山吹の散る頃に




 本当は、分かっていた。知っていた。
 母を、山吹乙女を縛り付けていたのは自分だということを、私は生まれてすぐによく理解していた。
 時折、母は町に出て来ると言い、家を離れることがあった。町には、多くの商業であふれ、母のような誠実な人なら多くの働き手があるだろう。もちろん、冬は毎日町に降りていくという生活をしているのを知っていた。

 しかし、その時限りは違っていた。

 母は、いつもと同じようにしていたのだろうけれど、その日はいつも山吹の花が綺麗に彩られた着物をまとい、棚の奥にしまってある小刀を懐に入れ、出かけて行く。多分、あの小刀は鯉伴が護身用にと母に渡したものだろう。

 母がどうして、時折奴良組に行くのかは今となっては分からない。ただ、鯉伴の安否を確認するためか、それとも子供が出来たと報告するためなのか。

 けれど、「私」という存在がある以上、子供ができない、という理由で組を後にした母には、また奴良組に戻っていいという条件は達成されていた。
 けれど、母がそうはしなかったのは、組の者からの目でも、感情でもなく、鯉伴の心を想ってだろう。

 母はきっと、分かっていたのだ。

 私を産んだことによっての体の負担、損傷。そんなに命が長くないということを、母はずっと気付いていたのだ。だから、組に戻らなかったのだ。
 母が目の前で死ねば、鯉伴はきっと、嫁を貰えなくなる。それに加え、私が女である以上、三代目になるには難しく、批判も多いだろう。
 嫁を取り、迎い入れるのは、表向きは幸せのためだとしても、裏を返せば跡取りの為だ。女など、使い物にならないのだ。……ましてや、子供が孕まぬなど。

 決して、鯉伴が悪いのではない。母も悪くはない。誰も悪くはないのだ。
 鯉伴が優しく、誰よりも母を想っていたのは、重々分かっているつもりだ。ぬらりひょんでさえ、受け入れていたのだろう。
 嗚呼、私は全部を知り、分かり、理解している。だからこそ。

 だからこそ、腹がたつ。

 母を失った悲しみを、恨みを、どこにぶつければいい。
 もう、30を超えるいい大人だとしても、この世界ではたったの五つの子供でしかないのだ。精神で大人であっても、現実に起きたことを受け止めるには、辛すぎる。


 母が死んだあの日、泣き喚いた私は、数日間、ただ呆然としていることしか出来ずにいた。
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