御幸一也と匂わせ写真

「なあ、匂わせ写真撮ってくんね?」

「え、炎上……商法……?」

 シーズン中の休暇は少ない。故に、普段寮生活の御幸が人目を忍んで遊びに来る時間はさほどない。故に、その貴重な時間を二人で心行くまで満喫するのだが──時折御幸は、よく分からないことを言い出す。新しくした携帯片手を手に迫りくる将来有望なプロ野球選手に、凪沙も困惑する他ない。

「御幸くんが炎上してるとこは……見たくない、なあ……」

「俺のじゃなくて、天城のアカウントで上げて欲しいんだけど」

「私のSNSで、ってこと?」

「そ」

 澄ました顔でそんなことを言う御幸に凪沙は首を傾げると、彼はずいっと携帯の画面を突き付けてきた。それは、凪沙のSNSのアカウントが表示されている。

「真田に聞いた」

「真田、くん?」

「SNSに男の影がないから変な奴に言い寄られてるって」

「う……」

 夏頃、妙に言い寄ってきた男が確かにそんなことを言っていた気がする。凪沙のSNSは基本的に食べ物ばかり。男の影など微塵も感じさせない、健全な投稿ばかり。そもそもSNSに恋人の存在を匂わす必要性など微塵にもないし、それを見て喜ぶ人もさほどいないだろう。とはいえ、時代も時代である。懸想する相手に恋人がいるかどうか、SNSで探ることも珍しくはない。そこに牽制球を放つのもまた、必要なことなのかもしれない、が……。

「いや?」

「嫌、ではない、けども……」

 所謂のろけだの匂わせだの、嫌味だと取る人も少なくない。とはいえ、そんな狭量な友人はいない。凪沙にとってネックなのは、匂わせる相手が匂わせたらだいぶまずいタイプの職業だからである。

「御幸くんは……匂わせらんないよ……」

「……」

 有名人との交際写真が火の元で、活動に支障がきたす人々も少なくない。顔で売る商売ではないとはいえ、若手のイケメン捕手と比較的メディア露出も多い御幸相手に匂わせ写真をSNSに載せるのはだいぶまずい。凪沙だけが身元を特定される程度ならいいが、一番被害を受けるのは御幸であり、御幸の球団だ。凪沙の牽制のためだけに、球団に迷惑かけるわけにはいかない。だが、御幸は引かない。

「要は身バレせず、匂わせればいいんだろ?」

「そりゃまあ、そうなんだけども……」

「じゃ、良い方法を先人たちに聞いてみようぜ」

 そう言いながら御幸はぽんと凪沙の隣に腰を下ろす。なるほど、インターネット化社会に感謝というわけか。御幸が適当に『SNS 匂わせ』などで検索すれば、出るわ出るわ先人たちの知恵──もとい、匂わせあるあるのまとめページ。なるほど、これを真似すれば匂わせ投稿ができるというわけか。大変参考になる。

「えーと……『デートっぽい二人分の料理写真』とか」

「デート行かねえしなあ、俺ら」

「もともと料理の写真ばっかりだし、これはなしかなあ」

 あるあるで一番多いのは『明らかに一人では食べきれない料理の写真』だの、『カフェで二つ分のカップの写真』だの、食べ物系に恋人の存在を絡める内容が多い。だが、凪沙はもともと食事の写真が多い。カフェの写真もよく上げるし、それが恋人といるのか友人といるのか判断は難しいだろう。

「あ、じゃあこれ、彼氏パーカーはどうかな」

「だめ」

「え、だめです!?」

 次に多かったのは、『恋人の衣服を身に着けた写真』だ。女性で兄弟しかいない凪沙にとって、男物の衣服は家にすら存在しない物体だ。だが、予想外に御幸本人が首を振る。

「なんで?」

「そういうのは、彼氏特権だろ?」

「む、う……」

 ストレートにそんなことを言われてしまえば、凪沙も返す言葉がない。所謂『彼シャツ』と呼ばれる姿が一部のフェチズムに刺さるというし、そういう姿を衆目に晒すのは確かに如何なものかと思ってしまい。

「ええと、そしたらどうしよ……」

「プレゼントの写真は? 時計、山ほどあるだろ」

「私物は……特定されそうで……怖い……!」

 確かにプレゼントとしか思えない高級時計は持て余すほど所有している。何ならほとんどペアウォッチである。そんな写真を上げれば立派な匂わせになるだろうが、御幸と同じ物を持っているという点が最大のネックだ。ファンの執念ほど怖いものはない。私物は即座に特定される上に、その匂いもきっちりキャッチされてしまうのだから。

「だめだめそれは匂いどころの騒ぎじゃなくなるよ!」

「えー、あとはなんだ、『イベント時には必ず投稿する』……?」

「一番……無理では……?」

 何せ一年の半分以上地方で野球漬けの男だ。クリスマスやバレンタインはオフシーズンではあるが、イベント時は凪沙のバイトも忙しい。スポーツ・スクールは何かと集客の為のイベントを催しがちだし、御幸だってTVの特集や球団のイベントに引っ張りだこである。

「に、匂わせって、意外と難しい……!」

「んー、先輩たちは簡単に炎上してたけどなあ」

「いやいや、燃えちゃまずいでしょ燃えちゃ……」

 御幸は──言い方は悪いが──顔ファンも多い。万が一があっては事だ。恋人の存在を仄めかすのはいいが、やはり御幸本人や御幸の私物を写真に収めるのはまずい。

「うーん……やっぱ匂わせはむずいよ……」

「けどお前、変なのに好かれるからなー」

「いやいやそんなことないって。あれはレアレアケースだし……ふあぁあ、」

 すいすいと指を滑らせて恋人のいる友人たちのSNSを見ながら、凪沙は欠伸を噛み締めつつ御幸に寄り掛かる。中々、思うようにはいかないものだ。とはいえ、匂わせなくとも先のトラブルのおかげで、凪沙は人に言えない職業の金持ち──ある意味正しいのかもしれないが──と付き合っている、とまことしやかに囁かれている。前園の協力の甲斐あって、軽率に凪沙に近付く者もいなくなった今、下手な火遊びはしない方がいいのでは、という気持ちにもなってくる。するとだんだん、眠気の方が勝ってきて。

「……天城、ねみーの?」

「んー……」

 御幸の温もりに、徐々に眠気を誘われる。指の間からすり抜けそうなスマホを、御幸が手に取ってくれたところまで見届けてから、凪沙は自分でも驚くぐらい鮮やかに意識を手放して見せたのだった。ああ、そういえば昨日は御幸に抱き潰されて、朝方まで寝かせてもらえなかったっけ、と今更なことを思い出しながら──。



***



「はっ」

「お、起きた」

 気付けば凪沙はベッドで寝息を立てていた。御幸はTVをつけて先日の試合をチェックしていたらしく、せっかく来てもらったのに申し訳ないな、なんて思いながらベッドから這い出る。

「ごめんごめん。ちょっとうとうとしちゃった」

「いーって。無理させた俺が悪いんだし?」

「……自覚あるなら、もちょっと早く寝かせて欲しいかなあ」

「久々だったし、つい」

 そんなことを言われてしまえば「しょうがないなあ」と甘い顔をするから御幸は何度となく長い夜に誘うことに、凪沙はあまり気付いていなかった。ベッドの上でぐっと伸びをして、視界の端に充電器に刺された自身のスマホが見えた。

「あ、充電ありがと」

「いえいえ」

 御幸はTVを見たまま静かに返す。こういう細やかな気遣いが、素直に喜ばしく思う。スマホに手を伸ばし、時間を確認する。なんと二時間も眠っていたらしい、のだが。何故だろう、SNSの通知が山ほど来ている。友人たちからの『いいね』が一体何を指し示すのか理解できず、寝ぼけ眼で投稿したページを開いて──眠気が吹き飛んだ。

 そこには、『芸術的な寝癖』という一言と共に、自身がうつ伏せで寝入っている姿が投稿されていた。くしゃくしゃになった髪の毛とベッドしか見えないようなアングルで、顔も部屋の私物も何も見えない。だけど、すよすよ寝入る凪沙が枕にしているのは、どう見ても男の二の腕で。

「──いー感じだろ、匂わせ写真」

 スマホ片手にフリーズする凪沙に、犯人は実に楽しげにそんなことを言ってのける。おかげで友人たちから『おっ惚気か?』『仲良さそうで何より』『有言実行かよ!』なんてコメントが山ほどついている。普段食べ物の投稿ばかりの凪沙が、どう考えても男と同衾している写真を投稿したのだ。そりゃコメント欄はお祭り騒ぎである。中には御幸との関係を知っている高校時代の友人たちまで『ついに結婚か』『式は日本でよろしく』『ついでに良い人紹介して』なんて茶化すようなコメントをつけていて。

「──〜〜〜っ成り済まし禁止ですッ!!」

 恥ずかしさやらパニックやら、凪沙が喉の奥からそんな叫びを絞り出すころには、『いいね』の通知欄はパンク寸前で。どこが『いいね』なんだと、凪沙は週明け会うはずの友人たちに、なんと弁明したものかと頭を抱える羽目になった。

(匂わせ写真でSNSを賑わす話/プロ2年目秋)

*PREV | TOP | NEXT#