※おお振りクロスオーバー ※が、いうほど振りキャラは出てきません ※おお振りキャラの未来ド捏造 ※あったかもしれないし、なかったかもしれない半ifストーリー ※なので読まなくても特に問題はないです ※何でも許せる方向け 田島悠一郎は、小柄である。男性として、ではない。アスリートとして、である。 プロ野球選手の平均身長は、おおよそ百八十センチといわれている。成人してなお、田島の身長は百七十を超えなかったため、屈強な選手たちに並んで整列すると、彼は頭一つ分小柄に見える。ただ、内野手に限っては小柄な選手は決して珍しくない。輝かしいタイトルを獲得する選手たちの中にも、そういった小柄な男は決して少なくはない。ただ、やはりフィジカルでやるスポーツと言われるだけあって、低身長は基本的に不利である。守備はまだしも、打撃面ではどうしたって長打が出にくい。事実、田島の高校通算本塁打は片手で足りるほど。小柄ながらに類稀なるセンスを発揮し、下位指名とはいえ、プロ野球選手として厳しい身とを歩み始めた田島だったが、長打が正義とされるプロ野球選手において彼の名は歴史の波に埋もれると、多くのスカウトたちは思っていた──はずだった。 「元希! 田島だからって逃げんなよ!」 「わ、分かってるっつの……!」 ほんとかよ、と御幸は嘆息する。プロに入って一番組む機会が多かった榛名の性格はよく分かっている。ここぞという場面、打たれたらまずいというその一場面で打ってくる打者というのは、必ずいる。投手も肌でそれが分かるのだろう。頭ではゾーン内で勝負しなければならないと思っているのに、どうしても気持ちが逃げてしまう。そうして結果的に出塁させてしまえば、向こうの思うつぼ。田島は足があるし、刺せなければ結果的に長打になってしまう。榛名はフィールディングが上手い方ではないし、御幸の肩を以てしても田島の足は止まらない。何より、あの目はこっちの癖を盗みかねない。彼女によく似たあの『目』の厄介さは、御幸もよくよく知っている。 「セケンって、案外狭いよな」 独り言のように呟きながら、榛名は寮の食堂で天井を仰ぐ。それが何にかかっているのか聞くまでもなく、御幸も夕食をトレーに乗せながら全くだとばかりに頷いた。 投手陣の誰に聞いても、三割数十本の強打者よりも、メジャー帰りのベテランよりも、今月の田島悠一郎を嫌だと言う。その小柄な身体で球界入りした少年は瞬く間にそのセンスで頭角を示し、プロ入りたった二年で最多安打賞を勝ち取り、今じゃ首位打者・盗塁王も争っていた。これほど嫌な一番打者もいない。そんな田島と榛名は、かつては同じ地区内で甲子園出場をかけてしのぎを削った仲である。そんな田島の従兄妹である天城凪沙は、榛名の相棒たる御幸一也の恋人なのだ、世間は狭いなんてものじゃない。 「そういや、一也がワンコと結婚したら、田島も親戚か」 「まあ、そういうことになるな」 「ワンコ視点もすげーな。旦那もイトコも野球選手って……」 「本人もアスリートになれば、もっと面白かったんだけどなー」 素質はある。彼女なら何にだって、成れたはずだ。他でもない凪沙が、アスリートの道に背を向けただけで。今でも、少し惜しく思う。彼女は世界にだって羽ばたけたはずだ。その素質が、田島悠一郎を通してヒシヒシと伝わる。田島家が本流と聞くが、彼らの血筋は運動神経極振りだと聞く。親戚にもサッカーだの野球だの経験者が多く、プロではないにしろ、それを生業にしている者もいるという。 「それに、アイツも来そうだし」 「アイツ?」 「天城家秘蔵の甥っ子。投手やってるんだと」 「ほんとえげつねーなワンコ家系。その甥っ子、いくつ?」 「えーと……今年中学だったハズ」 確か神奈川に住んでいると聞いている。御幸はさっさとカレーを胃袋に押し込めてから、スマホで検索する。神奈川、シニア、天城和哉──必要なワードを打ち込めば、容易く求める情報が入手できる。身長、体重、戦績、所属のボーイズ。全部出てくる。 「──げ、こいつもう百七十八もあるのかよ」 「は? 中坊だろ馬鹿言う──ハ!? これワンコの甥っ子!?」 スマホを覗き込む榛名が叫ぶ。彼女には全く似ていない精悍な顔つきの少年が、大きく振りかぶった写真が強豪ボーイズのホームページに掲載されている。この年でもう高校時代の御幸の身長に並んでいる。おまえを倒すと少年漫画のようなセリフを顔を合わせるたびに叫ぶ少年は年々身長が高くなっているとは思っていたが、こんなに伸びていたのか。榛名も驚きと関心を要り交ぜたような顔でラッシーを飲み干す。 「可愛げねーツラ、ワンコにも田島にも似てねーな」 「母親似なんだよ、義姉さんすげー美人でさ」 「へえー……お、戦績もそう悪くねえな。お前から見てどう?」 「センスはある。あと、投手向きの性格してる」 「っつーと?」 「我儘、人の話聞かない、ワンマン」 「オイ」 「誰もお前だって言ってねえよ」 まあ、榛名にしろ和哉にしろ──何なら降谷だの沢村だの成宮だの、みんなそのケがある人種だ。或いは、そういう人種しか投手なんて重労働を笑顔でこなせまい。やいのやいの騒ぐ榛名に、御幸は辟易しながら溜息を零す。 「とにかく田島な。お前最近、田島相手に肩の力入れ過ぎなんだよ」 「ぶっちゃけ、最初はンなことなかったんだけどなー」 「まー、今月打率四割超えてるらしいし、そういう『モード』なんだろうけどさ。せめて構えたところには投げろよ、ただでさえノーコンなんだからよ」 「オメーも毎回毎回タカヤみてーなこと言うなっつの!」 タカヤ、という名前も榛名と組むようになってよく聞くようになった名前だ。アキマル、もだ。どちらも榛名にとっては大事な相棒だったようで、事あるごとに比較される。比較されたところで優劣を付けられているとは思わないが、 「お前ホント好きだよな、その『タカヤ』って奴」 「認めたかねーけど、下手すりゃプロより性格悪いリードすっからな」 「何度聞いても、元希と気が合うとは思えねーわ」 榛名の語るタカヤは『俺のリードの通りに投げろ』とばかりの主張の激しい捕手だ、というのが御幸の印象だった。そういう力関係のバッテリーもあるだろうし、コントロールのいい投手ならまだ分かるが、榛名はそのどちらにも該当しない。シニアからの付き合いだと聞いているが、よくまあ何年も組んでいられたな、と思う。そんな御幸の表情を読んでか、榛名は不快そうに顔を顰める 「まー、喧嘩ばっかだったけどな。試合後なんか毎回怒鳴り合いしててさ」 「すげーな、タカヤって後輩だろ? 投手立てねえ捕手とか、一番相性悪そうじゃん、お前」 「……俺もガキだったしなー。ガキ同士、色々噛み合うとこあったんだろ」 御幸にしてみれば、投手の言いなりになるつもりはないが、やはり投手あっての野球である。投手を立てない捕手のあり方には些か疑問を抱くが、榛名も我の強い投手だ。これが認めているのだから、榛名にとって『タカヤ』もまたいい相棒だったのだろう。まあ、自分が劣っていると認めるつもりは微塵もないが。 「そんで田島とタカヤが同じ高校なんだっけ」 「田島なんかぜってーもっといいスカウトあっただろうにさー」 「そういや、青道にも声かけられたって言ってたわ。元希もスカウトぐらいあったろ」 「つっても、シニアじゃ関東大会止まりだったしなー。お前は青道と稲実だけ?」 「ま、鳴が勝手に声かけてきただけだけどな」 「成宮もスゲーよな。お前らシニアで組んでたわけじゃねーんだろ?」 「高校の頃に一回だけ東京代表戦で緊急登板したぐらいだな」 「あいつはあいつでオメーへの執着心どうなってんだよ……」 「知らねえよ」 思えば成宮とはただの一度も公式戦で組むことはなかった。シニアも違えば、高校も違い、更には互いにプロに進んだのにリーグさえも違う。もうオリンピックかWBCぐらいしか組む機会がないのに、成宮はポスティングしてでもメジャー行きすると公言しているし、下手したら一生組む機会がないかもしれない。なのに昔からお前と組めればだの稲実に来いだの御幸を勧誘し、ドラフトでリーグが分かれた時には理不尽な怒りをぶつけられたほどだ。ただでさえ降谷や沢村にも執着されてるのに、成宮もこれでは、ネットの一部では御幸はゲイだとまことしやかに囁かれている。なお、その記事を見た恋人の天城凪沙は一言、『しゃーない』と呟いたのだった。しゃーなくあるか。 「御幸! 榛名! いつまで飯食ってんだ! ミーティング始まるぞ!」 「「ウ、ウス!」」 そんな先輩たちの叱責に、二人は慌ただしくトレーを持って立ち上がる。過去を振り返っている暇はない。一日先でさえ、見通しの立たない職業だ。一球、一打──たった一つのプレーで、全てを得ることはなくとも、全てを失うこともある。しかし、失わなければ、戦い続ければ、人一倍の名誉を得る職でもある。集中、と二人はデザートのフルーツを胃に収めてから、大急ぎでミーティングルームへと急いだのだった。 そして翌日、スーパーモードの田島を前に成すすべなくマルチ安打を許し、苦い顔の監督はすぐさま榛名を引きずり下ろした。『あのハルナサンから打ててサイコーでした!』と叫ぶ田島の声を聞きながら、スタンドで可愛い恋人とその甥っ子が田島のタオルを掲げている姿を目撃した御幸の機嫌は、一週間治ることはなかったとか。 (プロ入りした田島と戦うお話/プロ4年目夏) |