明けの明星は幾度の冬を巡るのか


※だいぶデリケートな話になってる
※学術的根拠はあまりないけどそれっぽいこと抜かしてるように見えるが気のせい
※何を読んでも不快にならない人向け
これと同じような感じだけど、時系列的には結構前

※苦情は 一切 受け付けない













































「ぐ、あァア、ア……ッ」

 長い長い航路の果て、食糧補給のために停泊した島は取り立てて珍しくもなんともない場所だった。けれど、シャンクスと夜を超すには十分すぎるぐらい立派なホテルがあったから、良しとしようと思っていたのに。長すぎる夜が更けた後、そんな苦しげな呻きに意識がふっと引き寄せられた。あれほど疲れさせられたというのに──何故、などという野暮な質問は“偉大なる航路”に沈めておいてほしい──、不思議と目は冴えていた。

 視界は暗い。彼の影がぼんやりと浮かんでいるのが分かるぐらいには。薄目でも分かる、わたしを抱いて穏やかな寝息を立てていたシャンクスが今、息も絶え絶えに呻いている。宝石のような赤い髪が額に張り付いていて、閉じられた瞼にも伝うほどの脂汗。そして眠っているはずなのに、彼は欠けた左腕を押さえつけている。腕の先が鬱血するほど強く強く握り潰し、時折寝返るその横顔は、こちらが泣きたくなるほど険しくて。嗚呼まるでたった今、その右腕を切り落とされたかのように。まるで今も尚、その腕から溢れんばかりに血が噴き出しているかのように。まるで今の今まで、その傷痕がぱっくりと開いているかののように。

 彼の人を苛む病の名を、“痛み”という。

 ──こんなシャンクスを見るのは、初めてではない。彼と思いを遂げるその前より、知っていた。だって、それこそ彼らはわたしを10代半ばの少女だと信じていた、故に彼とベッドを共にした日の数は、彼と恋仲になってから夜を超えた日よりもずっと多いのだ。気付かぬはずがない。知らぬはずがない。最初こそ、何かの病気かと思って驚いたものだ。けれど彼を起こしてみても記憶がないと言う。その言葉に嘘の匂いを感じなかったわたしが、悩みに悩んで船医にそのことを打ち明けたのは、つい最近の事だった。だって、あのシャンクスが。強くて、かっこよくて、偉大な船長が痛むはずのない痛みに苦しみ、夜な夜な魘されている等、一介の賓客であるわたしが、仮にも赤髪海賊団のクルーである船医に告げていいのか、判断付かなかったのだ。けれど恩人ではなく船長となったシャンクスを見て、わたしは迷いなくそれを船医に告げたのだ。彼を助けて欲しいのだと。けれど船医は首を振る。分かっていると。けれど傷は完治しているのだ、と。その二言に、わたしは彼の病の名を理解した。彼は、痛覚を幻視しているのだ、と。

 原因は分からないと、船医は言う。分からぬ傷は癒せないと、力なく語る彼をどうして責められよう。おまけに当の本人は全く覚えていないのだというのだから手に負えるはずもなく。

「(困るなあ)」

 昔読んだ本に、こんなことが書いてあった。『脳は自らの肉体を自らの所有物であると認識する力を持つ』と。そんな当たり前のことなのに、それが当り前じゃなくなるケースがあるなんてと、驚いたのをよく覚えていた。身体保持感という所謂自己認識能力は、意外にも容易く狂うのだという。身近な例を挙げると、映画などでグロいシーンを見て「痛い」と感じる、あの感覚だ。自分が痛みを感じているわけでもないのに、自分に似通ったパーツを持つ人類が目も当てられないほど痛めつけられているのを視認し、脳がそれを自己の痛みと認識してしまうのだという。なるほど、と分かるような、分からないような。難しいことを考える人たちはそんな当たり前のことまで研究するのか、当時はただそんなことを思っていた。

 痛みは脳が発するアラートだという。痛覚がなければ傷の大小が把握できず、命に係わるからだ。故にこの怪奇な現象は、備わっている生物としての機能が、致命的なエラーを起こしているのではないかと思うのだ。そこでわたしは考えた。姿無き傷に、無意識下で呻吟するシャンクスの脳は、痛みを幻視しているのではない。自らの腕を幻視ているのではないか、と。傷があるから痛むのではない。痛みがあるから苦しむのではない。自分の腕はあるはずなのに、そこに無い。あるはずのものが無いのなら、それは紛れもなく外傷なのだと脳が認識してしまっているのなら、その原因不明の幻覚にも説明がつくのではなかろうか、と。

 勿論わたしは脳科学者でもなければ認知心理士でもなければ、医者でもない。だから仮説が仮説の域を超えることはないし、原因が分かったところで船医にだって癒せる傷ではない。結局わたしは、幾夜を同じベッドで過ごしても、幻想に惑わされるシャンクスをただ見守ることしか出来ないのだ。

「(──ほんと、困るなあ)」

 さて、わたしが困り果てている理由は、何ものたうち回るシャンクスに睡眠を妨害されているから、などではない。勿論だ。瞼をきつく閉じ、歯を食いしばり、脂汗を浮かべる陸の上の恋人を、わたしはそっと抱き寄せる。その暖かそうな頭を自分の肩口に押し付けるようにして、彼を強く抱きしめる。そうしてわたしも彼に倣うように、幾度となく開きかける唇を、何とかして食いしばるのだ。

 困るのだ、本当に。たった一言、告げるだけで彼の悪夢を祓うことが出来るのに。存在しえぬ痛みを取り除くことも出来るだろうし、いっそその腕を元に戻すことだって難しくはないだろう。コトコトの実の力は、わたしが想像しているよりもずっと万能だ。望めば何だって叶う気がしてくるほど、この力は万能であり、絶対だった。この力に狂わされた先人たちの気持ちが、理解出来ぬと切り捨てるほどわたしも人間らしい傲慢さを捨てられていないと、自覚してしまうほどに。けれど、意識さえ失っている中でその痛みに耐え続け、悔い一つ残さずその腕を投げ打ったシャンクスに、どうしてそんな一言を告げられよう。どうして、彼の誇りに傷をつけるような真似が出来ようか。わたし如きの我儘で、幻視に蝕まれる彼の現実を、どうして否定することが出来るというのか!

 だからわたしに出来るのは、“本当”を告げるだけ。

無いんだよ・・・・・、シャンクス」

 コトコトの実の能力は恐ろしい。“万能”という力があるのなら、この力を示すのではないかと思うほどに。中でもこの能力の真髄は、『嘘を本当にする力』にあると、わたしは思っている。真実に逆らうことも、虚構を現実にすることも容易だ。それこそ、わたしは歌うように世界を火の海に沈めることだって出来てしまうのだ。

 けれど、例えば晴れの日の下でわたしが『晴れろ』と言葉を口にしても、空に変化が起こることはない。現実を現実のままに紡いだところで、何の変化も生じないからだ。故に真実だけは、わたしは胸を張って口に出来る。恐れることもなく、誰に遠慮することもなく、堂々とその音を舌に乗せることが出来る。

「痛むことなんか、無いんだよ」

 幻想を拒絶できないのなら。痛みを反転させることが出来ないのなら。認知を歪めることが出来ないのなら。わたしは何度でも、真実を告げるだけ。いつか彼が現実に気付いてくれるように。いつか彼の認知が正常に可動するように。いつか彼の痛みが、幻想だと受け入れてくれるように。

 わたしは言い聞かせるように、シャンクスをつよく抱きしめる。



「そんな痛みは幻想だよ、シャンクス」



 苦しむ恋人の前に為すすべないわたしの嗚呼なんと、もどかしいことか。

 万能の力も、奮えなければ無力と同じことなのに。



「全部ぜんぶ──わるいゆめ、なんだから」



 それはまるで、祈りのような言葉。そうであればいいと、そうであってほしいと思って、口にする真実でもあり、虚構でもある曖昧なワード。そのおかげかどうかは分からないけれど、歯が鳴るほど呻いていたシャンクスの呼吸が少しずつ、ほんの少しずつ、緩やかになっていくのが肩越しに分かった。同じシャンプーの匂いがする赤髪を梳いていると、その安らぎに感化されたかのようにわたしもうつらうつらと瞼が重くなっていく。

 そんな柔らかな眠気とは裏腹に、部屋の外は徐々に明るくなっていって、なんだかおかしくて笑ってしまった。東向きの窓からは、ぼんやりとした朝の光と、そんな空に一際瞬く星が見える。あの星が西に見える頃には、わるいゆめから醒めていればいいと思う。





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ユイさんから頂きました、100万hit記念リクエスト、
『口は禍のモト(シャンクスと夢主)の番外編』でした!
他のリクエスト夢がみんなギャグとかエロとかだったので
たまには真面目なお話を書いてみようかななどと。

有り余る力に、まだ向き会えていない頃のお話。
救える力があるのに、救えないもどかしさってどれほどか。
第一、シャンクスも痛むことがあったのかは、わたしの妄想だけど。
まあ、ほら。二次創作だから。そこはほら、ええやん。

リクエスト、ありがとうございました!
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