GHOST FLAME | ナノ

風呂では散々な目に遭った。
まずトンベリがいるせいなのもある。
方や学園一の不良と(はた迷惑な)レッテルを貼られているカガリに、方や学園でもかつて最強の名を語られていた氷剣の死神、の相棒であり、強敵ともされているモンスターなのだから。
まず更衣室に入った時点で人が道を開ける。
大浴場に入れば目が合ったやつからそそくさと退場する。(後から入って来たやつも、小さな悲鳴をあげたらすぐに出ていった。)
おかげでほぼ貸し切りで大浴場を使うことができた。…なんて呑気なことを言ってる日までもない。あの迷惑千万幽霊をどうにかしなければいけない。
いつもより急ぎ目に入浴を済ませたら、髪の毛を乾かすのも中途半端に自室へと戻った。

「じゃ、あ…明日も、このくらいの時間に風呂に行くから…。」
「…。」
「今後ともヨロシク…?」

カンテラを軽く掲げるのは彼なりの挨拶なのか、相変わらず鳴くこともなく消灯された寮の廊下を一匹で歩いて帰っていった。
明日も来るのか、この時間に。明日も帰るのか、この時間に…。
出会す奴は不運だったと諦めてくれ…。
トンベリを夜の闇へと見送って、カガリは改めてシアに向き直…れなかった。

振り向いた至近距離、目と鼻の先にシアの顔があった。
その空気の異様さに後ずさる。できない。扉が後ろにあった。内開きだ。
いつもは薄ぼんやりとした輪郭で、背後が透けて見えるような、幽霊然とした形をしていて、ただ見えるだけの無害そうな色をしていたのに。
なぜ今は黒く瘴気を放っているかのような烟った色なのか。
ゆっくりとその手をあげて、カガリに触れようとする。触れられない。当たり前だ。幽霊なのだから。
触れられないのならどうなるのか、カガリの身体を通り抜けるのだ。いつもなら、そんな感覚はないのにまるで泥の中に手を突っ込むような、ずぶりとした感覚で、シアの手がカガリの身体に『喰い込んだ』。

「やめっ…!」

言い切る前に強烈な吐き気とめまいがカガリを襲う。
背を扉に預けるまま、ズルズルと床にへたり込み、ついには倒れた。
シアであろう黒い影が、倒れ込んだカガリに覆いかぶさり、口づけをするように近付いて…。











「ってところまではいいじゃん?」
「良くないわ!良くない良くない!全く良くないわカガリ!」
「いつになってもうるせえなあこの幽霊。」

よくわからない空間に放り出されたカガリはシアに散々文句を言い散らした後、どっかりと地面とも床ともとれない場所へ座り込んだ。
問題がある。ある、と言うよりは産まれたと言ったほうが正しい。
シアだ。
シアの悪霊化が始まっている。

シアは基本、カガリの身体を媒介としてこの世界にとどまっている(という説で考えているだけだ)のだが、どうもタイムリミットが存在したらしい。
なんのリスクもなく幽霊はこの世界にとどまれない。
未練があり、この世に残ることができても、死んだ人間の魂は輪廻に惹かれその意識をどんどんと失っていく…そうならない為に地縛霊になったり人に憑いたりするのが常らしい。
そしてリスクを伴う。
意識が完全になくなってしまえばシアは悪霊になる。
悪霊になれば、シアは完全に魔物と同じになる。アンデッド系は数は少ないものの、倒し方は周知されている…。
魔物になればシアは討伐対象となり、カガリの側には置けなくなるだろう。
それだけはなんとかしなくてはいけないが、倒し方はわかっていても、魔物にしない方法なんて誰も知らないだろう。
カガリは頭を抱えた。
やっぱり厄介ごとしか持ってこない。いや、そもそもその存在自体が厄介ごとなのだが。

考え込んだところでどうしようもない気もする。
まず前例がないのだ。
そもそも幽霊という存在自体がおかしいのだから。

座り込んで考えるのも諦めて、カガリはそのまま寝転んだ。
シアは未だメソメソとしているのかと様子を見れば、意外にも落ち着いた様子で座り込んでいた。
でも顔ばかりはそうではないようだ。
いまにも泣きそうになりながら、カガリの顔を覗き込む。

「…なに泣いてんだよ」
「泣いてない!幽霊は涙出ないの!」

揶揄えば拗ねる少女は幽霊とは思えないほど表情豊かだ。カガリの方がまだ無感動だろう。
まるでどちらが年上なのかわからないくらい。

「…シア」
「なあにカガリくん」

呼べば応える。先ほどまで拗ねていたくせに、呼ばれれば嬉しそうに返事をする。
綻ぶ様は、故人であろうがなかろうが関係なかった。

そしてカガリは納得した。
何がとは言わないが理解した。
道はないが、方向だけはわかった気がしたのだ。
道標は目の前に在るのだから。

「悪霊になんてなるな。ちゃんとついてこい。勝手にいなくなろうとすんな。感情を抑える努力くらいしろ。それから…」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って。多い。多いわカガリくん」
「ちゃんと聴け。」
「…ウン」

重ねた手には温もりこそないが、確かな感触があった。
いつの間に自分は居住まいを正したのだろうかと柄にもなく考えたが、それ以上気にかかることもなく説き続けた。

「迷惑になるとか、悪影響だとか、申し訳ないなんて考えるな。そんなことはお前にもらった命に比べれば些細なことだ。俺は確かに口が悪いからシアに文句の10や100言ったりはする。でもそれはお前を失くしたくはないからだ」

この変な空間ではまるでシアにも肉体があるかのように感じられた。本人の言うとおり幽霊は涙を流せないのかもしれないが、涙が流せないだけだ。存在は確かにここにあるのなら。

「お前のことは、俺が必ず助ける…というか、どうにかする。生き返るとか、新しい身体が必要とか、周りの人の記憶だとか……とにかく、なんとかする。だから…」

それ以上言葉が出てこなくて、カガリは開いた口をまごつかせてしまう。誤魔化すような真似をしないのが彼らしいと言えるだろう。

「……我慢するな、ってこと?」
「それだ!そう言いたかったんだよ。もうこれ以上評価なんて落ちようがねえんだから、好きにやろうぜ。二重人格って呼ばれても仕方ない。そういう戦い方にしてくしかねえだろ」

手を握ったまま、二人で並んで座り込む。
いつもは触れられないというのに、ここでは何故か触れられる。
シアは自分よりも高い位置にあるカガリの肩に頭を預けた。

「これからもね、暴走とかしちゃうと思うの」
「おう」
「すっごい迷惑かけるし、周りからも色々言われると思う」
「そうだな」
「それでも、それでもいいの?」

本当はまっすぐ目を見て話をしたほうがいいとはわかっているが、こんなにも安心するような言葉ばかりかけてくれるカガリが、今は逆に怖かった。

「俺はシアの為にここに来た。候補生になったのは俺じゃない。カガリとシアの二人で候補生になったんだ。誰がなんと言おうと、俺たちは二人で一人なんだ」

世界が白けていく。
釣られるようにカガリの意識も薄れていく。

あそこは精神世界のようなものだったのだろうか。
シアは気がついたら彼の部屋にふわふわと、いつもどおり浮いていた。
意識のないカガリは床で寝転けている。苦しそうな息遣いなどもなく、本当にただ寝ているようだ。
床で寝ては体を痛めるだろうと憑依してベッドに移動させると、カガリは枕を抱えて本格的に眠り込んでしまう。

いつもなら、夜の間は学園中をフラフラと散歩しに行くところだが、今日ばかりはその気にならなかった。
健やかに眠るカガリの寝息を聞きながら、空を見ていた。
朝日が差して、部屋の中を照らしても。

どこか遠くに行きたいなどとは、思わなかった。












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途中から書き方変わってます><
その内修正して統一します……

確かな思いはひとつだけ



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