仕事中毒症候群 | ナノ


▼ 仕事中毒者の日常 Act.4


「…シキッ!?」

シキが全力疾走する後ろから、珍しくもジェイドの驚く声がした。
それもそのはず。
彼女が話の途中で走って逃げ出すなんてことは、今回初めてだった。
だってその前に捕まえられていたから。

「待ちなさい、シキ!」

静止の声を無視して、走る。
だが、タイムカードもびっくりな労働時間を叩き出しているシキの体力は限界をとうに越えており、現役軍人になんてすぐに追いつかれてしまう。
そう、誰が見てもヘロヘロな走りだった。

「捕まえましたよ…」

結果、悪魔に捉えられてしまうのだ。
わかりきっていたことなのに…。
腕をぐいっと引っ張られる。
シキに、その手を振りほどくほどの力はなく、引かれる方に、身体は動いた。
そして、彼の腕はシキの細い腰に巻かれた。

「やはり…。また、痩せましたね…?」
「離せ、今ならまだ許してやるよこのセクハラ変態鬼畜メガネ」
「嫌ですねぇ、これでも貴方を心配しているのですよ」

心配しているやつがこんな方法でウエスト測ったりするものか。
腰にある腕を外そうとするも、びくともしない。
そこまで握力がないわけでもないが、流石に長い間引きこもりすぎたからか、抵抗は効かなかった。

「さて?いくつか質問に答えてもらいましょうかねぇ、シキ?」
「黙秘権を」
「認めません」

質問はいつの間にか拷問へとランクアップしていたのだ。
シキは腹をくくった。

「では、一つ目に…いつから部屋に篭りきりでしたか?」
「たしか、六日前からだったかな…」
「二つ目、固形物を最後に口にしたのは、いつでしたか?」
「…?さぁ…二、三日位前じゃないか?」
「三つ目…最後に睡眠をとったのはいつ、でしたか?」
「…たしか、今二徹目だったか…な…」

シキは、この姿勢そろそろ疲れたな、なんて考えるばかりで現実逃避している。誰がみても恥ずかしい体勢なのに。
どれもこれも頭に栄養が回っておらず(あと、睡眠不足というのもあるだろう)、思考停止しているせいだ。

「これで最後にしておきましょう…これから、何をなさるおつもりでしたか?」

普通の人が聞いたら、この美丈夫に今後の予定を聞かれているのかと思い、照れたりしながら空いている、と答えるものだが、シキは違う。

「ふむ、興味があるか!?今後の予定としては、今日はまずまだ研究途中であった野生動物と音素の関係性で、まだ結果をだしきれていない第6音素と第7音素に関する実験をする予定でだな…!」
「問答無用です、シキ。研究棟ではなく、医療棟の方へと向かっていただきましょうか?」

ジェイドのいきなりの宣言に、シキは苦虫を噛み潰したような顔をした。
研究をしたい、でも、ジェイドに捕まってしまい、救護室送りにされそう。
逃げ道は、完全になくなってる。
だが、彼女は足掻き続けた。無意味だと、わかっていようとも。

「こ、断る!本当にやばいと思ったら、私もちゃんと休んでいる!」

少しでも、逃げる可能性を探した。だが、そんなシキの足掻き、もとい我儘は、ジェイドにひねり潰されてしまう。
ジェイドはシキの拘束を外し、彼女に向き直った。

「では、適度な食事、休息も取らず、疲労の溜まりやすい仕事を続け、挙句まだ貴方は趣味の研究、又の名を仕事をしようというお考えですね?」

ジェイドの言葉の通りだった。
早口で捲くし掛けられ、シキは反論のはの字もない。

「気づいていらっしゃらないようですが貴方は先程から歩く時に少しふらついていたのですよ。恐らく脳が高揚して気力だけで行動していたのでしょう。…おまけに、貴方はそこまで強く鍛えられているわけでもありません。もう、身体の方にはガタがきているはずですよ。…それでも、続けるおつもりですか?」

ぐぅの音も出ない。
尽くが正論で、何も言うことが出てこなかった。
自分が、自分を顧みなさ過ぎていることは、シキも気づいている。だからこそ、何も言えない。
でも、休みたいとは思えなかった。

「だがな…!」

何か、何か言い返そうと思って口を開いたら、ジェイドが。

ハァ…。

と、頭にくるような、大きなため息をついた。
大袈裟に、眉間に手を当て、頭を軽く振りながら。
そのせいか、シキは発言を中断してしまう。
止めてしまったせいで、シキは最後の反論の機会を失ってしまったとも気づかずに。

「素直に聞いて下さらず、残念です…。では、無理にでも引きずって連れて行って差し上げましょう」

ため息をついていた悲しそうな顔は何処へやら。
彼の顔は、とても爽やかな笑顔に包まれていた。

「はっ?」

思わず、シキは変な声を漏らしてしまった。
今、彼女の頭の中にはGAMEOVERの文字だけが浮かんでいる。
そして、シキがそんな油断している間に、ジェイドは彼女を肩に担いだ。

「んなっ!?な、何をするジェイド・カーティス、降ろせ!」

ジタバタと動き、ときたま彼の背中を叩く。
だが、彼女の力は弱いので、ジェイドは動じたりはしなかった。

「まったく…。うるさいですねぇ…。それとも、担がれるよりかは抱かれる方が好みなのですか?よろしければ、横抱きにしますが」

あれ疲れるんですけどねとジェイドはぼやくが、そんな言葉は今、シキには届かない。

横抱き。
俗に言う、お姫様抱っこ。
その言葉を聞いた瞬間から、シキは借りてきた猫のようにおとなしくなり、救護室のベットに放り込まれ、やっときたんですね!と看護師に喜ばれ、おじやを食べ、休息を取る羽目になってしまったのであった。

身体を休めているシキは、仕方がないので頭を動かすことにした。
記憶が持つ限り、研究についての考察をし、看護師に叱られるまで、起きていたと言う。

つまり、彼女はさほど反省はしていなかったのであった。

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