山吹の散る頃に




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 鯉乙がその場を去って数分後、駆けつけたのは鯉伴とその直轄の部下計3名であった。


「おい、鯉伴っ! 本当にそんなことが……」


 ちゃんと説明しろ、と言った顔をしながら、首無は鯉伴に話しかけた。
 鯉伴は、その場に立って、自分を庇った少女のいた場所を見た。そこにはしかし誰もいなかった。だが、大量の血だまりが、たしかにそこにあった。


「こりゃあ……ひでぇ」


 そう言ったのは、青田坊であった。

 それに続いて顔をしかめ、言葉を紡いだのは黒田坊だった。その表情は固く、見るのも苦しいと言った風である。


「これならば、持って半日でしょうな……。こんなに血を流していれば、すぐに命絶えてしまいましょう」


 鯉伴はそれを聞いた時、はっとしたように「探せっ!!」と声を張り上げた。

 自分よりもはるかに年下であろう女を身代わりに、息子を抱いて逃げた自分が情けなくて仕方がない。





 結局、奴良組の総勢で大捜索を行なったが、鯉伴を庇ったそれらしき人物は見つけられなかった。



***




 カラスが騒がしい。

 すれ違う奴良組と思しき妖たちも何かを必死に探すような行動を取っており、早速羽衣狐の捜索に取り掛かったのかと腰を下ろした。


 鯉乙は、はぁ、と息を吐いた。


 妖力が、少し減っている。

 あの妖刀は、他の妖怪から妖力を搾り取る類のものだったのだろうか。そうだとすれば、これからは迂闊に身を呈して守れないと思いながら、脇腹をさすった。

 もう跡すら残っていないそこは、しかしたしかに刺された跡が服に痛々しく残っている。今でも絞れそうなほどの血が着物に染み込んでおり、刀の刃の跡もある。

 彼がしっかりと見ていたならば、この格好は彼を庇った第一の証拠となろう。このカラスたちに見つかって仕舞えば、まずはあの奴良組との関わりを持たなければならなくなる。
 それは、第一に避けたい関門である。


「困ったことになったなぁ」


 しばらく、ほとぼりが冷めるまではこの地に居れないと肩を落とす。

 それまでは、どこかの地で修行を積んでから出直そうと改めて思った。
 関東地方はだいぶ人間の手が回っているようだった。


 見て回るに、妖怪たちもそれなりに人間たちの生活に合わせた日々を送っているらしく呉服屋が見つからない。

 鯉乙は、一応持ってきていた着物に着替えるとすぐに血濡れたそれを燃やした。
 着物の燃える煙と共に、妖気が放たれた。どうやら、血を燃料とした火には妖力がこもるらしい。



 着物は跡形もなく消え去り、鯉乙はやっと腰を上げた。
 残った妖気の匂いはどうにもできない。鯉乙はそれを手で払いながら、再びため息をついた。

 イタクの言葉の通りになると、修行するとしたらこれからまた南へ降りることが無難だろう。鯉伴の無事も確認でき次第、本州を外れることになる。本州の南一帯は、羽衣狐の支配下だとすると、まだ行くには早いだろう。


 本州を外れると、四国と九州、そして沖縄がある。

 東北の一帯で一番強い力を誇るのは、遠野一家であるから、東北に行くのは論外だ。沖縄は外国の妖怪たちが集まると聞く。まだ日本から外れるのは早いだろう。となると、四国と九州となる。が、九州はまだ早いだろうか、と鯉乙は頭を悩ませる。
九州は、土蜘蛛の領地だ。そこに取り入り、そして修行するにしてはあまりにも力不足な気がしてならない。


 四国。

 遠野一家が「遠野妖怪」と言われると同様に、四国には「四国妖怪」と呼ばれる妖怪達がいる。私が覚えている限りでは、奴良組が百鬼夜行を率いるように、四国にも四国八十八鬼夜行がある。かつては四国八十八ヵ所の霊場にそれぞれ組を持ち、その八十八の団体で構成される大きな百鬼夜行だったというが、今の総大将である隠神刑部狸が統括してから一つの組織になった。
 四国は関東地方と違い、人間の手も加わっていない場所も多いはずだ。そこでなら、遠野とは違った力も蓄えられるかもしれない。


 四国は遠野と関わりがない。奴良組、特にぬらりひょんとの関わりは強いらしいが、そこはなんとか誤魔化せるだろう。これから羽衣狐と関わっていくにつれて、彼らとの接触は否応なくあることに変わりはない。兎に角、今は彼らに知られることなく修行を行える場所が欲しかった。

 これから、彼ら遠野一家と極力関わらない方が賢明であろう。遠野には多かれ少なかれ、奴良組との接点がある。羽衣狐と契約をしてしまった以上、悟られないようにしなければならない。


「怒られちゃうかなぁ……」


 顔を見せなければ、レイラや淡島、イタクたちが心配してしまうかもしれない。あの人たちはなんだかんだ言って、自分に甘かった。それは、遠野妖怪全般に言えることでもあるけれど。

 しかし、やってしまったことに後戻りはできない。母との約束を守るため。ただそれだけのために生きてきたのだ。




 後悔している暇など、ない。

 鯉乙は、騒がしい町を抜けて、駅へと歩を進めた。


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