山吹の散る頃に







 羽衣狐の、圧が強くなったのを感じた。

 胃が痛む。吐き気が止まらない。失血で、倒れそうになる。

 私は必死だった。どうにかして、羽衣狐に魅入られるようにしなければと思ったのだ。
 息を飲む。絞り出すように、私は口を開いた。


「羽衣狐様。あなた様は、余興が好きだと耳に致しました。私は、山吹と申します。もし私を引き入れてくださるのならば、素晴らしい余興をご覧に入れましょう」


 全てがその場限りの言葉だった。

 生き延びるため、私はどんな言葉も惜しまなかった。余興が好きだというのも京都に過ごしていた遠野妖怪から聞いたものだった。本当かどうかは、最中ではない。
 それでも、私は約束のためならばと震えながらに口にした。


 しばらくの間、私と羽衣狐の間に空白が訪れる。そして、その後に羽衣狐が口を手に当てて笑い出した。

 私は頭を下げたまま、羽衣狐の返答を待つ。ここで首を切られたのなら全てが終いであるが、こうでもしないと彼女に誠意が見込まれないと思ったのだ。やらないよりはマシだという気持ちで、唾を飲み込んだ。


「よかろう。その無教育さ、大いに気に入った。妾もまだここに生き返って数刻でのぅ。丁度、面白いものが欲しかったのだ」

「は、羽衣狐っ……!」


 爺は慌てたように声を張り上げた。
 それはいけないと、羽衣狐に訴えている。しかし羽衣狐は気に留めずににこりと笑い掛けている。


「息子など、のちに殺せよう。あの忌々しい男もあんなにヨボヨボなのじゃ。それに、これは妾の暇潰しじゃ。これほどまでに愉快なのはいつぶりじゃろうて。……それとも」

 羽衣狐は、ギラリと爺を見下ろした。その雰囲気は先のものよりも複雑に圧迫感のあるものであった。


「妾に口答えすると……?」




 爺はぐっ押し黙って、羽衣狐を見上げている。


「いいえ、仰せのままに。羽衣狐様……」


 爺はそう言って、羽衣狐に頭を下げた。しかし、その視線は地面ではなく、私を見ていた。
 何か、計画を邪魔されたような顔をしている。その計画とは、鯉伴暗殺であろうか。それとも、リクオのことであろうか。
 私はそれに憶測しか立てられず、未だ愉快そうに微笑む羽衣狐に視線を交わらせた。


「妾は京都の大屋敷に居る。いつでも来い、山吹よ。主は妾を楽しませることのできる、唯一の妖なのじゃからのぉ……」


 ────異様であった。

 少女の形をとった羽衣狐は、爺と共に、姿を消して、跡形もなくその場から居なくなった。

 私は、気が抜けたようにその場に膝をついて、息を吐いた。







 ぼたぼたと顔から汗が溢れ出す。

 過呼吸のように、息が上がる。腹の痛みに耐えきれず、(名前)は口を開けた。それと同時に、血が口からだらだらと流れ出した。


「があっ、はっ……」


 ビリビリと肌がはちきれそうになるくらい、熱い。(名前)は楽になりたい一心で、手に力を込めた。すると、不思議なことに力を込めた部分から順に、痛みが引いていく。それが広がっていくと、先ほどまでの痛みが嘘のようになくなったのだ。

 びっくりして、(名前)は脇腹を見た。


 ────傷が、ない。


 綺麗さっぱり、傷がないのだ。

 不思議なことに。私はそんな能力があることなど知らない。驚いて手を見るが、術が掛かっている様子もない。すると、これは自分の能力ということになる。

 ────珱姫……。


 そうだった。私は、ぬらりひょんの孫であり、その妻である珱姫の孫でもある。四分の一、人間であるとして、妖怪の血が濃いのは頷けるが、ここまで珱姫の力を受け継いでいるとは思わなかった。
 たぶん、鯉伴の血を濃くついでいるからなのだろう。なんと、憎たらしい。


 私は手を握った。


 ────ここまでも、鯉伴に似てしまっているのか。

 憎たらしい。
 これではバレるのも時間の問題だと私は立ち上がりその場を後にする。



 鯉伴の見張りはしばらくは必要がないだろうと思った私は、次の修行場を探しに歩き出した。

- 39 -
prev / next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -