▼ 仕事中毒者の日常 Act.5
「お前がキムラスカまで死ににいくと聞いた。キムラスカごときの力でお前を殺せるはずがない…。本当のことを話せ、私の推測からすると和平だろう?私もついていきたいな!」
最近噂になっている噂としてはこうだ。
最近ピオニー陛下が懐刀に刺されることを恐れてキムラスカと結託しジェイド・カーティスの殺害を企てているらしい…。
とか、キムラスカが本格的なマルクト進行を謀っていて手始めに死霊使いと名高いジェイド・カーティスを潰すために和平を持ちだしてキムラスカまで誘い込んで一人のところを殺そうとしているらしい…とか。
色々な噂を所々で聞くものだから、その噂の信憑性のある、そしてピオニー陛下のお考えに乗っ取りつなぎあわせてみた結果がこれだった。
「さすが敵味方両方から恐れられるカーティス大佐は格が違うな!わたしもキムラスカ行きたい」
「ハハハ、あなたも寝言を言うことがあるなんていや〜意外中の意外でした。病人はいうことが飛び抜けてますねぇ〜却下です」
「…認めたな?」
現在のシキがいる場所はマルクト軍医務室ベッド。その中で林檎をすりおろして食べている。またもありえない勤務時間を叩きだして医療棟までジェイド・カーティスに引きずられてきてしまったー!…といったところ。セルフブラックである。
でも彼女の発送・研究・成果のおかげで日々技術の進歩が見られているのは事実なので誰もストップをかけることがない。(いや実際のところ、ストップをかけたら彼女に蜂の巣にされるという噂を聞いて誰も実行しないだけなのかもしれない。)
「私がキムラスカに行くなんて任務はありませんよ。全くの事実無根です」
「嘘をつくな嘘を」
「ですから、そんな任務はありませんよ。聡いあなたならわかるでしょう、もしあったとしても言えませんし、連れていくこともありません。全くどこからそんなことを…」
そう聞いた時のシキの顔と言ったらとても自慢気な顔で…。
まさかと気づいた頃には神出鬼没のアレがいるものだ。
「ピオニー陛下が言ってたからな!」
「俺が言ったからな!」
シキの寝ているベッドの横。ジェイドの座っている場所の反対側にひょっこりと顔を出したのはこの国で一番権力のある人物。
ピオニー・ウパラ・マルクト3世。認めたくないと本人は言うが、ジェイドの幼なじみ。その人物が何故かベッドの下から顔を出した。
「この前研究室にいらっしゃたのでコーヒーをお出ししたらぽろっとこぼしてくださってな。そういうわけで情報源は陛下だ」
「コーヒーがつい美味しかったから!言っちゃった!悪かったよジェイド〜〜〜だからそんな顔すんなってそんな言いふらすやつじゃないんだからいいじゃねーか。ねー?シキちゃーん?」
「まあ誰に言う奴もいませんからね。この身は天涯孤独です。」
「あっ地雷?」
「お詫びにその任務の同行許可をくださいませんか?へーいか」
語尾をあげてこびた声を使うのはずるいが、流石にこの重要任務でおいそれと許可を出すほど阿呆ではないだろうとジェイドは踏んでいたが、何を思ったかピオニーは、
「うーん、いいよ!」
「きゃあ嬉しい。ピオニー陛下ダイスキー」
「はっはっはぁ!もっと言って!」
簡単に許可を出してしまった!
その辺りで、陛下が見つかったこと、病人(?)の周りで騒いだことが重なって看護師から退去命令が下された。仮にも国軍大佐と一国の王が。
退去させられてそのまま逃亡を謀ろうとしたピオニーを捕まえて執務室に連行しているときに、その真意は語られた。
「緊急の時でも動けるような医療の人間が必要だろう。成功するとも限らない、そのまま敵地で追い込まれて倒されるかもしれない、そして…同行者にそこまで強くはない方がいるだろう。どう追手が来るやもわからない初の試みだ。戦力としても申し分ないだろう?知ってるぞ?アレはフィールドワークと称してその辺の魔物や野盗には負けたりはしないやつだとな…。それに、和平がもし成功したとして、その後のことについても、シキは関知している。だから…諦めろジェイド!」
もうどう言っても、取り下げは効かないだろう。
恐らく自分の目の届かないところで、もしくは、考えたくはないが自分の隙を盗んで申請は通されているのだろう。
軽く首を振ったところで、どうにもならない。
「仕方ありませんね…。何かあったら陛下の責任でいいですよね」
「えっ」
「あっ陛下ァ!そちらにおいででしたかぁー!」
悲痛な叫びと涙で駆け寄るアスランに陛下を売り渡して、ジェイドもまた自分の仕事のために自分に割り当てられた部屋へと戻っていく。
早く戻らなければ。そして早くこのにやけた顔を直さなければいけない。
不謹慎ではあるが、シキと長旅に出られるということに変わりはない。まさかこの自分がそんなことに一喜一憂し顔をほころばせるなんて。
そんなことを考えて歩くジェイドは、実際のところ、一般兵たちにとっていつもどおりの薄ら笑いをしているようにしか見えなかった。
ああ、今日もまた死霊使いに魂を捕まえられた死人が増えたんだ!
ひい、恐ろしい!俺も死んだら捕まえられるのだろうか。
しぃっ、馬鹿、聞こえるぞ!恨みを買うと予言のない体にされちまうんだと!
そうして一般兵内に広まる噂が出来上がって、軍内に、国内へ広まっていく。いろいろな人を伝って、また彼女の元へ…。
「ねぇ聞いた?死霊使いがまた草木の生えない土地を増やしたそうよ…。」
「こわぁ〜い…あの人よく医療棟にくるのよね…。」
「もしかして目的は遺体安置室!?」
「こわぁ〜い!」
「ほんとね〜!」
「目が合わないようにした方がいいかしら!?」
「こらっ話し込まないっ仕事につきなさい!」
「あっ婦長!」
ぱたぱたと逃げていく足音。
姦しいうわさ話はそうして繋がっていた。
寝ていると見せかけて隠していた資料を呼んで暇を潰す彼女はその噂を耳にして顔を上げる。その顔は雄弁で、誰が見ても
「なにやってんだあいつ」
といった顔をしていた。
目を通していた紙から顔を上げて、近づく足音に見つからないようにそれを隠す。閉ざされていたカーテンが開いて、橙色の夕日が覗く。
「ハイランダーさん、起きたのね」
「婦長。おはよう…こんばんわかな?よく寝たよ」
大嘘である。昼から寝て、15時には目をさましていた。そこから2,3時間は暇つぶしに読んだり考えたり。まさに今起きましたな演技をするのはもう慣れたことだった。
「ごめんなさいねうるさくして。あの子たちったらまだ新人気分で…。もう起きるのかしら、まだ寝ててもいいのよ。あなたの場合はね」
「流石にもう眠くもないや。夕食の時間だしね」
「今日は食べるの?前回はそう言って食べなかったそうね?ここで食べていってくれたほうが安心なんですけどね」
「痛いところを付くなぁ」
白衣を羽織って、マイ枕を回収。婦長に挨拶をして医療棟を後にする。婦長は結局ため息をついていた。
医療棟から研究棟にある私室に戻るまでに道のりは慣れたもので、道中同じ職場の者に声をかけられながら道に迷うこともなく期間を果たした。
「〜〜〜っ!やった、やった、やったぁ!」
部屋に入った途端、シキは歓喜の声を上げる。小さいガッツポーズを、何回も作って汚い部屋の中を器用に跳ねる。
「よぉし、早速準備しないとっ」
大きめのかばんを取り出して、自分の愛用している長銃の手入れ道具だったり、筆記用具やらレポートやらを詰め込んでいく姿はさながら遠足前の子供のようだった。
「そういえば日程を聞いてないな…まあいい、あいつとはなんかエンカウント率高いからまた合うだろう。他には何が必要だ?アレもはいってる、コレもはいってる…」
一時間後には荷物が完成しており、なんとあの足の踏み場もない汚部屋の掃除すら終わって、机には珍しく書類が5センチも積まれていなかったという。
キムラスカは長らく調べることが出来なかったため、彼女はそのことが楽しみでならなかった。これは安全な任務ではないと頭ではわかりきっているが堪えられないものが体のうちから吹き出すように彼女を突き動かした。
「何か忘れてる…うん…まいっか!」
高揚したその頭が忘れていたものは、旅の着替えの入れ忘れ、及びその日の夕食であったことを指摘してくれるものなど、今はシキの近くにいなかった。
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