているのだ




「ナマエ、お前呪術師向いてねーよ。はやく呪術師辞めろ」




それは私に対する明確な


拒絶と嫌悪だった















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