ヴァシリと尾形の娘の狙撃試合



見渡せども一面は木と草ばかりの変わり映えせぬ山奥であった。鬱陶しく枝を伸ばし葉を蓄え、葉先が触れ合いそうな木々の、かろうじてある隙間に名前は銃口を向ける。引き金を引けば弾丸は快晴の空へ一直線に飛来した。鳥が一羽、空を滑空するための羽を蕾のように閉じて、森の大海原へ吸収されていった。
父親と同じ顔つきをした名前は、地へ追突した鳥を拾いに袴に隠されている、筋肉がつき始めた足で土を鳴らす。意気揚々な足取りであったが、それに水を差される事態に襲われた。

弾丸が頭頂部の髪の毛擦れ擦れに通過し木の幹を抉ったのである。遅れて響いた銃声に咄嗟に胴体を抉られた木の陰に身を潜めた。飛び込んだ木陰から、しゃがんでそろりと片目を覗かせ弾道を辿るが敵の姿は窺えない。弾丸が飽きもせず片目を覗かせる名前の真上を通過する。なんだか遊ばれているようであった。

「双眼鏡持ってくるんだった」

名前は銃口を下げ、木の陰から体がはみださぬよう小さな身を縮こめ、少しだけずれた位置に生えている木に後退した。木の陰から木の陰へ、茂みから茂みへと伝い狙撃地点を変えるためである。
敵から見て名前の姿は木に隠れる上、後退した先にある木は、丁度抉られた木に若干だが重なる形で太く構えているので観測できぬはずという思惑だった。

敵は、自分の思考を読んでいるだろうか。
髪の毛を掠めていった弾丸が脳裏をよぎった。仕留め損ねたというわけではなく、わざと軌道を外したような気がしてならない。
相手の位置は不明だが、憶測は立てられる。気付かれぬよう接近したいがもう移動しているだろう。確信し切れぬが敵は名うての狙撃手だ。自分の位置が知れていると慎重になって狙撃地点を変えているはずである。

相手の意表を突くしかない。
戦場に身を投じたことも、本物の殺し合いを行ったこともない、ひよっこ狙撃手の名前にはそれしか道がない。銃を構え愚痴を口遊む。

「狙撃手がしなさそうなことってなに…?お父さんのとこに逃げる…?逃してくれるかなぁ…」

名前は敵がいたであろう方角へ出鱈目に発砲した。


■■■


発砲音が聞こえた地点に敵、もといヴァシリは接近はしたが距離を取り、木の陰に身を隠しながら双眼鏡で確認する。狙いを外して狙撃した少女の姿は無かった。移動したか、木か茂みの中に隠れているのか。自分の頬を撃ち抜いた狙撃手にそっくりな少女はどう打って出るのか、非常に興味をそそられる。

(私の頬を撃ち抜いた狙撃手そっくりな手法をしているお前ならどうする)

双眼鏡の中で茂みが微少ではあるが葉を揺らした。
双眼鏡を手離し銃を構え、そこへわざと弾道を外した鉛弾を送ってやる。少女は双眼鏡を所持していなかったので、居場所を知らせる負荷を負っても支障はない。木々の合間を縫って広がり、余韻を残して消えた。静寂が戻り、ヴァシリは名前の二発目の狙撃を待つ。

(左右か、後ろか、何処から忍び寄ってくる?)

耳を研ぎ澄ませる。些細な音にも反応するため神経を張り巡らせひたすらに黙して待つ。
そうしていれば、ヴァシリの右斜め上から弾丸が飛来し地面に着弾した。帽子を掠めた弾丸の軌道を辿れば、上空に生い茂った緑葉の塊の中に続いていた。
銃を肩にかけ、戦意はもうないと表明したヴァシリは声を張って名前が潜伏する木へ近づいた。

「おりてこい。いいそげきだった」

両腕を広げて名前に飛び降りてこいと示す。名前は素直にヴァシリの腕へ足から飛び込んだ。足を踏ん張って衝撃を受け止め、名前を抱え直し問いかけた。

「どうやってきにのぼった」
「登りやすい木があったからそこから登った」

抱っこされた名前はヴァシリの顔を見据えて答える。まだ膨らみのある頬がほんの少女であると主張していた。鼻先が触れ合う距離にある名前の目が、因縁ある狙撃手の生き写しであり、撃ち方の姿勢や手法もそっくりであるので、彼の元へこのまま連れて行って見せたかった。一瞬だけ、死んでもいないが彼の生まれ変わりだと紛えたほどである。
狙撃手がやらなさそうなこと。名前は茂みを揺らしヴァシリの位置を確認したのち、気配を消して木々を伝って接近した。鬱陶しく枝が伸びる木が多くなければなし得なかった技である。木を伝って狙撃しなさそうだな、と名前は考えたのであった。

「そうか。わたしはヴァシリ。おまえのなまえは?」
「尾形名前」
「おがた…?おがたひゃくのすけ、しってるか?」
「…もしかしてお父さんの友達?」

父親の狙撃仲間であるとわかった名前はヴァシリを家へ招待し、尾形と引き合わせた。

「顔に風穴増やされてぇんだな?」

経緯を説明され、笑顔から一転、顔に影を作りヴァシリを締め上げる父に名前は今日一番恐怖したのだった。
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