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6-5

 一人取り残されたオレの前に現れたのが、マロン。あとは知っての通り、旅をして依頼をこなして【光の剣士】と呼ばれていたのも、王宮剣士の誘いを断ったのもオレだ。
 ヒカルの話はそこで一度締められた。ケントとマロンは口を挟むことなく、ただ黙って聞いていた。少しの間があり、ヒカルが再び口を開いた。

「……そういうわけだから。オレは王子様が求める強い相棒にはなれないし、マロンが求めるかっこいい剣士にもなれない。裏も表もない、本体がいないから鏡にすらなれない。二つの世界どちらにもいけない、取り残されたからっぽな存在。それがオレ、緋山 ヒカル だよ」

 ケントが少し目を細めた。木に寄りかかった彼は息を吐いて、腕を組み直した。

「話は一応理解した。だが同情はしない。俺にはお前の気持ちなんてさっぱりわからんからな」
「だろうね。恵まれた王子様には縁のない話だろうさ」

 ケントの目と眉がさらに近くなる。また何か言われるだろうと思ったが、出てきたのは大きなため息だった。

「……俺はあいつらのところに戻るぞ。ここに隠れていても話が進まんからな。チビ、お前はどうするんだ」

 ケントに声をかけられ、ずっと黙り込んでいたマロンの肩がはねた。マロンはヒカルの顔を見て少し考えた後、少しだけ迷いの残る瞳でケントの方を向いた。

「お、おれも行くよ」

 マロンの言葉を聞いた瞬間、ヒカルは鉛玉を呑み込んだように胸が重くなるのを感じた。やっぱり、本物じゃなきゃ駄目か。受けた傷を軽くしようと防衛本能が働き、ヒカルの脳内はすぐに諦めの言葉を探す。

 最初からわかっていたことじゃないか。マロンが家に訪ねてきて、光の剣士を探していると言われた時から。自分が光の剣士だと嘘をついた時から。ショウタとかいう奴の言う通りだ。オレはマロンの気持ちを利用して、騙していた。最初からオレは、マロンの師匠なんかじゃない。

 ばさりとマントを翻し、ケントはヒカルに背を向けた。

「お前は行かないのか。光の剣士じゃないことがバレたから、もう関係ないか」
「……うるさいな」

 普段より低い声で返したヒカルに、ケントとマロンが同時に振り向く。

「なんなんだよ、オレにどうしろって言うんだよ。どいつもこいつも人の気も知らないで好き勝手言いやがって」

 握りしめた拳から、力を抜くことができない。

「家族みんないなくなって。一人残された挙句憧れてた人の代わりをしなきゃいけなくて。嘘ついて偽って必死に演じて、でも全然届かなくて。兄さんならきっと、もっと上手くやれたんだろうね」

 マロンがなにか呟いたが、ヒカルの耳には届かなかった。

「これ以上オレにどうしろって言うんだよ。偽物のオレには何もできないよ。借り物の光の魔力で、あのバカでかい闇の魔力を倒せるわけないじゃん」

 一気にまくしたて、少し息を整える。ケントはそんなヒカルを一瞥して、再び背を向けた。一瞬ヒカルに向けた視線は、氷のように冷たかった。

「お前の悲劇ごっこには付き合ってられん」
「……どうとでも言えよ。育ちも能力にも恵まれた悩みのない王子様に、オレのことわかってもらおうなんて初めから思ってない」
「……多分だがな」

 前を向いたまま、ケントは続ける。

「お前にたとえ本体がいたとしても、結局は今みたいにああだこうだと言い訳しながら暗い顔で生きていたんだと思うぞ。俺はお前みたいな奴が心底嫌いだ」

 自分のことしか見えていないんだな。そう言い残し、ケントは歩き始めた。

 マロンがおずおずと口を開く。

「おししょーさま、あの」
「……もうオレが光の剣士じゃないってわかったでしょ。師匠でもなんでもない」

 マロンは何か言いかけて、一度のみ込んだ。言ってから後悔する自分と違って、言葉を選べるマロンは賢いな、とヒカルは思う。

 ヒカルはマロンのことを弟のように見ていたけれど、多分それも純粋な気持ちじゃなかった。「弟に優しい兄」を演じることで、コウイチに近付いた気になっていたのかもしれない。それに気付き、ヒカルは心底自分の身勝手さに嫌気がさす。

「でも、闇の魔力をなくしたいって気持ちは変わらないですよね?」
「……わからない」

 今にして思うと、それも兄の代わりをするために無理やり作り出した理由だったのかもしれない。考えれば考えるほど、自分の本当の気持ちが、自分とは何か、わからなくなる。ヒカルは一人、深い水の中にいた。もう何も聞きたくない。

 【光の剣士】であることが、ヒカルの唯一の存在理由だった。偽りでもなんでも、ヒカルにはそれしかなかった。だから必死に演じてきた。けれどそれが今、崩れてしまった。「光の魔力を使えるから」と光一がこの世界に来てしまったのなら、もう自分は必要ないじゃないか。全て彼に、本物に任せればいいじゃないか。

「おししょーさま」
「オレは師匠じゃ……」
「師匠ですよ!」

 返って来た言葉の強さに、ヒカルは少し驚いた。やっとマロンの顔を見る。彼の目じりは、今まで見たことないくらいにつり上がっていた。その表情にも、また驚く。

「光の剣士じゃなくたって、おししょーさまは師匠ですよ! おれにたくさん教えてくれたじゃないですか! おれは強くなりたくて光の剣士を探していたんですよ! おししょーさまはおれのこと強くしてくれたじゃないですか! おししょーさまはおししょーさまじゃないですか!」

 マロンのあまりの剣幕に、ヒカルは言葉を返せないでいた。偽りなく、まっすぐ言葉をぶつけるマロンは、今のヒカルにはあまりにまぶしく見えた。

「おししょーさまは何がイヤなんですか! 本物じゃないのがイヤなんですか! じゃあおれに教えてくれたことも全部ウソですか!」
「ち、違う!」

 反射的に否定の言葉がヒカルの口をついて出た。

「マロンにたくさん嘘ついてたけど、オレだって、……オレだって本当に強くなりたかった。だから一緒に旅に出た。二人だったから、マロンがオレのこと師匠って呼んでくれたから、だからオレもここまで【光の剣士】でいられた!」

 そこまで言って、ヒカルは一度息を吸った。

 そうだ。そうだった。

 ヒカルの身体にやっと酸素が巡ったような気がした。少し視界が晴れる。つまった耳から空気が通るような感覚。

 オレは兄さんになりたかったわけじゃない。兄さんの隣に立って、一緒に戦えるような強い剣士になりたかった。ずっとそうだった。兄さんがいなくなってから『代わり』になることに必死すぎて忘れていた。

 マロンはオレに、【光の剣士】【緋山コウイチ】以外にもちゃんと居場所をくれていた。それだけは嘘じゃない。兄さんが持っていない、オレだけのものがちゃんとあるじゃないか。

「おししょーさま。おれ、闇の魔力をたおしたいです」

 君がそう呼んでくれるなら。

 本物の光の剣士じゃなくても、オレでいていいのかな。マロンの【おししょーさま】、緋山ヒカルでいてもいいかな。

「オレも、倒したい。着いてきてくれる? マロン」
「はい!」



 木々を抜けると、ひやりとした空気がヒカルの頬に触れた。辺りには氷が散乱している。見渡していると、耳障りな声がどこからか飛んできた。

「あれぇ、おかえりハート
「もう帰っちゃったのかと思った

 この声はもう聞きたくない。ヒカルが顔をしかめてうんざりしていると、マロンが声を上げた。

「おししょーさま、あそこ」

 マロンの指さす方向を見ると、人が一人収まるくらいの氷の壁があった。ケントはおそらくあれに隠れている。

「ケンケンはショウちゃんの毒が回ってもう動けないのハート

 ヒカルは魔具を構えた。メイとアンは二人とも血を流しながらも、その表情は最初と変わらず楽しげだ。おそらくこいつらはまともな感覚なんて持ち合わせちゃいない。誰かを殺すのも、ともすれば自分たちが死ぬのさえ、遊びのつもりなのかもしれない。

 これ以上ダラダラとこいつらの相手はしたくない。ヒカルが足を踏み込むと、今度は別の、これもまた聞きたくない声が飛んできた。

「戻ってきたんですね、ニセモノさん」

 ショウタはそう言って、手袋をはめた指で自身の武器をすぅっと撫でた。「ニセモノ」という単語に動揺がないわけではないが、ヒカルは先ほどより大分落ち着いていた。彼の言葉にまともに耳を傾けてはいけない。

「好きに呼びなよ。オレは光の魔力で闇の魔力を消す。それは変わらない」

 ヒカルがそう返すと、ショウタはかみ殺すようにくつくつと笑った。ショウタといいこの双子といい、よくもまぁ敵を目の前に楽しそうに笑えるものだ。

「いやぁ……ボク、光の剣士はキライでしたけど、キミのことはキライじゃないですよ。ニセモノさん。キミは多分、こちら側の人間だと思うんですよねぇ」

 具体的にどこ、と聞かれるとすぐに答えるのが難しいが、ショウタの喋り方は頭に残る嫌なものだった。ヒカルの心にまたざわざわと、駄目な感情が少しずつ降り積もる。ヒカルは息を吐いてその感情を押し流した。

 もう大丈夫。相手の挑発に乗っちゃ駄目だ。オレはこの戦いを任務として受けた。最後までここで戦う義務がある。そこにはオレが【コウイチ】であるか【ヒカル】であるかは、まったく関係ないのだ。落ち着いて、自分のやるべきことをしよう。

 ヒカルの目を見て何かを悟ったのか、ショウタは白い手袋で自身のあごをさすった。

「……ふぅん、少し冷静になっちゃったみたいですね。まぁでもボクが言ったことはすべてボクの本心ですよ。こう見えてボク、嘘はキライなんです」

 こうしているといつまででも喋っていそうだ。ヒカルは剣を構えて、魔力を込め始めた。横でマロンも同じ動きをする。

 二人で任務に出るときは、大抵がドラゴンの討伐だ。人を相手にするときもあることはあるが、盗賊の端くれだったりつまらないゴロツキばかりで、まともな剣士と戦う機会はあまりない。そもそも、兄さんがアカデミーで習っていたのもほとんどが対ドラゴン用の戦い方だった。剣も魔法も、人に向けていいものじゃない。

「オレはおまえらみたいな奴を許すわけにはいかない。闇の魔力は残さず消す。人でありながら人に危害を加える害悪どもめ」

 ヒカルが吐き捨てると、ショウタの愉快そうな顔が戻ってきた。

「ソレですよ、ソレ! キミ、自分のこと正義だと信じて疑わないタイプでしょう。闇を消せばすべて光になるって、本気で思っているんでしょう!」
「当たり前だろ。闇は悪だ。光が良いに決まってる」
「ふふ。キライじゃないですよその考え方」

 このままではまた良いように揺さぶられる。ヒカルはショウタの言葉を振り払うように、魔力の込められた剣を振った。

 光の魔力が刃から放たれショウタに向かう。ショウタはそれを剣で受け止めるが、すぐ続いてマロンの攻撃があとを追う。今度は少し当たった。ショウタの右手袋、甲部分の布が音もなく消滅した。不健康そうな少し筋張った白い肌が見える。

 ヒカルは心の中でよし、とうなずく。このまま力で圧せば確実に勝てる。やっぱり光の魔力が闇に負けるわけないんだ。

 ショウタは確認するように数度手首を振ると、穴の開いた手袋を脱いでポケットから代わりの手袋を出した。そういえば剣もいくつかスペアを持っているみたいだったし、慎重というか念入りというか、そういう性格なのだろう。きっとお風呂で使う石鹸とかも、予備がなくなったら落ち着かないタイプだ。

 後ろでニヤニヤしていたメイとアンが動き出した。

「ずるぅいハート
「メイとアンも混ぜてよ

 双子はくるくるとほうきを回し何かを唱える。

「ジャマはさせない!」

 詠唱が終わる前に、マロンが二人の前に飛び込んだ。マロンの剣が魔女のほうきとぶつかり、漏れ出していた魔力がその衝撃で散り散りになり、消えた。

「あ〜、ひど〜い

 間髪入れずに、今度はヒカルが真っ向から挑む。強力な魔法を使うには呪文が必要。そんな時間は与えない。横に一閃、ヒカルの剣は魔女たちの腹を裂いた。二人の口から同時に赤い血が吐き出される。

 振った剣をそのままの勢いで後ろまで回すと、刃先が硬いものとぶつかった。ショウタの剣だ。メイとアンがやられれば来るだろうと思っていた。ヒカルは一気に引き抜き、剣に魔力を込める。

「う〜ん、もう遊びに付き合ってはくれないみたいですね」

 ショウタは少し面倒くさそうな声色で呟いた。ヒカルが眉間にシワを寄せてうなるように返す。

「元々遊んでるつもりはない」
「そうですか? ボクは結構楽しかったですよ」

 ショウタは口の端を上げると、刃の先端をヒカルに向けた。剣を中心に渦を巻くように、群青色に暗く輝く魔力があふれ出る。ヒカルが光の刃を飛ばすが、同時にショウタの剣からも魔力の渦が放たれる。ふたつの魔力はぶつかり合って相殺し、どちらもしゅるりと空に溶けてしまった。ヒカルはそれを見て目を見開く。

「そんなバカな……魔力でこっちが負けるわけ……!」
「何度か受けてますからね。たしかにまともにやりあったら光の魔力には勝てませんから、魔力粒子を調整して相殺できる配置にしてみました。ふふ、成功して良かった」

 ヒカルは対戦ゲームで負けた光一と同じ顔で、むっすりとショウタを見た。何を言っているのか正直よくわからないが、多分簡単にできることじゃない。やっぱりコイツは変だ。変態だ。

 単純な実力では勝てるはずなのに、綺麗に攻撃を入れさせてもらえない。のらりくらりと、狙いとは微妙に違うところにずらされる。さっきからそれが続いて、ヒカルはイライラしていた。どうも気持ち悪い。こんな戦いは初めてだった。

 強めに息を吐いて気持ちを落ち着けるよう努める。短気は良くない。冷静にいこう。こうなってしまったら一瞬の隙を誘い、確実に叩き込む。せめてそれまでは冷静でいよう。

 スピードとパワーで押し切ることを辞めて、ヒカルは剣術の試合のように真っ向からショウタに向かった。ショウタは一歩うしろに飛びのき、剣先をヒカルの顔面めがけて突き出す。ヒカルは頭をずらして避け、素早く魔力を剣に付与する。この場で練った魔力なら、相殺できるよう調整することもできないだろう。ヒカルの読み通り、ショウタの反応は数瞬遅れた。

 ここだ。ここでさらに攻撃を入れれば勝てる。ヒカルが口を開いた瞬間、別の声が飛んできた。

「《バーンフロスト》!!」


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