ベストフレンド粉砕打法

コレの続き(別ver)














 多分、自分が好きになった人は最高に男を見る目があったのだろう。尤も、それが報われるとは、限らないわけだが。

「へー、もっと泣き喚いてるもんかと思ってた」

 あれだけ表情豊かな彼女のことである。好いた相手に恋人がいると知ったら、もっとワンワン泣いているものと思っていたのに。

 プロ野球選手としてドラフト指名されてから、御幸はとんと学校に来れなくなった。だから彼女の長ったらしい恋愛相談を耳にしたのは、もう数か月も前のこと。その時は卒業式に玉砕覚悟でゾノに告白するんだとか豪語していたが、聞くところによるとそんな彼女の意気込みを砕かんばかりのタイミングで、前園は以前より懇意にしていたバドミントン部の副部長と清く正しいお付き合いを始めたらしい。それを目の当たりにし、告白するよりも先に恋に破れた女の顔を一目見てやろうと、あわよくば一言余計なことも言ってやろうと思っていたのに。

 なのにこちらに気付いて振り返る少女の目に、涙はなかった。

「み、御幸……」

「なんだよ、芸術級の泣き顔見に来たのに」

 ただでさえ、卒業式の第二体育館の裏手という人っ子一人来ないような場所で一人膝を抱えて蹲っているのだから、さぞ傷心のまま嘆いているのだと予想していたのに、外れてしまったらしい。これは少々、肩透かしだ。なにせ今日は、その弱味に浸け込みにきたのだから。

 そんな御幸を、きっと誰もが浅ましいと指差すだろう。それでも、今日はもう卒業式なのだ。ドラフト一位指名され、すでにプロの道に進み始めた御幸はもはや『一般人』という枠組みから外れてしまった。手段を選ぶ時間など、もう数分だってないのだ。

「……御幸はほんと、優しいねえ」

 しみじみと噛み締めるように頷く女に、お前だけだと御幸は声を大にして言いたい。そうだ、いつだってお前だけだ。お前だから、わざわざキャンプを抜け出して卒業式まで来たのだし、取材やら後輩たちの見送りの合間を縫ってこんなところにまで足を運んだのだ。尤も、前園が好きだ好きだと騒いでは御幸相手に愚痴を零していた彼女が、そんなまめまめしい御幸の努力に気付くことは、あまりなかったのだけれど。

「御幸の優しさに、私、ずっと救われてたんだね」

 けれど、今日は少しばかり違う。少女は咲き誇るより前に散ってしまった梅の花を踏みしめながら、ゆっくりと立ち上がった。ふわりと揺れるスカートに、ぎくりと身じろいだ自分が心底悔しい。

 御幸は軽く咳払いをして、涙一つ浮かべないその人をちらりと見る。

「……だから、フラれても泣かないって?」

「変だよねえ。私、あんなにゾノのこと好きだったのにさ」

 不思議そうに、それでもどこか納得したような口調の彼女には、どこか諦観めいた空気を感じた。まあ、好きな相手にはもう既に好きな相手がいて、なおかつしっかり結ばれているのだから、彼女の入り込む余地は微塵にもない。だから諦めるという選択は正しいはずだ。

 だから『よかったな』と、一言添えればよかったのだ。あわよくば、『じゃあ次は俺の番』ぐらい言って、混乱する彼女を置き去りにしてキャンプ地に戻るつもりだったのだ。この二年、こっちの気も知らないで好き勝手振り回してきたのだ、少しは御幸の気苦労も知ればいいと。そんな風に思っていたのに。

「ゾノとは、友達になれる。でも、御幸とはなれない」

「は──」

「もう友達じゃヤだって、気付いちゃった」

 そんな風に零して、真っ直ぐ向き合ってくる彼女の言葉が理解できず、呆然と立ち尽くした。九回裏ツーアウト、なんならツーストライク・ノーボールまで追い詰めたはずだった。好き勝手ぶんぶんバットを振り回してくるその人に、一球遊び球を放るだけで終わるはずだったのに。


「いつからだろ──私、御幸のことが好きなんだ」


 なのにどうして、ここから逆転ホームランを打ってくるのだろう。

 もう、言いたいこと聞きたいことがありすぎて、脳内がパンクしそうだった。おせーよとか、今更とか、いつからとか、なんでとか、どうしてとか、どこがとか、疑問は尽きることなく火山のように噴火する。

「ごめん、ずっと相談乗ってもらってたのに、こんな──それでも、それでもさ! 私、ちゃんと言いたくて──だって、最後じゃん!」

「──、」

「ずっと友達って言ったのに、嘘吐いて、ごめん──でも、私、言えないまま終わるのは、もうヤだ!! ごめん、ごめん──御幸、ごめん……!」

 悔しそうに歯噛みして、それでも真っ直ぐに声高々にその思いを吐露する人を、御幸はただ呆然と眺めることしかできなかった。あれだけ語っていた前園への愛情はなんだったんだとか、なんだって卒業式に言うんだよとか、それ勘違いじゃなのとか、本当に大声で言ってやりたいことは山ほどある。

 なのに、なのに。

「おれ、も、すき」

 ──彼女の腕を取って、その一言を絞り出すだけで精一杯だったのだから、嗚呼、全く。恋愛なんて、友情なんて、本当の本当にくそくらえだ。なのに、これまで散々見てきた彼女の『恋をする』顔がこちらに向けられたその瞬間、そんな不平不満は噴火のようにどこかへ吹っ飛んでいってしまったのだった。

 この日ばかりは、確信ホームラン歩きされた時の投手の気持ちが嫌ってほど分かった。



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