恋人に監禁されたけど様子がおかしい



眠りから目覚めて横向きの体を起そうとしたが手足に違和感があった。腹筋の力だけで体を起こし違和感に寝ぼけ眼を向けその正体を暴いた。後ろ手に手錠で拘束され金属の足枷が左足首を食んでいたのである。それは今まで寝ていたベッドの脚に繋がっている。余った鎖が床で塊になっていた。
景色は見慣れた恋人の洋室であった。一人暮らしの部屋を借りたため寝室が存在せず、洋室にベッドを構えているのである。頭を向けて寝ていた方角にバルコニーに繋がる窓がある。カーテンが外の光に蓋をし、妨げているが、隙間から斜光が薄暗い部屋を後光のように照らしていた。
参った。昨日の夕飯に睡眠剤を混ぜられていたのだ。呑気に味噌汁を飲んでいた自分が恨めしい。頭を抱えたいが後ろ手に拘束されているので無理である。兎も角、床で胎児のように丸まり穏やかな寝息をたてている恋人の体をどうにか弄って鍵を所持しているか否か確認したい。
鎖が鳴らぬよう注意を払いながらベッドからそろりと床へ足裏をつける。立ち上がろうとすれば見計らったように恋人が体を起こして正面を此方に向けた。

「名前、どうしてこんなことする」

まだ覚醒し切れず目を閉ざしている名前をヴァシリは声で揺さぶった。瞼にのしかかる眠気を飛ばした名前は、縦横無尽に暴れる寝癖をそのままに気怠げな声で喋る。

「何処にも行かせない」
「なぜ」
「誰にも…ヴァシリを傷つけさせない」
「どういうことだ?」
「誰かが…ヴァシリを傷つけてしまうかも知れない…特に尾形…そんなことさせない」

夢遊病の人間と会話しているようであった。だが気味が悪いだとか恐怖の類が心臓を蝕むといったことにはならなかった。名前の瞼が落ちる。次いでだらんと首の力を抜いて項垂れる。床に毛先が全員揃って対面すれば、いつも見下ろしている心くすぐる旋毛がヴァシリの前に現れた。

「私は、力が弱いからヴァシリを守れない。だから…ここにいて」
「むりだ。ひとがいなくなるのを、りかいしているか?」
「…人一人がいなくなるのは、大事件だけど…上手くやる…やってみせる…」

名前が喉にへばりつく言葉を吐き切った。床の上で力の抜けた両手が腹を見せている。細枝の指はそのすらりとした玉体の背を丸めたまま起こせないでいた。蓬頭がゆっくり持ち上がり、生気が抜け怠けた両目はようやっとヴァシリを収めた。

「誰も、誰にも、ヴァシリは傷つけさせない…どこにも、行かせない…」

昨夜の恋人がどこぞ知らぬ別人に体を乗っ取られ操縦されているとヴァシリは思いたかった。この幽鬼が、名前だとは到底思えないのである。
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