御幸一也に会いに行く

 御幸一也は苛々していた。遠征先のホテルで一人、苛立ちを紛らわそうとTVを見たりトレーニング動画を真似したり対戦相手の情報精査をしたり、とにかく手あたり次第何かしら行動していたが、どれも集中できない。おまけに、周囲の部屋ではデリヘルだかなんだかを呼んでシケ込んでいる──流石に音は聞こえないが──というのだから、御幸のフラストレーションは爆発寸前だった。理由はシンプル、恋人に三か月以上会えていないのである。

 こういう仕事なのだから、ある程度は仕方ないと割り切っていたはずだ。とはいえ、お互いの都合が中々かみ合わず、三か月も会えないなんて彼女と出会って初めてだった。高校時代は付き合っていなくても毎日顔を合わせていたし、プロになってからも何だかんだ月に一度ぐらいは会えていた。それが、彼女のテストや試合の遠征やらでどうにも会えない日が続き、気付けば三か月も経過していた。

「(……はあー)」

 性欲がどうとかではない。ただ何をしていても満たされないような感覚が続くのだ。試合に勝っても、どこか物足りない。まるで心臓に穴が開いてしまって、充足感が水漏れしているかのようだ。試合に影響は出さないよう律してはいるものの、その強靭な精神力もいつまで続くか分からない。一番厄介なのは、仲間内にもその苛立ちが伝わっているのか、妙な気を回してくることだった。それも、御幸には望まない方向で。

『なあ御幸、お前も呼ぶ?』

『何をっすか』

『言わせんなよオンナだよオンナ。溜まってんだろ』

『……そーいうのは間に合ってるんで』

『堅いこと言うなって!』

 そうやって先輩たちに囲まれてしまい、御幸は心底辟易した。コーチ陣曰く『昔よりはマシになった』らしいが、それでもスポーツ選手の女遊びは激しい。デリヘルならまだいい方だ、現地妻、合コン、ナンパなどなど。既婚者だろうが彼女持ちだろうがお構いなしだ。

『……俺、彼女いるんで』

『誰にも言わなきゃバレねーって』

『そういう問題じゃないです、浮気は御免なんで』

『浮気じゃねーって、ただの夜遊びだよ!』

『それ、奥さんにも同じこと言えるんすか』

『う……』

 この気さくな先輩もまた、既婚者だ。何なら産まれたばかりの子どももいたはずだ。なのに『これ』なのだから、うんざりする。ただ、幸か不幸か御幸のノリの悪さはチーム内でも周知の事実、真顔で突っぱね続ければ彼らも早々に諦めてくれたのは幸いというか。

『カノジョ──ワンコとは、しばらく会えてねえの?』

『……まあ、そんなとこ』

 ファームにいた頃、足しげく球場に通っていた凪沙『今日のワンコ』と称していたことを知っている者は、一軍には少ない。一緒に一軍入りしたこの投手は、その数少ない相手の一人だ。コンビニでばったり出くわしたこともあるらしく、凪沙とも顔見知りだった。

『お前は? 部屋に誰か呼ぶのか?』

『ンー、俺もいいかな。明日登板予定だし』

『それ関係ある?』

『そういうのは溜め込んどけっていうだろ』

『科学的には試合の前日はヤッた方が良いって言うけどな』

『え、マジ? だったら俺も混ぜてもらおーかな』

 いきなり手の平を返す相棒に、暢気なものだと嘆息する。先パイ俺もいーっすかー、とデリヘルを呼ぶ先輩たちのところで突撃する投手の背中を見送り、御幸は一人部屋に戻る。一昔前ならまだしも、昨今は選手一人に一部屋与えられるのだからありがたい。こういう時、球団がどれだけ金を持っているかを見せつけられる。

 一人部屋で広いベッドにごろりと寝転ぶ。話に出してしまってから、凪沙に会いたいという気持ちが募る一方だ。電話しようかと携帯に手を伸ばすも、そういえば彼女はサークルの一環で旅行中だったはず。せっかくの女子会に水を差すのは悪いかと、電話帳ではなく彼女とのメール画面を開く。何年分ものメールが詰まっており、それを見るだけで満たされ──はしなかった。だめだ、彼女らしい一言メールを見ているだけで、会いたくなる一方だ。せめて一目だけでもいい。

「……“今”、か?」

 その瞬間、閃きが走って御幸はがばりと起き上がった。そうだ、この瞬間以上に『今』はない。緊急事態だ、三か月だぞ。御幸の言い訳は途端に正当化されている気分になる。いや、別に悪いことをしようとしているわけではない。凪沙が知ったら、たぶん、いやきっと、微妙な顔をするだろうが。

 というのも、御幸には秘密兵器があった。ただそれが具体的に何なのか、御幸は知らない。中身を見ていない──もとい、見せてもらえなかったからだ。だが、それが『どういうもの』かは知っているが。故にこそ、それを使うタイミングは今しかないと思っていた。凪沙からは『絶対に見ないで』『後生だから消して』『見たら同じ目に遭わす』など、中々物騒なことを言われたが、背に腹は代えられない。凪沙だってそれを分かっているからこそ、御幸がそれを保持することを渋々了承したのだから。

 それが何かというと、この携帯の中に一つだけある動画ファイルである。五時間近くあるその動画データの容量はすさまじく、携帯容量の三分の二を占めているほど。その中身はと言えば、要はハメ撮りしたものである。当然、相手は凪沙とだ。しばらく前、御幸は二十歳になった記念に凪沙と酒を飲んだ。チューハイやらビールやらに交じってワインを飲んだのが運の尽き。御幸の記憶は完全に彼方へ吹っ飛んだ。だが、その記憶はこの最新機種の携帯にしっかり録画されていたらしい。恐らく自分が彼女に頼み込んだのだろうが、当然その記憶はない。何があったか自分と違って記憶がしっかりある凪沙は語ってくれなかったが、この膨大なデータを消して見ないでと騒ぐ彼女を見て、相当すごいことをしたのだと想像はつく。

「……よ、よし」

 繰り返すが、悪いことではない。凪沙は消してくれと懇願したが、こういう事態の為に残しておきたいという御幸の言葉を彼女は渋々承諾したのだ。ただ、『同じ目に遭わす』という凪沙の脅しのせいで、中々ファイルを開く機会がなかっただけで。大丈夫だ、これは緊急事態。凪沙だって分かってくれるはずだ。そう思って動画ファイルを開く。ボタン一つ押すだけで、御幸が失った五時間分の記憶を見ることができる。ばくばく、と心臓が早鐘を打つ。記憶はなくとも、何をしていたかは凪沙の反応見て大体理解している。自分たちの行為を客観的に見るなんて初めてだ。中々どうして、興奮するというものだ。そうして、再生ボタンに恐る恐る手を伸ばす、と──。

「うわっ!?」

 ブーブー、と突如携帯が震えだし、御幸は驚きのあまりベッドに携帯を取り落とした。どうやらメールを受信したようだ。このご時世、メールを使う相手は限られている。加えて夜のこの時間、恐らく相手は凪沙だろう。用があろうとなかろうと、一日二回送られてくる彼女からの連絡だ。

 少々気は削がれたが、恋人からの連絡は素直に喜ばしいものである。少し罪悪感はありつつも、メールを開く。彼女からのメールは、いつも簡潔だ。大体一文か二文ほどしか書いていない。だから今日のメールもまた、シンプルなものだった。のだが。

『外見て』

 たったそれだけ。シンプルなメールが多い彼女ではあるが、流石にここまで短いメールは初めてだった。全く要領得ないけれど、何やら胸騒ぎがする。まさか、けれど、旅行って。そんな思いでカーテンをばっと開ける。週刊誌対策でカーテンはしっかり閉めるよう言われていたが、御幸はそんなことも忘れてベランダに飛び出す。まさか、まさか、まさか。そんな思いでホテルの下──入り口辺りを見る、と。

「──マジかよ……!」

 ホテルの入り口には噴水があり、その周りをぐるりとバスや車が行き交う。流石にこの時間なので人気はなく、それでも記者と思しき人間たちが、入り口付近に張り込んでいるのが分かる。そんな中で、噴水前に三人組の女性が見える。何十メートルも離れた場所にいるので顔はおぼろげだが、なんと全員見覚えがあった。御幸たちと同世代のマネージャー三人、梅本、夏川、そして恋人である天城凪沙の三人だった。全員キャリーケースを引いている。

 慌てて手にした携帯で凪沙に電話をかける。噴水前の凪沙は驚いたようにポケットを漁り、電話に出る。ただ、互いに顔を見ない。御幸は気分転換を兼ねて暗い夜空を見上げる。

『びっくりした……どしたの?』

「いやいやこっちのセリフ! おま、なんで、旅行って」

『旅行だよ。行き先が球場だっただけ〜』

「マジか……」

『驚いた?』

 どうやら、御幸を驚かせたくてこのようなサプライズを企てたらしい。電話口の凪沙はくすくす笑っている。驚いたなんてもんじゃない。夢でも見ているかのようだった。

「すげー驚いた……なんでここにいんの?」

『そりゃあ、しばらく会えてなかったので、顔だけでも見れたらなーと』

「で、梅本たちも巻き込んで?」

『そうそう。テスト終わって旅行しよーって話だったから、ワガママに付き合ってもらっちゃった』

『別にワガママじゃないって!』

『そうだよ、私たちも試合見に来たかったしさ!』

 電話の向こうから、懐かしい声が聞こえてくる。こうしていると、あの頃に戻ったようだ。卒業して数年しか経っていないのに、ずいぶん遠くに来てしまった気がする。実際そうなのだけど。現に、友人たちや恋人がこんなに近くに来ているのに、すぐ傍に行くことすらままならない。ホテルの周りには記者が張り込んでいる。下手に証拠写真を撮られてしまえば、球団に迷惑がかかる。凪沙もそれが理解しているから、何気ないふりをして電話をするのだ。決してこちらを、見ないように。

「お前ら、ホテルは此処?」

『うん、そうだよ。まあ、別館なんだけどね』

「……そっか」

『この時期は流石にねえ。ファンの人も球団関係者も、みーんなここ押さえてるんだし』

 遠征先のホテルは大体球場に近い。何十人もの選手が寝泊まりするのだから、マスコミや試合観戦に来るファンもまた同じホテルを押さえるのがセオリーである。故にこそ、近くにいても顔を合わせることができない。誰に見られているか、分かったもんじゃないからだ。

 一目でいいから会いたいと、思っていた。けれどこうして遠目で会えてしまうと、もっと近くで、と欲に火が点いてしまう。部屋から飛び出せば一分と経たずに抱きしめることができるのに、立場がそれを許さない。くそ、と悪態が漏れる。電話口の凪沙は苦笑を噛み締めたように言う。

『ごめんね。一目でいいから、会いたくて』

「……ああ、俺も」

『明日の試合、頑張ってね』

「とーぜん。そういや、席どの辺?」

『どこだっけな……さっちん明日の席どの辺だっけー』

 電話の向こうで、梅本たちがごそごそ荷物を漁る音が聞こえる。どうやら中々いい席を取ったようで、所謂S指定席だった。学生には中々手が出ないと凪沙が悔しそうにしていた筈だが、どうやら奮発したらしい。明日、恋人が見守る中で無様な姿は見せられない。気合を入れねばと御幸は大きく息を吸って、吐き出す。

『……そろそろ、行こうかな』

「ん、分かった。ありがとな、わざわざ」

『いえいえ。私が来たくて来たんだから』

 ちらりと噴水の方を見ると、噴水に腰かけていた凪沙がぴょんと飛び降りたところだった。名残惜しいが、ホテルに入らず入り口でたむろしていれば不審がられてしまう。何も今生の別れではないのだ。自分の為にも、彼女の為にも、ここで解放してやらなければ、この何年も耐え忍んできた努力が無駄になってしまう。だから。

『またね』

「ああ、また」

 そう言って、電話を切る。ベランダに背を向け、御幸は部屋に戻る。もう、凪沙の方は見なかった。これでいいんだと、自分に言い聞かせて。一目会えた。声も聞けた。三か月ぶりに、だ。だったら、これで十分じゃないか。これ以上を求めるには時期早々なのだ、きっと。

 その時、近くの部屋からどたんばたんと大きな物音がした。どこの部屋から聞こえたかは定かではないが、どんなプレイをしているのかと心底呆れた。こちらは愛する恋人と顔を合わせるのも控えているというのに。募る苛立ちはプレイに支障が出る。せめて睡眠だけはたっぷり取って、明日に備えようと御幸は寝支度を始める。そうしていざ就寝、と明かりを消そうとしたその時──。

『御幸ッ! おい御幸開けろッ!!』

 ドンドンと部屋の戸を叩く、相棒の声に大きなため息が漏れた。一体何の用だ。今日はもう誰にも会いたくないというのに。無視してベッドに入りたいところだが、腐っても相手は投手である。へそ曲げられて明日のコンディションに響いても面倒だ。嫌々、本当に嫌々御幸はベッドから降りると、部屋の入口へ向かう。どうせこのフロアは丸ごと球団が貸し切っている。外の様子も見ずに、御幸はドアを開ける。

「うるせーな、何だって──」

 そんな文句は、目の前に広がる光景に喉奥に消えた。御幸の目の前には、妙にニヤつく相棒や先輩たちのに挟まれて、キャリーケースを携えた凪沙がいるのだから。誰に対しても物怖じしない彼女が、今は借りてきた猫のように委縮しきっており、実に居心地悪そうだ。

「なっ──おま、なんで!?」

「オメーがワンコと電話してんの聞こえてさあ」

 ニヤニヤ気味の悪い笑みを浮かべながら肩に肘を置く相棒。そうか、部屋の壁は厚くともベランダはその限りではない。少しでも窓を開けていれば御幸が誰かと話していると、気付くのはそう難しくはない。御幸自身、一応誰に聞かれてもいいよう彼女の名前を呼ばないよう、無難な言葉を選んだつもりだったが、まさかよりによって仲間たちに聞かれていたなんて。

「なもんで、俺らでワンコを捕まえてきたってワケ」

「つ、捕まりました……」

「おま、捕まりましたって……夏川と梅本は?」

「今日取ったホテル行くって……置いてかれた……」

 気を利かせたチームメイトにあっさり捕縛された凪沙は、あれよあれよという間にここに連行されてきたのだろう。容易に想像できる。ニヤつきながら立ち去る夏川と梅本の顔も、だ。

「せっかく会いに来たカノジョを返すなんてお前それも男かよ!」

「そうだそうだ!」

「ワンコちゃんが可哀想だと思わねえのか!」

「そうだそうだ!」

「ってことで後はワンコちゃんとよろしくやれよ!」

「そうだそうだ!」

「ちょちょちょちょちょっ!!」

 そんな学生気分のプロ野球選手たち、揃いも揃ってニヤつきながら凪沙の背を押して御幸を部屋に押し込むとそそくさと退散していった。

 ばたんと締まるドア。目の前には、気まずそうな表情のまま視線を泳がせる凪沙だけ。先ほどまでの騒がしさはどこへやら、しんと静まり返る室内。とりあえず、カーテンがしっかりと閉まっていることを確認して、ひとまず凪沙の腕を掴む。

「えっ、あの」

「……とりあえず、座ったら?」

「う、うん……」

 緊張してるのか混乱しているのか、凪沙の表情は硬い。それでも腕を引けば、のろのろとついてきてくれる。正直、御幸も混乱していた。心の準備というものが何一つできていないのに、会いたいと願っていた恋人が現れて、あまつさえホテルに二人きりなのだから。そういえば、何だかんだ凪沙と旅行をしたことがない。お互いそこまでアウトドア派ではないので、いつもデート場所は凪沙の家になってしまう。こうして外で会うことは稀だし、ましてホテルなんて初めてだ。どうにも意識してしまう。

「あいつらには、なんて?」

「え、えっと……あの投手の人に最初見つかって、部屋行けって言われたから断ってたんだけど……そのうち何人も人がやってきて、『こんだけ数いれば、マスコミだって誰の恋人か特定できないだろ』って……」

 プロ野球選手と女性の密会の写真は何度だって週刊誌を騒がせてきた。だが、一人の女性に何人ものプロ野球選手がたかっているのを見れば、流石に『誰かの恋人』だとか『密会』には見えないだろう。第一、何もホテルに出入りするのは凪沙だけではない。何百、何千人の宿泊客がいるし、女性の球団関係者だって別段珍しくはない。凪沙は特別目立つ容姿ではないし、奇妙には思われるだろうが身元や御幸との関係を掘り下げられる可能性は低い──と信じたい。

「えーと……わ、私、いいのかな、此処いても……」

「……いいんじゃねえ? あの人らもデリヘルとか呼んでるみてーだし」

「そ、そっか……そうだよね、そういうこともあるよねっ……」

 まずいことを聞いたとばかりに、凪沙はさっと目を逸らす。しまった、余計なことを口走ってしまった。

「俺はそういうのは──呼んで、ねえから」

「……知ってる。さっき、あの人たちが教えてくれた」

 照れたようにはにかむ凪沙に、余計なことを、と御幸は呻く。どうして人のことをペラペラ喋るのか。ベッドに座って項垂れていると、しょざなさげに立っていた凪沙が恐る恐る隣に腰かけてきた。ぎしりと、二人分の体重を受けて沈むベッドに、ドクリと腹の底が疼く。

「……うへへ」

 隣に座る凪沙が、照れくさそうに微笑む。太ももが、肩が、腕がぴったりとくっつく。ずっと求めていた温もりがそこにある。衝動のまま肩を掴んで抱き寄せれば、凪沙の細腕もまた御幸の背中に回される。

「会いたかった」

「俺も、会いたかった」

 ずっとこの温もりと匂い夢見ていた。それが今、この両腕にある。会いに来てくれたこと、この部屋に赴いてくれたこと、こうして抱きしめてくれたこと──その一つ一つが彼女の愛情として感じる。たった三か月、されど三か月。変わらぬ恋人からの愛情が、ただ嬉しい。こんなにも、満たされる。

「で、でも、こんなつもりはなかったんだよ?」

「……あの人らも、たまには役に立つってことで」

「週刊誌とかで騒がれちゃったらどうしよう……」

「そん時はきっちり責任取る」

「ええー、首脳陣が何て言うかなあ……」

「もう新人ってわけじゃねえし、大丈夫だろ」

「でも、球団側はまだ伏せときたいんじゃない?」

「そこは人権優先ってことで」

「……まあ、人気よりも実力あれば大丈夫かあ」

 既に主力として機能している御幸だ。人気でも売り出してはいるが、交際やら結婚やらで過激なファンが減ったところで、グッズの売り上げに多少影響が出る程度だろう。寧ろ、高校から付き合っていた恋人と晴れてゴールインなんて、今日日中々聞かない純愛である。先の通り女性関係にはお世辞にもクリーンとは言い難いプロスポーツ業界なのだ、寧ろ好印象だろう。

「だから、さ。今日は此処にいろよ」

「……帰す気なんて、ないくせに」

「知ってた?」

 そう言ってベッドになだれ込む二人を、誰も止める者はいない。結局、周りの部屋の騒ぎなんか気にならないほど大いに盛り上がった二人。翌日の練習中これ幸いとばかりにからかい倒されることになるのだが、それすら笑顔で乗り切るほど充足感に満ち満ちた御幸は、清々しいほど見事な三ランホームランを叩き込み、足のあるチーム相手に二度も盗塁を刺して見せたのだ。攻守ともにめざましい活躍をする御幸を見て、『さっさと結婚させた方がいいのでは?』と首脳陣の間でまことしやかに囁かれたのはまた別の話。

 なお、凪沙が大勢のプロ野球選手に囲まれて遠征先ホテルに連れ込まれている姿はしっかり激写されていたため、顔にモザイクをかけた状態で『謎の少女、一体誰の愛人か』などという下世話な記事で一時期ネット上で騒がれた。しかし、その写真はどう見ても凪沙が幾人もの選手に両腕を拘束され、文字通り引きずられてホテルに入っているシーンだっただため、『誘拐で草』『誰かの家族だろこれ』『ドナドナ』などと称され、御幸や球団に対するダメージは特になかったとか何とか。

(遠征先に凸されたお話/プロ3年目夏)

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