「山吹は?」
不意に出てしまったその言葉は、淡島から発せられたものだった。
この手の話題は、山吹には強制しないと暗黙の了解をしていた三人の間に、卑劣が入ったように凍りつく。若干ではあるが、冷麗の周りの湯が冷たい気がする。
おし黙る鯉乙に、淡島は慌てたように言った。
「いや、家族のこととかじゃなくて、あの、母親との約束って何だろうなーっていう、つまり、出来心っていうか、そのっ」
「……」
鯉乙の表情が、硬くなった。
それを見たユカリが「馬鹿」と淡島を抓る。
「いいですよ、約束ですね?」
「え、いいの?」
びっくりしたように淡島は声を上げる。それに、ユカリも冷麗もびっくりしたようで、目を見開いている。
「はい。いいですよ。隠すことでもないですし」
平然と答える鯉乙に、淡島は「でも前、答えてくれなかった」と本当にびっくりしたように言う。
「その時はあまり関わりなかったですし、言う意味ないかな、と思ったので」
「あ、そういうこと、か……」
ほっとしたように胸を撫で下ろす淡島に、鯉乙はくすりと口角を上げた。
「えっと……約束っていうのも、ただ『父を守る』だけなんです。とても簡単でしょう?」
そう言って笑う鯉乙に、淡島はぐっと唇を噛む。冷麗は「どうして?」と優しく問う。
「母が、最後に残した言葉なんです。父はとても偉大だと言っていたけれど、それでいて抜けているから、と。まぁそう言っても父に会ったことないんですが」
「え、それじゃあ探しようが……」
「嗚呼、そこは大丈夫です。場所は知っているので」
他に聞きたいことあります? と淡島に言う鯉乙。それに、淡島は、「いや……」と顔を伏せた。
最後。
この言葉は、山吹の母の死を連想させるものだ。この子供は、母の死に立ち会い、ここまできたのだろう。
どれだけ辛かったか、どれだけ苦労をしてここまできたか。三人には分かりようのないことだ。
笑った時、どうしていつも悲しそうなのかやっとわかった気がする。ああ、ごめん。山吹。
淡島はそう思った時、鯉乙をそっと抱き締めていた。
「え? 淡島?」
「大丈夫だ」
何が何か分からないといった表情で言う鯉乙に、淡島はひたすらに大丈夫と連呼している。
助けを呼ぶように冷麗に視線を向けると、ただ微笑んでいるだけ。そして、そっと目元を拭き、「もう、大丈夫だから」と言っていた。その時に、初めて自分が泣いていることに気がついた。
「我慢する必要なんてねえ。俺が、俺らが受け止めてやるから」
そう言われた途端、何かが外れたようにボロボロと涙が溢れた。
乙女が死んだ時、泣けずにいた鯉乙は、初めてこのとき、乙女に対して泣いていた。それは大人びいていた山吹ではなく、本当の子供のようだった。