短編 | ナノ


¶3

 なんで結婚式とかやんだろ。いや、やるのは勝手だけどさ。親がやれって言うから?でも、他人を呼ぶ必要なくない?家族だけでやればいいじゃん。
 パチパチと拍手をする。ここで死んだような目をしていたら失礼だろうから、可能な限り笑顔を浮かべて。普段笑わないから、頬が引きつった。
 新婦の友人が、可愛い可愛いと言ってはしゃいでる。どうせ新婦が可愛いんじゃなくてドレスが可愛いって意味だろ。女ってまじこええ。あの集団の中で左手の薬指に指輪をつけてる女は3人。なるほど、あいつらは余裕があるわけか。
「どれから使うんだっけ?」
 あまり結婚式に縁がなかったらしい同期が大量のナイフとフォークを前に目を白黒させている。
「外側から使うらしい」
 こそっと耳打ちすると、さんきゅ、と軽く礼を言われた。
 真っ白い皿に上品な料理。こんなもんより牛丼とか唐揚げ定食とか食ってた方が数倍旨いんだけど。
 
「どうだった?」
 どうって、言われてもな。
「あ、これ、もらったやつ」
 それと、もう一つの袋を渡す。
「え、花もらったの?」
 テーブルブーケの持ち帰りだ。誰も欲しがらず、仕方ないから俺が貰い受けた。
「好きでしょ、花」
 袋を覗き込む栢間の目が輝いている。コイツはどうにも花が好きらしく、日本に長くいる期間のときは毎週のように花を買っては、嫌がらせのように俺の部屋に一輪飾るのだ。花に興味のない俺に与えたところで何の意味もないというのに、物好きにも程がある。嗜好の押し付けはどうかとも思うが、花に害はないので構わない。
 普段、仕事では数字や文字の羅列を追うばかりで、無機質なシステムが友達みたいなもんだから、生身の花を見るのはちょっとだけ癒される…気もするし。
 栢間は早速飾ることにしたらしい。立派なブーケをリビングのテーブルに置いていた。食卓がやけに華やかだ。それを嬉しそうに眺める男の横顔も、花に負けず劣らずどころか、むしろちょっと勝ってるくらいには美しい。
 
「……結婚、するなら早い方がいいよ」
 
 ボソリと溢れたのは、情けない一言だった。ハッとした顔で振り向いた栢間に、罰が悪くなり目を逸らす。休日までスーツを着てるなんて気が滅入るから、さっさと脱ごう。
「三好」
 呼ばれて、自室に戻ろうとしていた足を止めた。なんだか変な空気が漂う。内心で舌打ちをした。余計なことを言わなきゃ良かったのだ。
「したい?」
「はあ?」
 流石に驚いて振り向く。俺が結婚したいみたいじゃないか。睨み付けると、栢間が笑う。
「したいんじゃないの?」
「んなわけねえだろ、どうでもいい」
「本当に?」
「式とかどうでもいいだろ」
「フゥン、じゃあ籍は入れたいの?」
 知らねえよ。まあ入れてた方が便利だろ、法的手続きとか諸々とか。当人同士がいくら精神的に繋がってたとしても、書面上の証明は何かにつけて役に立つし。
「渋谷とかに引っ越す?」
 眉間に皺がよる。
「気色悪いな。お前だけ引越せよ」
「家賃払えんの?」
「……安いとこに俺も引っ越すし」
「そしたら、俺たち何のために一緒に暮らしてんの?」
 そりゃ、そうなんだけど。
 お前が変なこと言うからだろ。苛立たし気に足音を立てそうになって、極力抑えた。俺はこの年になっても時折、癇癪を起こしてしまう。それが凄く恥ずかしい。栢間は、自分の感情をきちんとコントロールできてんのに、俺は何でこんなできねえんだろ。



 ミズキが彼氏と別れたらしい。
 栢間風邪事件の時に連絡先を交換したミズキとは、実はその後、何度もやり取りがあった。
 俺に何の用事かと思えば、栢間の話だった。そこまで聡い俺じゃなくてもわかる。ミズキは栢間に惹かれているのだ。まああんな男に言い寄られたら老若男女問わず、落ちるに決まってるけど。
 だから俺はミズキに栢間の好きなものとか、嫌いなものとか、そう言う細かい情報をそれとなく教えてやった。俺自身がそこまで栢間に興味がないので詳しいことは言えなかったけど、一緒に暮らしていればある程度のことはわかる。あ、ちなみに、結構神経質だから気を付けろよ、ってところは、コイツらが付き合い始めて同棲すればわかるから言わなくていっか。
 無言で洗面所の鏡を磨き続ける栢間を横目に、リビングのソファに寝転がる。栢間は少し潔癖だ。アルコール除菌は大好きだし、特に水回りへの拘りは強い。俺が洗面台をビシャビシャにすると、無言で水気をゼロにしてくる。
 栢間は内心じゃどう思ってるのかわからないけど、俺にどうこう言ってくることはない。本人が気になるらしく、ただそれを俺に強制はしてこないのだ。
 ちょっと申し訳なくなって、栢間が出張でいない時なんかは俺が代理で綺麗にしてやってるけど、これは俺が自主的にやっていることだ。栢間に言われたわけではない。
 コーヒーメーカーがボコボコ言う音と匂いがしていたから、コーヒーを入れているらしい。まだ余っているかな、と起き上がり、マグカップを取り出して注いだ。そういや、このマグカップも値の張るものだ。アラビアのマグカップは、ものがいい。元は栢間のものだったが、俺が好き勝手に栢間のものを使い、いつの間にか俺のものにしてしまった。栢間は怒ったりしない。どうぞ、と簡単に渡してきた。
 今更ながら、悪いことをしたな。まさかそれなりに高いものだとは思わなかったのだ。替わりに、と一昨年辺りにクリスマスでマグカップをプレゼントしたが、百均のマグカップだ。なんかとりあえずあげないよりはマシだろと思って会社帰りに買った。そんな安物マグカップを使っている顔面ブランド男の図は何度見ても心が痛む。やっぱり、新しく良いものを買い直してプレゼントすべきか?
 コーヒーをすすっていると、漸く磨き終えた栢間がリビングに戻ってきた。ちょっと水を飲んだら靴磨きを始めるに違いない。コイツは靴を磨くのも好きらしく、放っておくと俺のまで磨いてくれる。まじでそこんとこは使える男だ。助かる。
 俺の視線に気がついた栢間が首を傾げた。
「なんでもない」
「そ?」
 水を冷蔵庫に戻そうとして、栢間はコップを取り出した。
「寝起きでしょ、水分取っとけ」
「コーヒー飲んでんじゃん」
「コーヒーは水分じゃねえから」
 台所でコーヒーを飲む俺の前に水の入ったコップが置かれた。仕方ない、チェイサー代わりに後で飲むか。
 栢間はいつの間にか玄関の方へと向かった。暫くするとゴソゴソと何かを取り出す音がして、すぐに静かになった。やっぱり靴磨きを始めたらしい。
 その後ろ姿をチラリと見る。栢間はミズキが彼氏と別れたこと、知ってんのかな。
 俺から言うのも変だし。とりあえずミズキからは、栢間に彼女はいるのか、と、聞かれたので、いないよ、と答えておこう。きっと数日もしないうちに、ミズキが栢間に告白するに違いない。
 

 
「味噌変えたんだけどさ、わかる?」
「ん?……わからん…」
「いや、かなり違うでしょ。白味噌から赤味噌に変えたんだよ?」
「言われてみりゃ色が違うな」
 胡乱な眼差しが前方から突き刺さるが、無視してテレビを見た。栢間の家では、食事中にテレビを見ちゃダメだったらしい。俺の家はそうではないので、好き勝手にテレビをつけている。そもそも、なんでテレビ見ちゃダメなんだ?
 なんか面白いテレビないかな、とチャンネルを変えていると、テーブルの上に置いていたスマホが震えた。俺のスマホだ。
 テレビはいいけど、スマホを弄るのはちょっと抵抗があったので、急ぎの用事じゃないかだけ確認した。ミズキじゃないか。
 メッセージのポップには、本文の冒頭が少しだけ表示されている。【私、栢間くんに告白しました。…】
 
「三好?」
 
 豆腐を食べようとして、やめた。なんかお腹いっぱいだな。不思議そうに首を傾げる栢間の目線から逃げるように箸を見る。
「…お腹いっぱい」
 全然減っていない俺の飯を見て、栢間が眉根を寄せた。
「具合悪い?」
「胃もたれした」
「あ?まじで?夕飯?あんまり胃に悪いものないはずなんだけど…」
「昼飯だと思う」
「何食ったわけ?」
「激辛四川麻婆丼」
 栢間が盛大な溜息を吐いた。
「暫く辛いもの食べるのはやめろよ…」
 


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