女の園の星

12


本当に馬鹿なんじゃないの?
もう勝手にすれば?

脳内でもう一人の私が冷たく言い放った。

だって、無理だよ。
もうちょっと一緒にいたいって思っちゃって、そんな時にあんな言われたら
うちくる?しか言えないよ。

大丈夫。今日で終わりにするし
エッチしなかったらいいんだもん。うん。そうだよ。

でも、引き寄せられてキスでもされたら断れないでしょ?

う、そ、そうかも。

私はいつからこんなペラッペラの意志しか持てなくなったんだろう。
じゃあ最後にあと一回エッチしちゃう?なんてまた新しい私が顔を覗かせた。どうせ今日でもう会わなくなるなら、最後にエッチしちゃえー!慶二と気持ちいいエッチしたいー!!名前の身体に慶二を刻みつけてもらお?

やめて、ほんとに

ググッと自分で自分の腕を痛いくらいに握りしめる。

こんなこと考えちゃダメなのに

痛い。可愛くない短く切り揃えられた爪が腕に食い込んでいる。
はぁ、やめよう。ゆっくり手の力を緩める。腕にうっすら爪の跡が残ってて最悪だ。と溜め息が溢れる。

目の前の戸棚からあの日以来のカップを取り出す。うん。一杯だけ、これ飲んでもらったら『時間大丈夫?』って聞こう。そしたらきっと慶二も帰ってくれるはずだ。
ゆっくり足を動かしてマシンにカップをセットする。ボタンを押すとコーヒー豆が砕かれる音とが部屋に響いて
私の邪な気持ちも一緒に砕いてくれればいいのに。なんてそんな簡単に行かない。


ソファーの前に座っている慶二とローテーブルを挟んで90度になるように座る。隣なんて無理。
帰ってきて二人並んで手を洗ったし、シュークリームはお皿を準備する必要もない。やることがない。はやくコーヒー出来ないかな。とそわそわする。テレビでもつけようかな。あ、リモコン慶二の横にある。取ってって言う?んー

「コーヒーいいにおい」

『ん、うん。いいにおいだね』

タイミングはずした……えっと

『お昼おいしかったね!』

「ああ、店の雰囲気もよかったし。また行こう。今度は夜にでも」

『そうだね。また行きたい』

今度って、今度なんか来ちゃだめなのに。一緒にまた行ってくれるんだって思うだけで嬉しくなる。はい都合のいい女の出来上がり。
慶二にとってはきっと今が一番都合がいいんだろう。誘えば一緒にご飯にいけて、その気になればエッチもさせてくれて
付き合えば後が面倒だから、きっとうやむやにしてるんだ。
私を女として恋愛感情で好いているかはわからないけど、少なくともなんらかの好意は抱いているはずだ。

でもそこに甘んじてズルズルとこのまま会い続けられるほど私には余裕があるわけじゃない。
時間もないし、慶二にちゃんと私だけを好きだと言われないと耐えられない。そのくせに私の事をどう思ってるかを問いただす事はできない臆病者だ。

一方的に好きとだけ伝えて、消え去りたい。

あなたが好きだからこれ以上はもう会えません。と伝えたほうが私にとってはいいんだよね、きっと。
じゃないと、また連絡が来たら返してしまう。会いたくなっちゃう。
好きだから、もう会わないか、結婚するかどっちかにして?って言ったら
二度と連絡も来ないはずだ。だってそんなのヤバイやつでしょ。重すぎる。もうそうしちゃおうか

ギュッと胸が痛くて苦しい。

じゃあせめてやっぱり最後に一回だけ抱いてもらおうよ。ああもう、また出てきた。

思考を振り払うように立ち上がっていつの間にか出来上がっていたコーヒーを手に取る。

『じゃあ食べようか』

せめてシュークリームは美味しくいただきたい。






シュークリームの甘い美味しさに蕩けて幸せにひたれたのは一瞬だった。
もっとゆっくり食べなさい。ちゃんと噛んで!
昔から言われてたから、死ぬほどゆっくり食べたつもりだったのにもうシュークリームは無くなっている。
コーヒーはあと半分残ってる。慶二のコーヒーもまだ残ってる。

やっぱり今日好きっていうのは辞めとこう

別に、今じゃなくても


「名前」

『ん?』

カップをのぞき込んでコーヒーを見つめていた目線をゆっくり慶二の方に持っていく

「あー…」

ん?どうしたんだろう。こっちを見ずにテーブルに肘をついて口元を隠しているから慶二の表情がわからない。

なんだろう、この空気

そわそわと落ち着かない


ゆっくりと口元を覆っていた手が外されて

視線が絡まる


「名前が好きだ」



慶二の唇が動いて優しい声色で放たれたその言葉を私の脳は処理しきれない。



うそだ


そんなはずはない





「だから、その」


心臓が口から出そうなくらい
息ができてるかもわからないくらいに、喉が詰まって苦しい

嬉しいのにその言葉が信じられなくて



でも、だって

私結婚したいって言ったよね?

喜びを体全部で表現して『私も好き』だと言えるほどもう純粋じゃない。


もういいじゃんいいじゃん!好きって言ってくれてるんだよ!と脳内で両手を上げて走り回ってるのに
一方でどういうつもりで慶二は私に好きって言ってるの?と思考がとっ散らかっている。
それとも、慶二と一緒にいられるなら結婚のことはしばらく見ないふりする?それで本当にいいの?

『ぁ』

声が出ない


「付き合おう。結婚……はその、ちゃんと前向きに考えるから少しだけ時間が欲しい」

え?ちょっとまって
慶二!あなた結婚願望なかったでしょ?ちゃんと自分の意思を強く持って!!

『慶二、結婚願望ないって……』

第一声がソレって自分でも可愛くないってちゃんとわかってる。

「それは、なかったけど」

露骨に視線を外されて慶二の目が泳いでる。こんな顔初めてみた。え、レアじゃない?
いつも同じ年なのに私より大人の余裕かましてるくせに
わかりやすく余裕のない様子を見れてなんだかこっちが冷静になる。

え、結婚してもいいなーって思ってくれたってこと?

そ、そんなことある?そんな虫のいい話

でもそういうこと、だよね?
え、やっぱり冷静になんかいられない。
じわじわと顔が熱くなる。
う、自惚れじゃないよね?

別に私だって慶二を尋問したい訳じゃない

まずちゃんと自分の気持ちも伝えないと

話はそれからだよね?

『ぁ』

こ、声が出ない
慶二がこっちを見てる。


『わたし、慶二が好き、だよ』

声と一緒に全部の内臓が口から出てしまいそうなくらい

顔が熱くて涙がこぼれそう。

慶二の顔が見てられなくて視線を下げる。
もう、なんなら震える両手にバクバクと暴れる心臓が乗ってる幻覚が見える。
あれ?私本当に心臓口から出たのかな。

『でも、慶二が結婚願望ないって言ってたから…』

慶二を責めたいわけじゃないのに緊張と不安でつい口走る。

「その、それについては正直俺も戸惑ってます」


慶二が両手で顔を隠して話す。

『戸惑ってるの?』

「うん」

『それは……』

なんで、なにに?

やっぱり結婚するのは嫌とか?

「俺絶対自分に結婚は無理って思ってて」

『うん』

やっぱり嫌なのかな。

「なのに名前となら結婚もいいかもって思った」

な、なんで!?
そんなに私を好きになる要素無くない!?
嬉しすぎて頭がぐわぐわと揺れる。これまでずっと自惚れるなと自分を傷つけることしかしなかった脳みそが瞬時にまた防御を固める。

え、なんで?だって別にそこまで美人でも可愛くもないし
若くもない
ご飯だって彩り豊かなの作れないし。
あ!お、お金?もしかしてお金?
私趣味ないから貯金が趣味みたいになってる事バレてた?
え?お金?
ぐるぐると頭が爆発しそう

『な、なんで』

「なんでって」

『だって、わたしそんなに』

何もないのに……

いますぐ結婚したい!と思っている男の人相手なら、若くはないけど、ちゃんと仕事もしてるし、やろうと思えば料理も家事もそれなりに出来るから、身の丈にあった人を見つけることは出来るんじゃないかな。とは思っていた。
でも結婚願望がない男の人の心を動かせるほどの何かを持っていると思えない

「そのくらい名前のこと好きになったんだけど」

『え……ほんと?』

「ほんと」

『ほんとに?』

ズイッと慶二がこちらに身体を寄せてブニッと両手でほっぺたを潰される
少し冷たい慶二の手のひら

「……そんなに俺信じられない?」

『う』

慶二の眉が寄る。その顔を見て否定ばかりしているな。と焦る。そうだよね、こんなに言ってくれてるんだし
素直に受け取っていいんだよね?

『しゅき』

手の力が緩んで慶二の垂れ目が下がって細くなる。

ああもう

『好き』

「ん、俺も」


ゆっくり柔らかい唇にキスして
ふわふわと甘くて気持ちいい

『んっ』

柔らかさを堪能するように繰り返して

「名前」

『慶二』

名前を呼んだだけなのに
そんなに嬉しそうにしないで

好きがとまらない





「てか、なんで名前で呼ばなかったの」

『え』

まだ根に持ってるの?

「俺むちゃくちゃショックだったんだけど」

『だって』

「ん?だってなに?」

『恥ずかしいし』

それに

『名前、呼んだらもっと好きになっちゃいそうで』


「え、なにそれ」

顔が熱い。こんな、今時高校生でもこんなこと言わないよね。恥ずかしい

「じゃあ、いっぱい名前呼んでよ。ほら」

『え?』

うわ、慶二ニヤニヤしてる。こんなの呼べるわけない。

「呼んで、俺の名前」

恥ずかしくて顔を逸らしたのに、声色で楽しそうなのが伝わってくる。ひどい。

「ね、名前」

絶対わかってる。わざと耳元で優しく名前を呼ばれて頭がくらくらする。
自分だってさっきまで目泳がせて余裕なかったくせに、やっぱり私ばかり余裕がない。

『けい、じ』

「もう一回呼んで」

下唇を親指でなぞられてゾクゾクする

『ん、慶二』

頭が沸騰しそう

顎を上げられて唇が重なる。
もう頭の中とろとろ

「もっと好きになった?」

『うん。すき』


頬をなでる慶二のおおきくてごつごつした手に自分の手のひらを重ねる。

もう我慢しなくてもいいんだ

『慶二』

「ん?名前」

『好き』

引き寄せて、愛おしい彼の泣きぼくろにキスをした





(end)

→オマケ


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