仕事中毒症候群 | ナノ


▼ 仕事中毒者の密通 Act.6

一行にとっては一度目であっても、彼女にとっては二度目の訪問であるこの廃工場は、何故か警備兵がいなくなっており、大人数でも苦労することなく侵入することができた。
ただ気をつけるべきは、二度目の訪問であることを気取られることが無いようにでしゃばるべきではないことだ。ただでさえ、最近は単独行動が目立ってきているからか、特定の人物からの視線が痛いことがある。少し控えなければ。

ルークたちはは囮作戦を使って街を出ることにした。
ヴァン謡将はその囮役を買って別行動となってしまったようだ。動向がつかめなくなってしまうことは辛いものがあるが、あまり無理に引き止めると怪しまれてしまう。ここは引き際だろう。
謡将と別れて陸路を辿ろうとして、バチカルの出口に差し掛かったとき、正面からアニスが駆け寄って、ティアを押しのけてルークに抱きついてきた。
ガイはひとりでに避けていた。

「逢いたかったです〜!」

ティアに挑発をかけておくのを忘れないあたり、ちゃっかりしている。
だが彼女の本職のことを考えてみると、いささか人数が足りないようだ。

「アニース?イオン様についていなくていいんですか?」
「大佐!それが…」

朝起きたらベッドがもぬけの殻で。
やはり導師守護役を一人だけに、というのは無理があると思うぞ。神託の盾も一枚岩ではないようだし、安全なところは無いようだ。中立でありながら一番危険って、笑えないぞ!
サーカス団の連中は、そんなことはお構いなしではあるのだが。
とりあえず、正面からは六神将の目があり脱出は不可能と判断し、ガイの提案から、このバチカル旧市街にある工場跡へとたどり着いたのである。





「見つけましたわ!」
「なんだぁ、お前。そんなカッコで、どうしてこんなトコに!」

シキの見間違いでなければ、謁見の最後に国王と少し揉めていたお姫様ではないだろうか。
廃工場へと訪れた理由をガイが説明し終えたとき、物陰から現れたキムラスカの次期王妃は華やかなドレスではなくモンスターとも対峙できるような軽装に身を包んでいた。
曰く、この旅についてくるつもりでいるようで。

「慰問と実際の戦闘は違うしぃ、お姫様は足手まといになるから残られたほうがいいと思いま〜す!」
「失礼ながら、同感です」
「ナタリア様、城へお戻りになったほうが…」

パーティの殆どが戻るよう促しても王妃は聞く耳を持たず、あげくルークとの内緒話をしたと思ったら、

「ナタリアに来てもらうことにした」

と、同行を許可してしまった。
さすがのシキもため息をつく。
ああ、子守する世間知らずがまた一人増えたのだと、確信した。



「ナタリア…は、私とだいたい同じような戦闘スタイルだな。大体の作戦を教えるよ、次の戦闘では私の後ろで見ていてくれ。慣れたらそのまま、戦闘に入ってかまわないから」
「シキ…でしたわね、よろしくお願いしますわ。わたくし、早くこの旅に慣れなくてはと思いますもの」
「よーしそーかぁじゃー実戦だ実戦」

正直言って、やりづらい。
ナタリアは学ぶ姿勢、吸収力はある。理解できなかったところも理解できている。
だが、この成果に現れにくいところはなんだろう。

後衛もしくは中衛だと言われたのに、前衛に出てくるところとか、おにぎりがどうやったら焦げてこんなになるんだと問い詰めたら、

「チーズを入れたら美味しくなるかと思って、おにぎりに詰めたあと温めましたのよ」

なんて笑顔で言われてしまった。
加減があるだろうよ!温めるにもさあ!焚き火に投げ入れて良いのは芋と秋刀魚くらいだぞ!
ていうかチーズなぞ荷物にあったのだろうか。いやなかったはずだが。しかしそれもこれも今の調理で炭となり下がったわけだが…。
最初に戦闘スタイルが同じ、なんて言ったが最後、世話を任されてしまい、あまつさえあのジェイドですら、シキの視線に「こっちに関わらせないでくださいね」という笑顔すら向けずに視線をそらしてスルーした挙句、ルークに先を急ぐように言ってシキを見捨てたのだった。

「あいつぜったいぶっころしてやるぅぅ」
「まあ、シキ!なにしていますの、置いて行きますわよ!」
「ナタリア、もう少しゆっくり歩けよ!」

ルークには、それよりもまず私を引きずって歩くナタリアに私の首が少し締まっていることについて注意してほしかったな。
親善大使すら置いてけぼりにしそうなナタリアはまだまだ元気なようで、ありあまる体力を見せつけるかのように他を急かした。

「ナタリア、あまり急いでくれるな」
「あなたまで!導師イオンが拐われたのですよ、それに私たちは苦しんでいる人々のために少しでも急がなければなりません。違いまして?」

猪突猛進なナタリアを止められるような忠言はいまだ出ず、彼女の思いだけが先走る。
この状況にようやく腰を上げた最年長が、やっと彼女に届くような言葉を出した。

「ナタリア、この6人で旅をする以上、あなた一人に皆が合わせるのは不自然です。少なくともこの場ではあなたは王族という身を棄てている訳ですからね」

その言葉に気付かされたようで、ナタリアはその急ぐ足を緩めた。
申し訳無さそうな顔で謝罪を述べる姿に、各々空気が和らいだ。

「…それと、人の襟首を持って引きずるのもやめなさい、いいですね」
「…まあ!」

それを、もっと、早くに言おう。
シキの気道は保たれた。だがパーティ内の空気は保たれなかったようだ。
女性陣の溝は、シキを除いて深まるばかりであった。
ぷりぷりした女性たちを引き連れて歩くというのはとても居心地が悪そうで、ルークやガイは始終ひきつった顔で工場内を進んでいた。
いつもどおり、一人だけ涼しそうな顔をした人は、もちろんいた。
腹は立った。



「なんか、臭うな」

工場も最奥まで来たかというところで、鼻につく、異様な臭いに一行は足を止めた。今までも何かしらの臭いが漂ってはいたが、それを差し引いても不自然な臭いだった。
油臭いと顔をしかめたり、工場の廃棄物の臭いかと推測を立てるもどこか違う。
一人、何も感じていないのかナタリアが開けた場所へと進み出る。

「待って!音が聞こえる。何か、いる…?」
「まあ、何も聞こえませんわよ」
「…シキ、どうですか」
「ううん、節足動物かな?」
「っ危ない!」

シキの予想は的中した。
上から、ナタリアめがけて落ちてきたのはオイルをかぶり紫色にまで変色した大きな蜘蛛だった。
肝心のナタリアは、駆け出したティアに突き飛ばされ、間一髪そのオイリィな蜘蛛の下敷きにはならなかった。
ティアも押しつぶされることなく、すぐに体制を立て直し、そのほぼモンスターと言っても過言ではない蜘蛛に対峙した。

「っ奴め、譜術を使うぞ!気をつけろ!」
「叩き続けりゃいいんだろ!」
「いやあ!なんかちっちゃい虫でてきたー!」
「回復するわ!」

皆それぞれ自らの役割を務めてその巨大な蜘蛛へと攻め込んでいる。
ナタリアは、先程の不注意を気にしているのか、少し弓を持つ手が震えていた。

「平気かな?ナタリアは」
「え…ええ!まだまだ!」
「反省するのもいいけど、今は戦いに集中してくれ!」

相手は中々強力な譜術が使えるようだった。

「いけませんね。敵が詠唱を始めたらすぐに攻撃しなさい!譜術が来たらひとたまりもありませんよ!」
「了解っ。」
「わかりましたわ!」

こういうときに、遠隔で攻撃する手段、しかも詠唱もなしにできるものは重宝する。つまり、シキとナタリアだ。
とりわけシキの攻撃は素早く、そして高い威力で敵を穿てる。
つまり戦闘の要は二人の攻撃タイミングでもあるのだ。

「詠唱を始めたら撃つ!その繰り返しさ!なに敵の体力を削ろうなんて考えなくていい。それは…」
「俺達がやるんだろ!」
「まかせろ!」

剣士である二人は後方支援にその巨大蜘蛛を近づけさせないように壁となる。
攻撃を受けたら、ティアとシキが回復する。
アニスの重い一撃で吹き飛ばされて、そこをジェイドが譜術で追撃する。
逃げようと移動するその巨躯を、シキの放った遠隔地雷が足止めする。
その見事なコンビネーションに、それは断末魔をあげるまでの時間をかせぐことはできなかった。
大きな音を立てて、それは音素に還っていく。
武器を収め、一息ついたところで、ルークが疑問を口にする。

「何だったんだ、この魔物はよ…。」

各々思い思いの考えを口にするも、ナタリアは違ったようで、ポツリとティアに礼を述べた。
今までの無礼さを、謝罪する意志も込めて。
ホッとしたような顔をして、ティアはナタリアに歩み寄った。

「いいのよ。」
「よくねえよ。足引っ張んなよ。」
「まあまあ、慣れてなかったってことで…!」

緩衝材役を押し付けてきたあのおじさんを私は許すことはないだろう。
空気が良くなったり悪くなったりを何度も繰り返し、一行は工場跡を抜けていった。
その間ずっとパーティ内の関係を取り持っていたシキは、出口手前ですでにぐったりとしていた。

「お疲れ様です。いやあ、元気そうですね。おいていきますよ。」
「言ってることが支離滅裂なんだよあんたは!」

軽く蹴りを入れれば避けられる。
自分よりもよっぽど元気ではないかと腹ただしくなる。

「少し気を張ったほうがよろしいかと。」
「ああ、そうね…。そうかもね…。」

外は、雨が降っていた。
鏡をおいたかのように、ルークに立ちふさがったあの男。
アッシュとの邂逅だった。






←prev / next→

[ ←back ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -