王様ランキング

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うっすらと浮上する意識に指を動かせば冷たいシーツの感触がした。
ボワっとする頭でゆっくりと身体を起こす。

見慣れた、だけれど自分の部屋ではないそこ

『アピスの部屋……』

夢じゃなかったのかと、小さい溜め息が出る。いつもは心地いい二人分の暖かさに包まれたこの広いベッドは、今は私一人分だけの体温じゃ少し肌寒いくらいで

椅子にかけてある靴下とガウンにアピスが脱がせて寝かせてくれたのかと理解する。

『アピスッ』

あのあとどうなったの


今何時かもわからない。外を見るともうだいぶ日が昇っている。慌てて靴下を履いて靴を履く。ガウンをすっぽり被って恐る恐るドアを開ける。
外には誰の気配もなくて、安心して1歩踏み出す。こんなところを誰かに見られたら大変だ。小走りで自室へと駆け込んだ。





『おはようございます。遅れてすみません』

「おはようございまーす。大丈夫です遅れてませんよぉ。でも名前さんがギリギリって珍しいですね」

『うん、昨日寝付きが悪くて……ちょっと二度寝してしまって』

「ありますよね、そういう日」

明るい後輩に少し気持ちが軽くなる。アピスは?ダイダ様は無事?

『ダイダ王は』

「あっ!ダイダ王は今日朝食をまだ召し上がってないみたいなんですよ」

『えっ』

「玉座の間にはいらっしゃるみたいなので、お部屋に用意していいか確認したほうがいいですかね?」

一瞬ひやりとしたが、とりあえず無事なのかと……じゃあアピスは?


『あ……アピス様は?』

「へ?」

『アピス様とか、ソリー様は一緒にいらっしゃるの?』

「たぶんいると思いますけど。あっ!ねぇねぇ……」

「アピス様がたしか一緒にいらっしゃったかと」

『そう……』

アピスも無事なのかと。ホッと息をつく。私の勘違いだったのかと。じゃあ昨日のアピスはいったい……。
するりと、昨日アピスに触れられた首元を指先でなぞる。あれは、どうして。

『ダイダ王には私が確認します』



パタパタと早歩きでダイダ様のいるであろう玉座に向かう。そこにアピスもいるだろう。きっとアピスは私を部屋に寝かせてから自分は戻ってないはずだ。ちゃんと休めただろうか、ご飯は食べただろうか
任務で何かあったのだろうか。もっと長引くと思っていたのに彼は帰ってきた。怪我とかしてないだろうか



彼が私を置いて出ていくなどありえない


だから大丈夫


私はアピスを愛していて

アピスも私を愛しているから。


急ぎ足を緩めて、ゆっくりと視線を上げれば彼の大きな背中が見える。
ああ、なんて愛おしいんだろう。生きて戻ってきてくれてよかった。そうよ、彼が生きてるならそれで十分なのだから。私は大丈夫だ。チクリと小さな破片が刺さったように痛む胸を見なかったことにしてグッと手のひらを握りしめた。


「お前は……」

呟く声に目線をダイダ様に移す。ダイダ様がちらりと私に視線をよこしている。

『おはようございます。ダイダ王。朝食がまだお済みでないとの事ですが、お部屋に準備してよろしいでしょうか』

ダイダ様と話しているのに、アピスが一瞬チラリとこちらに視線を寄こしたのがわかってなんだか胸が落ち着かない。

「んー……そうだな。そうしてくれ」

『かしこまりました。すぐに準備致します』

肘掛けに頬杖をついたままダイダ様が返事をされて、その声のトーンにもしや機嫌が悪いのかもと推測する。アピスの任務とやらでなにかあったのかも。なんて勝手にあたまがぐるぐるする。

「アピス、お前もまだだろう。少し休め」

「はい」

ダイダ様がゆっくり玉座から腰を上げると、対の椅子に置かれていた鏡をとって、ツカツカと歩き出す。

鏡を部屋の外に持ち出すなんて、昨晩だけじゃなかったのかと少し驚きながらその様子をみる。
アピスにも何か朝食を部屋に持っていこうと声をかけるために顔を上げる。夜通しダイダ様とお話してたのだろうか。ご飯を食べて、仮眠も取るのかな。その時に少し話せないかな?でも疲れてるよね……

『ァ……』

スッと私を見ることもなく彼が私の前を横切って。身体が固まる。仕事中なのだから、いままで私だって事務的な態度だったじゃない。と言い聞かせるのに
ダイダ様はもう歩きだしてここを出ようとしていて、使用人も兵士もいないのに
目すら合わなかった。たったそれだけの事なのに、昨日ダメージを負った私の胸には馬鹿みたいにズシリと重くて


そんなことない。と

大丈夫だと言い聞かせて

早歩きで私はダイダ様の後をついていった。








「えっ!どうしてですか?」

「ダイダ王がお決めになったことです」

『……』


昼過ぎの使用人控室がざわりとしている。

『なにか、粗相がありましたか?』

「あー、いえ。そういうわけでは、側近もいるから専属メイドは必要ないと……何かあればその都度言うから専属でなくても構わないと」

『そう、ですか』


グッと手のひらを握る。痛いくらいに爪が食い込んでいる。
本当にダイダ様がそんなことを仰ったのだろうか。まわりが皆ざわついている。


「どうしたんでしょうねダイダ様」

「てことは私達はどうすれば?」

『……とりあえずは声がかかるまでいつも通り仕事をしましょう。ベッドメイクや必要最低限の身の回りの世話はしないといけませんから』

「はーい」

専属メイドはいらないと言われたものの、身の回りの世話はいる。きっと側仕えがいらないということだろう。王になったのだから聞かれたくない話とかあるだろうし
たとえメイドでも信用できないという事なのだろう。

「お前」と言われたなと。そういえば今日は一度もダイダ様に名前と名を呼ばれていない。お前っ!と言うことはあってもわりと私の事は名前で読んでいたのに。と少し胸がざわりとして
ダイダ様………なにかあったんだろうか。大丈夫だろうか。

私はメイドとして仕事を全うするだけだ。
ダイダ王の側仕えなのだから、アピスと仕事中に接することも多くなるかなと思って恥ずかしがらないようにと心配していたけれど、その必要もない。

もしかしてアピスが私を遠ざけようとしているのかな。なんて

そんな、そんなことないでしょ。そんな事のためにわざわざダイダ様に彼が意見するはずないし。ダイダ様がそれを受け入れるはずもない。じゃあどうして外されたのだろうと。考えても仕方がないことばかり頭の中をぐるぐるとまわっている。







結局あの日からアピスとは一度も目を合わせられないまま数日が経っている。
いつもはアピスから「夕食を頼む」と声をかけられて。そう言われた時だけ彼の部屋で一緒に過ごす。

だから、彼から何も言われなければ
私は彼の部屋に行くことはない。
任務から帰ったばかりで忙しいのかもしれない。と無理矢理自分を納得させて、あなたから声がかかるのをずっと待っているのに
その気配は微塵もない。

だったら自分から。と勇気を出さなければいけないのに明らかに彼が私を避けているのがわかって、そんな中声をかけられるほど私の心はまだ回復していなかった。

やっぱりあの時置いて行かれたんじゃない?と胸が痛くて

でも全部憶測だから

アピスから直接聞いたわけじゃないと言い聞かせて



『アピス様ッ』

「……」


少しでも話さないとと、もう憶測でボロボロに傷んだ胸は痛みにこれ以上耐えられそうになくて、なのに彼はなかなか一人にはならない。いつ寝てるのかと思うほどダイダ様の側にいて"王の槍"とはこれほどまでなの?と
彼の大きな腕で大事そうに抱えられた鏡もいつもダイダ様と一緒にいる。


アピスに触れたい


あの暖かくて、おっきな手で包まれたい


それすら、無理な気がするほどに


彼が遠い。



ダイダ様が食事にするからと部屋に戻るタイミングでアピスに声をかけた。
必死に話しかけたものの久しぶりに合った彼の瞳は息を呑むほど綺麗なのに

あの柔らかさと優しさが見えなくて
キュッと固く結ばれて下がった口元を見て身体がこわばる。


「名前」

『ぁ……』


アピスの大きな手がするりと私の頬を撫でた。少し冷たい指先の感覚が久しぶりで、嬉しくて堪らなく好きだと思って
低い落ち着いた声で名を呼ばれて。それだけなのに胸が一杯になる。


「今夜、私の部屋に来てくれないか」

『ぇ……』

「多分戻れるのは遅くなるから、先に寝ていてくれ」

『ぁ……うん。わかった』

「必ず」


頬を撫でていた指が離れる。行かないでと心が悲鳴を上げているけど、夜また会えるのだと自分に言い聞かせる。
先に寝ていてと言われるのははじめてで、今までそんな事はなかった。やっぱり毎日それだけ忙しいのだと
アピスも私と会いたかったけど、忙しかったんだよね。きっと。だからこうして寝る時だけでも一緒に居たいと思ってくれたんだ。
私が微笑めばアピスの目尻が少し下がる。それを見て胸がぽっと温かくなった。







「聞きました?ドーマス様!あらわれたらしいですよっ!」

『ドーマス様?』


何の話だろうと後輩のその言葉に思考を巡らせる。じゃあボッジ様も帰ってこられたのか。ん?あらわれたってなんだ?

「ボッジ様も生きて修行中みたいです。本当によかったですよね……」

『………』

ん?どういうことかと混乱しているけども、さも当たり前のように話す彼女に聞いていいものか迷う。でもよかったって。なんだろうか

『ボッジ様とドーマス様になにかあったの?』

「へっ!名前さん知らないんですか?」

そういえば今日めちゃくちゃ忙しそうでしたもんね。と彼女が呟いて。「ボッジ様がドーマス様に、その……」何となく察した私を彼女も察してくれて、その後の話を彼女は自分が知ってる範囲で話てくれた。

「でもドーマス様がボッジ様を手にかける理由がないですよね」

『………』

本当にそうだ。わざわざ。ドーマス様が……。こんなことを私達みたいなメイドが推測しても仕方がない。二人で言葉を区切ってこの話題はもうそこで終わった。

この事でアピスも忙しかったんだろうか。べビン様も見かけないから、あちこち飛び回っていらっしゃるのかもしれない。ドーマス様が自分の意志でやったとは到底思えないけれど、これ以上考えるなと頭がガンガンと警報を鳴らすように痛い。
そんな状況になっている時に、私は自分の事ばかり考えていて
アピスと一緒に過ごせないだとか、目が合わないとか。置いて行かれたのかもとか。
本当に恥ずかしい。もしかしたらアピスにその気持ちが伝わってしまったのかも。こんなに自分勝手で重い女だとバレてしまったかも。と彼の重みになってしまっただろうか。私に幻滅しただろうかと。また自分のことばかりだなと……つくづく嫌になる。


こんな自分が嫌になるのに、会えることが嬉しくなってしまう。そんなに長い間会えないわけじゃなかったのにいつからこんなにアピスに依存しているのだろうと恐くなる。
でもそれでも嬉しくてたまらない。彼も会いたいと思ってくれたのかなと嬉しくて。
無駄に髪を綺麗に梳いたし、体も隅々まで洗った。アピスがいい香りだといった香油をほんの少しだけつけて彼のベッドに潜り込む。まだ少しヒンヤリとしたそこをアピスが来るまでには温めておこうと。ごろんと布団にくるまる。
わざわざ会いたいって言ってくれたから、もしかしたら本当に弱っているのかも。だからこんなに浮かれちゃだめだ。落ち着いて迎えなきゃ。


月明かりだけが照らす部屋。
机の上に置かれたロウソクはとっくに燃え尽きて消えてしまった。
遅くなると言っていたけど、本当に遅い。今どれくらいの時がたったんだろうとベッドの中で不安に襲われる。アピスになにかあったんじゃないだろうか。でも必ず来てくれと言われたから、アピスも来てくれるよね。それまでここで待っていたほうがいいだろう。様子を見に行って外に出るときに彼が帰ってきたら心配するだろうし。
だからここで待とう。起きていたら気にしちゃうかもしれないから。そう思ってギュッと目を瞑る。
寝ろ、いいから寝ろ。そうやって自分に言い聞かせた。


暖かくて気持ちがいい。

大好きな香りだとソレに顔を寄せる。トクトクと聞こえるゆっくりな鼓動に

ああ好きだ。とたまらない


緩く瞼を開けると、愛おしい人の姿があって。夢じゃないんだと。彼の前髪に手を伸ばして優しく撫でる。

「名前」

彼の低い声が心地良い

『アピス』

彼がいる事に安心しきった脳みそを睡魔がゆるゆると襲う。

『すき』


閉じかけた視界の端に、彼の目が見開かれたのが見える。ふふ、アピスがびっくりしてると嬉しくなる。
「好き」だと言わないあなたに、「好き」だと私ばかり言うのが少しだけ寂しくてあなたが「好き」と言うまでもう言ってあげない。と変な意地をはっていたのに、そんなの本当に小さな事だった。無駄な意地だったなと、彼を見て思う。

アピスが好きだ


彼がいれば、私はそれでいい


でも「愛してる」はまだ言えない


そんな軽い気持ちで

彼を愛してるつもりはないから

もっと特別な時にと。


少しだけ身体を持ち上げて、アピスの唇をパクリと食べるようにキスをした。彼の身体がピクリと震えて、グッと引き寄せられてそのまま深くなるキスを受け入れる。

本当に、二人で溶けて混ざり合えばいいのにと
抱きしめられて重なった身体がくっついて一つになればいいのにと


アピスの体温を感じながら、馬鹿みたいにそう思った。












(余談と補足)


頸動脈を抑えると、ああなってこうなって、脳内に快感物質が分泌されるそうです。
さらに強く圧迫すると数秒で失神するのだとか。いわゆるシメるというやつですね。名前に腹パンは無理なので、優しく甘く首絞めて落としたアピスくんでした。

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