▼ 仕事中毒者の邂逅 Act.1
シルフリデーカン生まれのあなた!今日は大切な人が目を離したらどこかへ言っちゃうかも、気をつけて!ラッキーアイテムは緑色のもの!
休憩時間になった部下が同じ休憩時間の者を集めて暇をこいていた。その中の一人が占いを皆にやって見せていた。(占い…予言とは違いタロットや茶葉を使って行うその日の吉兆を判断、予想するもの、必ずしも当たるわけでもなく、信憑性も低い。)特に予言も占いも信じている人間ではないジェイドだが、「大切な人」というワードで彼女の顔が頭に浮かんだ。
丁度エンゲーブに到着したところで忙しい期間も過ぎたことだし、彼女の顔がみたくなったことだし…ということで訪れた彼女に与えた部屋(タルタロス内で一番狭く端っこの部屋だ…。)は、もぬけの殻だった。
「これは…」
すぐさま出入り口警備についている部下に確認を取ったところ、なんと一時間前にでかけたらしく、しばらくタルタロスがここに駐屯することも伝えてしまったらしい。
確実にフィールドワークに出てしまった!
探しに行きたいところもやまやまだが、この後は導師イオンの用事に付き合わなければならない。今夜中に帰ってこないことだって有りえるのに。
「大佐〜?あっ、いたいたぁ〜。イオン様が探してましたよう!ってなにこの部屋汚〜い!誰の部屋ですかぁ?」
「ええ…一人研究員がいたんですがね…」
今は気にしていられる時間はない。残念なことに。
取り敢えず今は自分の仕事を片付けなくては。ジェイドはアニスを引き連れて、その汚部屋を離れた。
「(緑色…。)」
そういえば、あの導師様は全体的に緑色だったななどと思いだした。
一方、先程の汚部屋の持ち主はというと…。
「おお…やっぱり自らの目で見るというのは違うな!!たまらな〜い」
エンゲーブ近く、チーグルの森にて野宿の準備をしていた。
「夜間の行動も気になるな、この機会だやってみるしかあるまい!」
誰が何を思っているかなどいざ知らず、意気揚々と簡易テントを張ってキャンプ地を作り上げる。その手はなかなか手馴れていて、これまでに何度も使っていることが見て取れる。
水も既に用意されて、寝袋に簡易魔除けもされていた。
「明日の昼頃には戻ろうっと。カーティスがうるさいし…」
今から帰ったとしてもそのカーティス氏がうるさいなどとは考えないのだろう、彼女は自作の拠点を中心にその日のフィールドワークを進めていった。
その日の寝袋にくるまってみた夢はとても良いものだったとか、そうじゃないとか…。
次の日の朝も、とても早いうちからシキの仕事は始まった。チーグルの森を隅々まで…とはいかず、ある問題に突き当たっていた。
「おお〜…よしよし、いい子だいい子だ。ん〜?お前はどこからどうしてここに来たんだ言ってごらん〜?」
その問題は、ライガ。この森には住処を広げてはいなかったはずのライガがここにいる。ここが住処ですと言わんばかりの生息ぶりだ。本来のライガの巣は資料によればここよりも北のより大きな森だった。なぜ彼らが南下してきている?ライガ自身には何ら問題がない…わけではなかった。何匹か、大小様々なやけどを負っている個体を発見できたシキの推測は、
「森全体の、大火事…?」
彼らは火を噴けるが森を焼いてしまうほど愚かではない。ならば他意…そしてそんなことをするやつらは…
「また…ヒトかな?ごめんなぁ…」
ライガの首周りをわしわしと乱雑気味に撫で、その身体に顔をうずめる。すうぅ、とその匂いを嗅いで、覚悟を決めた。
「よし!怪我を見せてごらん、いい子だから!うんうん、そうそう、…癒しの力よ、今ここに、ファーストエイド。ほら、なおった…おお!よしよし、そうか嬉しいか!」
怪我が治ったことがわかったライガはすりすりとその頬をシキに寄せた。理解されたことがシキも嬉しくて、つい抱きしめ返してしまう。
シキが危険な人間ではないと分かった他のライガもだんだんとシキの方へ近寄ってくる。そのことに気づいたシキは、いま眼の前にいるライガの顔を掴んで、目を合わせる。
「お前、他の怪我している子はどこだい?治すか手当をするかしたいんだ。お前たちのボスに伝えてくれよ、お願いだ」
ライガは少し黙った後、シキの顔をひと舐めして森の奥へと走り去る。その姿を見送って、シキは周りを見渡した。警戒を解きつつあるライガが数匹。その中にも怪我をして見えるのはいくらかいる。
「本職じゃないけど…今でも夢は医者だし、人間も動物もどっちも専攻したんだ。だから…ってわからないか。とにかく、治療の腕は悪くないから、診させておくれ」
少しづつ、ライガとの距離は小さくなっていった。
「……かぁ?ライガの巣は」
「すすみましょう、ミュウ、この先はお願いね」
「よろしくお願いします」
「みゅうぅ〜…はいですの〜」
あの後シキはライガクイーンの了承を得たライガに連れられ彼らの巣を訪れていた。ライガの手当をしたことがライガクイーンの交換を得たらしく、卵の状態も見せてもらっていた。
良好だと伝えて喜んでいたクイーンが、突然上体を上げた。
シキもクイーンの睨みつける方向を振り向いた時、人の声を聞いてはっとする。
「人間か…ここまでくるとは…ガッツのあるやつだな…」
もしかしたら、森を焼いたやつかな?いや、森が焼かれたのはもっと前、戻ってきたりなんてしない。悔やみきれずに死にたい奴以外は…いや、そんな奴なら道中のライガに抵抗しないで死ぬだろう。
「あれが女王ね…それに、人?」
「人?なんでいんだよ人なんて!」
「ともかく…ミュウ。ライガクイーンと話をしてください」
「はいですの」
喋る…魔物!?いや、資料で見たことがある。あれは…チーグルだ!
それがなぜ言葉を。いや、それよりも。
シキは導師がここにいることに驚いた。そしてその後ろをつけている存在にも。
ああ〜ジェイドだぁ〜〜〜!
やばいなどうしようと焦る間にも、チーグルとライガクイーンの交渉は続けられた。
どうやって人間の言葉を介しているのだろうか、あの仔チーグル。とても気になる。
「…と言ってるですの。ボクがライガさんたちのおうちを間違って火事にしちゃったから、女王様、すごく怒ってるですの…」
「燃やした!?そこのチーグルがか!?」
「えっ?ええ…あなたは…?」
「わたしはシキ。そんなことは後でいいんだ、そこのチーグルが?へえ、人間じゃなかったのか。で、君たちは?何をしにここへ?」
「ライガに、チーグルの森から立ち去ってもらえるよう…」
「なぜ?森を燃やされては彼らはどこへ行く?ここへ住むのが妥当ではないのか?」
そうシキが質問すると、導師は言葉をつまらせた。何も考えなかったことが見て取れて、シキは憤った。
「そもそも住処を燃やされて、これはおそらくだが、ライガクイーンは殺さずに慈悲を出したのだろう、餌を用意するように言った。ならばそれに従うのがチーグルの義務というものではないのか?そして食料が足りなくなる…まあ草食の魔物に肉食の魔物の食料を用意するのは難しいだろう。森の恵みも有限だ。足りなくなった食料をエンゲーブの畑から盗ってきたのだろう、ここまでは?」
「…ええ、そうです。だから、チーグルを助けようと、僕は…!」
導師が身を乗り出して言葉を続けようとすると、今度はライガクイーンが唸った。そこに怯んで、導師はその乗り出した分、足を引いてしまう。
「チーグルを守ろうとしたのはその身分からだろう。だが、そこで考えついた方法はあまりいいものではないな、今は産卵期でもあるし立ち退きは無理だろう、子供が十分育った頃に出直すべきだ。方法も、別の策を練ってから来るべきだね」
ライガクイーンの横腹を撫でて落ち着かせているが、どうにも興奮していて収まることはない。隠れている人物に対しての警戒だろうか。頭の良さに感心していると亜麻色の髪をした女性が(神託の盾騎士団の制服だ)叫んだ。
「あなたは、卵を守ろうと言うの!?」
「はぁっ!?魔物の味方すんのかよ!?」
赤毛の青年も乗じてシキを理解できないと叫んだ。確かに、今のままではそう取れてしまうとシキは自分の言ったことを思い出して苦悩する。
弁明しなければならない。
「違うっ!」
ドン!と拳を叩きつけたのは近くの木。
シキの目はめらめらと燃えさかる。
「私が味方するのは生態系だ!全く、なぜ多くの人間は魔物も生態系に大きく関わっていることを理解しないっ!」
「は、はぁ?なにいってんだこいつ」
「説明しよう…と言いたいところだが今回は簡単に言うとつまりライガクイーンに何かあったら困るってことだよ!生態系が!」
「で、ですがこのままでは本来の食物連鎖の形とは…!」
「そんなもん北の森が燃えた時点でパーだ!」
「っこのままじゃ、ライガの卵が孵ってその仔たちが街へ大挙するかもしれないのよ!?」
「そんなことがあるか!絶対数は減ってるんだ、必要な量は少ないし、街へ行けば殺される仔のほうが多いから北の森のより向こうを目指したほうが確実に食いっぱぐれないことはライガクイーン自身がわかってるさ!」
「だからって…!」
このままでは埒があかない。そんなことはシキにも分かった。それ以上に時間がないことも。
「(これ以上もたもたしていると、隠れているこわ〜い奴が仕掛けてくるか…)」
状況を整理している間に、導師一行がチーグルを使って交渉をしていた。帰る場所を壊したやつが、ここから出て行けというのだ。それはもう、女王の逆鱗に触れるに不足はなかった。
仮住まいにしている洞窟すらびりびりと震える、猛々しい咆哮。
「う、わっ!」
上からその衝撃で落ちてきた大きな瓦礫は、シキをも襲った。
「落ち着けクイーン!怒りはわかるが、鎮めてくれ!」
「ボクたちを殺して孵化した仔供の餌にすると言ってるですの…!」
「!?」
咄嗟にライガクイーンの襟首のたてがみを掴んで制止する。それを振り払おうと、ライガクイーンはその身をぶるぶると振りまわす。
「だ、駄目だクイーン!こんなところで戦えば卵が割れてしまうし、第一勝てない相手が一人いる!」
「ガアアァ…」
「駄目だって〜!」
クイーンも導師一行も臨戦態勢で、おそらく隠れているアイツもすぐに飛び出して参戦できるだろう。もういっぱいいっぱいだ!
そう少し気を抜いた瞬間、
「あっ」
たてがみから手が離れてしまい、シキは地面にたたきつけられた。
一瞬だけ、肺から酸素がなくなって苦しくなる。背中が暑くなって、視界が少しぼやけたりして、
「ぐ…」
でもこのままじゃ陰険鬼畜眼鏡がライガクイーンをころしちゃう。
ずるずると地面を這って、上体を起こす。もうあの赤毛と神託の盾女とライガクイーンの戦闘は始まっていた。
そして、隠れていた奴も、もう隠れてはいかった。ご自慢の武器も出してあるじゃないか!今日は随分腰が軽いじゃないか、ええ?
急がなくちゃ、ライガクイーンが!
もう既にあのジェイドが、ライガクイーン討伐に『なんとか』するために参戦していた。なにがなんとかだよお前はなんとかするな大変なことになる!
「大気の刃よ、切り刻め…」
時間ないなぁ、このバカ!
酸素の回らない身体にムチを打って、シキは変なクラウチングスタートを決めた。ゴールはライガクイーンのところだ。
全速力で駆けて、ガリガリの身体なのにその突進は意外と効いて、ジェイドのタービュランスは発動された後で。
直撃は免れないかと覚悟を決めた。
ザザザザザーッ!
嵐がシキを、切り裂いた。
←prev / next→