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あの罰則からしばらく経ったけど、ロックハートはあの時何が合ったのか覚えていないらしく「私を置いて帰るなんて酷い子だ」とウインクを飛ばしてきただけで、あとはいつものようにウザ絡みをしてくるだけだった。なんていうか、馬鹿でよかったなあ、なんて心底思った。

スネイプの方も、相変わらず視線を合わせずお互い何も素知らぬふり、といった感じだ。うーん、なんか腑に落ちないけど、まあいっか。奴との決着は、とりあえず閉心術を身につけてからだ。



「はっ……はぁッ……!」



まあでも、勉強も大事だが、朝の日課の筋トレやジョギングも大事だ。いつも通り、朝五時に起きて、動きやすい格好に着替えて、人知れずベッドから抜け出し、城の周りを走り回る。なまじ広い学校なので、一周するだけでも骨が折れる。だが、長年やってきたことだし、中々体力が付いて来たのではないかと思う。



「フ──……」



季節は秋へと移ろい、十月に入った。いよいよ、物語が動き出す。気を引き締めなければいけない。正直ロックハートとコリン・クリービーだけでお腹いっぱいなのに、これからもっと面倒くさいことが立て続けに起こるだなんて考えたくないものだ。

懐中時計で時間を確認すると七時前になっていたので、そろそろ寮に戻ることにした。秋とはいえ、動けば熱いし汗もかく。シャワーを浴びてから、食事に行かないと。風邪を引かないように、タオルで汗を拭きながら城に戻る。大広間の前を横切り、動く階段に足をかけたその時、医務室の方からぱたぱたと駈けてくる赤毛の少女が見えた。ジニーだ。



「あら、ジニー」

「!!」



ジニーは私を見かけた途端、髪の色と同じぐらいに真っ赤になった。慣れてくれないものかなあ、なんて思いながら、ジニーに近付く。



「おはようジニー。風邪はもう大丈夫なの?」

「あ、あっ、それ、あの……!」



ジニーは真っ赤になりながら、耳を押さえている。だがその指の隙間からは、もくもくとした煙が噴き出している。どうやら、校医特製の『元気爆発薬』を飲んだらしい。この薬、風邪はすぐ治るんだけど、数時間ほど耳から煙が出るという副作用がある。結構恥ずかしいので、あまり進んで飲みたがる人はいない。



「パーシーが無理矢理飲ませたのね。無神経よねぇ。彼、勉強よりも先に学ぶことってあるんじゃないかしら」

「や、あ、えと……!」



このところ、ジニーはずっと具合が悪そうだったから、パーシーが心配したのは分かるけれども。けど、その具合の悪さが本当に風邪だったのかは──今の私の目から見ても、よく分からない。今のところジニーはまだ顔色は良いし、私へ対する態度も普通だ。決して、おかしなところはない。



「ジニー、何か困ったことがあったら、いつでも言ってね。勉強でも何でも、相談に乗るから」

「──!」



優しく微笑んで頭を撫でると、ジニーは噴火しそうな勢いで顔を真っ赤にさせ、飛ぶように階段を駆け上がっていってしまった。うーん、彼女の精神上、言わない方が良かっただろうか。言ってしまってからこんなことを事を考えるだなんて、らしくないけれど。だって、私は分かっててジニーを見捨てておいている。ジニーを蝕む物が何であるのかを知っておきながら、私は見て見ぬフリをしている。全ては自分の為なのに、全てがみんなの為、みんなが成長する為であるという免罪符を振りかざし、目の前で苦しむ人を、捨て置く。

いや、捨ては置かない。いつかちゃんと、助けるから。必ず、助けるから、今はまだ──そうやって非道な自分自身に、言い訳をする。だって、だって、さ。



「……仕方ないじゃん」



死んでしまわなければ、何とでもなるんだから。

それからは、いつもの日常が続いた。ジョギングと筋トレをして、ロックハートやコリン・クリービーから逃げながら授業に行き、ロンやハーマイオニーたちとお喋りしながら食事をして、復習と閉心術と動物もどきの勉強に打ち込み、オリバー・ウッドの熱の籠った練習を受ける。スリザリンの練習風景を視察し、ニンバス2001の動きを見てからのウッドは凄まじい気迫で私たちを扱いた。弾丸の様な雨が降り注ぎ、風が刺すように吹きすさんでも、ウッドの熱はどこから沸いてくるのか冷めるところを知らないらしい。けれど私と作戦会議する時は何故か距離を取られた。何もするつもりはないんだけどなあ。

そんなこんなで、今日は十月三十一日だ。今年もお墓参りには行けそうにない。というか在学中は無理なのだろうけれども。さて、本編では絶命パーティとかに参加していた気がするけれど、私はフラグも何も踏むことは無く、普通のパーティに参加することになっていた。でも別に回避して言いイベントだよなあ、絶命パーティ。私、去年のハロウィンパーティに参加してないし、なんか来年もその次もロクに参加できた記憶が無い。なので今年は楽しいパーティに参加しようと思う。

朝五時に起きてみれば、もうパンプキンパイを焼く匂いがした。屋敷しもべ妖精たちの朝は早いんだなあ、なんて思いながら筋トレとジョギングを済ませ、部屋に戻る。ハーマイオニーとロンと合流して、朝食へ向かう。



「今年はパーティに参加できそうね」

「去年は御馳走、食べ損ねちゃったしな」

「ごめんなさいね、私の所為で!」

「別に責めてないわ。へそ曲げないでよ、ハーマイオニー」

「冗談よ。私もパーティ、楽しみなの。ハグリッドが育ててたジャックオランタン用のかぼちゃあるじゃない? この間見に行ったら、ハグリッドの小屋ぐらい大きくなってたの!」

「そりゃすげえ。でも、何したらそんなに大きくなるんだろう?」

「『肥らせ魔法』じゃないかしら。とにかく、楽しみね」

「だな。フレッドとジョージも、ひと騒ぎ起こそうって色々準備してたみたいだし」



ロンの言葉に、そういえばこの間、改良したフィリバスターの長々花火を寮で爆発させて大騒ぎを起こしていたのを思い出した。パーティの邪魔にならないよう願うばかりだ。なんて話ながら大広間につく。

大広間ももうすっかりハロウィンモードになっていた。生きたコウモリで飾られ、大きく膨れたジャックオランタンが、怪しい光を放ちながら吊るされている。日本はあまりハロウィンは大々的に行うイベントではないから、こういうのを見るとわくわくする。因みにダーズリー家でのハロウィンは、パンプキンパイを食べるだけのシンプルなものだった。普通でないものに仮装するなんて、あの一家にしてみればナンセンス以外の何者でもない。

……仮装、かあ。



「でも残念ね。せっかくのハロウィンなんだし、仮装とかしてみたかったわあ」

「そうねえ。ハロウィンの日が休日だったらよかったんだけど」

「でもこれから在学してたら、いつかは出来るんじゃないかな? みんなで仮装して、お菓子を配ったりするなんて、楽しそうじゃないか!」

「ほんと。いつかやってみたいわね!」



そんな、先の明るくなる話をしてはみるが、私の記憶がある限り、大体ハロウィンってロクな事が無かったような気がするし、最後の年なんて私たち学校行かないんだよね。まともにハロウィンパーティができるのは、これで最後なんじゃないかなあ……。

それから飛ぶように午後の授業が過ぎていき、あっという間に夕食の時間になった。ロンは魔法薬の宿題が終わっていなかったが無理矢理切り上げさせて、私たちはハロウィンパーティに向かった。大広間は既にハロウィンの御馳走とジャックオランタンで溢れかえっていた。ハロウィンパイ、チキン・キッシュ、バーベキュー・リブ、ジャンバラヤ、パンプキンプディングなどなど、美味しそうな食事が溢れており、みんなで少しずつとって食べた。中には死人の指に見えるショートブレッドクッキーや、墓石のように灰色なビスケットなど、ハロウィンらしいものもたくさんあった。

テーブルは血に塗れた手や、おどろおどろしい人形が飾ってあり、骸骨舞踏団が奏でるBGMが、よりいっそう雰囲気を醸し出している。頭上にはコウモリがギギギと鳴きながら行き交っており、双子のウィーズリーが余興にと改造した花火を飛ばして大いに盛り上げたり、ダンブルドアが杖を一振りすると、空からめいっぱいの大粒の飴玉が降ってきた。目玉のように大きい飴を一つ手にとって口に入れると、口いっぱいにパチパチと弾けて、舐めるたびに味が変わっていき、思わず噎せ込んでしまった。

とても楽しいパーティだった。みんなで笑いあいながら美味しい物を食べて、騒ぎを起こす双子を見て、また笑う。最近面倒な事が立て続けに起こってて気が滅入っていたから、今日みたいに楽しいことがあると、生きている実感を、噛み締める──それも、あの声を聞くまでは、そう思っていたのだ。



『 … … 引 き 裂 い て や る … … 八 つ 裂 き に し て や る … … 殺 し て や る … … 』



骨の髄まで凍らせるような、息が止まりそうな冷たい声が、脳内に響くように伝わってきた。きたか、と私はかぼちゃジュースを一気に煽って、ゴブレッドをテーブルに置いて、立ち上がった。自分から事件に巻き込まれに行くのは気が重いけれど、これも全てはみんなの為、自分の為だ、文句は言っていられない。パーティもそろそろ佳境に差し掛かった頃だ。ぐずぐずはしていられない。



「アシュリー、どうしたんだ?」

「──声が、聞こえるの」



わあこのセリフ電波みたい。なんて脳内で自分を茶化して、なんとか自身を保つ。この歳になって、こんな、こんな厨二みたいなセリフを言う日がくるなんて……!



「声?」

「おぞましい……殺意を抱いた、声が聞こえる……」



私が呟くようにそう言うと、ロンもハーマイオニーも顔色を変えて、耳を澄ませる。だが、聞こえるのは人々の騒ぎ声と、骸骨舞踏団の奏でる美しい音色だけ。二人は顔を見合わせて、首を傾げた。



「何も聞こえないわよ?」

「気のせいじゃないか?」

「ううん、気のせいじゃないわ。ほら、また──」

『 … … 腹 が 減 っ た ぞ … … こ ん な に 長 ー い 間 … … 』



私はそのまま、つかつかと歩いて大広間を出る。声に導かれるように、辿っていく。声が途切れれば、仄暗い廊下の石の壁に耳を当てて澄ませる。聞こえる、聞こえる、ずるりずるりと、重たい身体を引き摺る──おぞましい音が。



「アシュリー!!」

「どうしたんだよ!!」



ロンとハーマイオニーが後ろから追いかけてくる。声はどんどんと上の方へ向かって行く。私は声を追いかける。何も知らないように、何も分からないままに、全てを知っているなんて悟らせないような顔で、深刻な表情を顔に張り付けて、私は階段を上っていく。

二階、三階まで辿りつくと、声は途端に聞こえなくなった。私はいよいよ走り出した。角を曲がり、薄暗い部屋を横切り、誰もいない廊下に出て、足を、止めた。



秘密の部屋は開かれたり

継承者の敵よ、気をつけよ




壁に書かれた、血塗られた文字。床は水浸しになって、松明に照らされて光る影に、近付いてみる。見るまでもない、ミセス・ノリスだった。たいまつの腕木に尻尾を絡ませてぶら下がっている。板のように硬直し、目をカッと開いたままだ。背後から、ロンとハーマイオニーが追いかけてくる音が聞こえた。



「これは──」

「アシュリー、これは一体……」

「声が途切れたわ。一体なんなの、これは……」



訳の分からないふりをして、そんなセリフをのたまう。ハーマイオニーとロンは、硬直したミセス・ノリスの姿を見て、のけぞるように飛びのいた。



「ここを離れよう!」

「だめよ、ミセス・ノリスを助けなきゃ!」

「ここに居る所を見られない方がいいだろ?」

「ロン、それは──ちょっと、遅かったみたい」



巻き込んでごめんね、と心の中で謝罪を一つ。パーティを終えた生徒たちが、階段を踏みしめて登ってくる雷鳴の如き音が、廊下の両側から聞こえてくる。お喋りとさざめきが両端から押し寄せてくるのが分かって、ロンもハーマイオニーもミセス・ノリスのように硬直した。そして次の瞬間、生徒の群れがわっとなって廊下に現れた。

列の前にいた生徒が壁にかかれた文字や、動かなくなったミセス・ノリスを見た途端、お喋りする声も笑い声もざわめきも一切が消え、水を打ったようにしーんと静まり返った。おぞましい光景を前に、生徒たちが凍り付き、私たちと猫と壁の文字を交互に見つめて、震えていた。そんな中で、私たちはぽつんと取り残されたように、身動きが取れなかった。やがて、誰かが叫び声を上げた。



「継承者の敵よ、気をつけよ! 次は、お前たちの番だな!!」



ドラコ・マルフォイが珍しく頬に生気をみなぎらせて、そう叫んだ。誰もが黙したまま、私たちを刺すような目で見る中、私は一人でふう、とため息をついた。

さて、ようやく物語が動き出したか──。


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