01







千夏は心の内にて、強く叫ぶ。
せっかく訪れた誕生日だったが、申し訳ないことを言わせてもらう。

私は、死んだと!残念なことに、悲惨にも死んでしまった!と。

鮮明に、はっきりと覚えている。
雨の中で少年を突き飛ばしたあとに見えた、大きなトラック。そしてすぐに訪れた口では言い表せないほどの衝撃、痛み、そして暗転。
なのにどうだ。

痛みがどんどんと引いているのではないのか?と、彼女は心の内で叫ぶ。

斎藤千夏は、恐る恐る閉じていた目を開けた。
そこには、まるで予想していなかった光景があった。
先ほどまでいた十字路などではなく、人口の光だけが足元を照らす暗さの脆そうな街並みであった。

「ここどこ?」

己自身を見れば目をつぶる前と同じいでたちであった。
今日のワンピース、サンダル…そういえば、濡れていない。あんなにもひどい雨だったのに。
あたりを見回しても、見覚えのあるものなどな…あった。

「ええ…」

いわゆる死後に違う世界へ飛ばされるたぐいのものではなかろうか…とはかすかに考えていた。それが確定と考えて、その特典がこの、

「チャリ…?」

千夏が愛用していた自転車。事故に遭っても大丈夫そうなフレームが頑丈なものにしたのを覚えている。これが特典。
鍵までしっかり刺してあるではないか。驚きを通り越して呆れさえする。神は何を考えている。ジーザス。

「カバン…これも?」

自転車の籠にはこれまたかわいいし実用性も高いからと愛用していた斜めがけのバッグ。中には、

「ええ…?これェ…?」

千夏愛用のフルートが入っていた。セフィロスにも何回か聞かせたことのあったそれが、手入れの道具とともにつめ込まれていた。
これでどうしろというのか?まさか路上ライブで有名人になるなりして一攫千金目指して生きろと?本当に神は何を考えている?と無神教ながら千夏は祈りを捧げた。

あと少しで頭痛でもするんじゃないかと頭を抱えそうになる千夏は、落ち着くためにも現状の整理を始めた。

持ち物は携帯、財布、フルート、自転車。
これが今現在、千夏の全財産であった。

「あ、ありえない」

これからどうやって生きろと…いや、そもそも生きていると言ってもいいのだろうか。もしかしたらただのボーナスステージ的なもので、痛いものなど無いのでは…?と、そこまで考えたものの、いや、ボーナスステージにもなるところがこんな陰鬱な雰囲気とか、イヤじゃない?という結論にいたり、なぜだかは分からないが、千夏は違う世界に来たのだと確信づけた。

お母さん、お父さん。千夏は違う世界で頑張っていきます。応援してください。

よもや悲嘆にくれているとはいざしらず。
千夏はどこから乾き出る楽観的思考に任せ、自転車を転がし始めた。



→→→→



ぶつくさと文句を言いながら、なんだかふわふわした気分で、行き着いた末は、古びた教会であった。
教会か、道を聞けば快く迷子の子羊に声をかけてくれるのではないだろうか。人が居ればの話だが。

キィィ…。

軋んだ扉の音に身震いしながらも、歩みを止めずに中へ入る。扉を閉めておくのは忘れずに。もう一度、扉の軋んだ音を聞いた後、千夏は小さく決意をして声を出した。

「誰か…いますかー…」

声を出しても自分の声しか反響してこないことに、千夏は少し恐れを覚えた。
だが、

「どなた…?」

遅れながらも、返事をするものはいた。そして密かにガッツポーズをした。言葉は、繋がる!これで働き口には困らないぞ!と。
千夏よりも小さな少女であった。
薄い色の可愛らしいワンピース。
ふわふわとした茶髪を赤いリボンで高いところに結っている。
手にはじょうろが握られていた。

「私迷子なの。道を教えて欲しくて…人がいるかなと思って、突然ごめんなさい」

ふぅ〜ん?
と言いながら、少女は千夏の周りをぐるりと回ったりして、千夏を観察する。なんだかオーバーリアクションな気もするけど…。
もう一度目の前に来て、小さな少女は口を開いた。

「わたしエアリス。貴方は何ていうの?」
「私?私は千夏。斉藤…や、千夏・斉藤。」
「千夏!千夏っていうのね。ねぇ、千夏はどこから来たの?」
「私?私は日本の埼玉から。…エアリス、ここは、何てトコロかな」

エアリスと名乗る少女の、次に出てきた言葉に、千夏は言葉を失った。
エアリスは、変な人〜とでも言いたげな顔で、

「ここは、ミッドガルだよ」

そう言った。



→→→→



「俺はミッドガルに住んでいるんだ。」

かつて、まだ幼かった彼から聞いた言葉であった。

ミッドガル。

そう、そこは彼の住む場所!
彼。彼。そう、セフィロス。
一ヶ月前の7月31日にあった花火大会で姿を消したきり、まだ一度も会えていない、彼。
そういえば、机の中に彼へ向けた手紙を入れていた気がする。
母や父に見つかってしまったろうか、あのにわか恋文は。そう考えていると、だんだん顔が暑くなって来ていた。
彼…彼はもう50代一歩手前だろうか。
一ヶ月経ったのだから、17+31…48。30歳差となる。

セフィロスもすっかりおじさん…おじさまかぁ…綺麗に老けたかな…?結婚とかしたかな…。

好きだと言われても、恋人になっていたとしても。
流石にたった十日間会っただけの女はもう既に忘れているだろうと、こんなことを考えて約数秒。
黙りこんでしまった私の顔を覗き込んで、不安げな顔を擦るエアリスにハッとして、すぐに謝った。
エアリスは気にしてないよ、と微笑む。
おお、なんたることだ。美少女は心まで美少女なのか。

「ね、千夏。私、千夏がどこから来たのかわかるよ。ずっとずっと遠いところの、とおいほし。」

でしょ?とエアリスが言ったことに、千夏はドキッとした。
パソコンでミッドガルという地名調べても出てこなかった。セフィロス自身、信じがたいことではあるが、別の星、別の世界なのではないかと図書館で推測していたのだから。
エアリスは、そのことをわかっていてそれを言ったのだろうか?

「私ね、星の声が聞こえる種族なんだって。セトラっていうみたい。でね、星が、千夏のこと、お客様だ、って。言ってたの。遠い遠い星からの、おきゃくさま。」

これには、千夏も驚くしかなかった。
まさかそんなことが出来る子がいるとは。ファンタジーさまさまだ。
そして、千夏は少し安心した。歓迎されているらしいことで、なんだか変に緊張していた筋肉がほぐれていく。

「よかった。私、ここにいてもいいみたいね!」

千夏の言葉に、エアリスもクスリと微笑んだ。



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