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やることやって、スッキリした顔で私はハグリッドの小屋まで向かった。ノックすると、顔を綻ばせたハグリッドがドアをぱっと開けてくれた。



「いつ来るか、いつ来るか待っとったんだぞ、アシュリー。さぁ、入った入った。ロンとハーマイオニーも、もう中におるよ」

「ごめんなさいね、入学早々、色々立て込んでて……」

「あぁ、よーく知っちょる。お前さんも災難だなぁ」

「私はまだ平気なんだけど……ロンは平気そう?」

「ありゃあだめだ。全部吐き出させるしかねぇ」



ハグリッドと言葉を交わしながら中に入る。中には銅の洗面器に永遠とげっぷをしながらナメクジを吐いているロンと、それを心配そうに見守るハーマイオニーの姿があった。私が入ってきたのを見て、ハーマイオニーが不安そうに顔を上げた。



「アシュリー、何かいい呪文を知らない? 何度も何度も反対呪文をかけているのに、全然効かなくって……!!」

「見たところ、呪文が正常に作動してないわね。呪文その物が、別の呪いに組み換わってるみたい……マダム・ポンフリーでも治せるかどうか……」

「やっぱり、ハグリッドの言う通り、止まるまで待つしかないのかしら……」

「そうね……ロン、頑張ってね……」



ウン、とすら言えないらしく、ロンは青い顔のまま、洗面器に顔を突っ込んだまま片手を上げて返事をした。



「んで、やっこさんは誰に呪いをかけるつもりだったんだ? え?」

「ドラコ・マルフォイよ。あの子、ハーマイオニーのことを『穢れた血』と呼んだの」

「そんなこと──本当に言ったのか!!」



ハグリッドは大憤慨した。ハーマイオニーは、気まずそうにもじもじとしている。多分、ハーマイオニーは言葉の意味を、知らないのだろう。



「言ったわ。でも、どういう意味なのか私は知らないの。勿論、ものすごい失礼な言葉だということは分かったわ。みんな、すごい怒りようだったもの」

「当の本人が言葉の意味を知らないって、本当に馬鹿らしい話よね」



ちらりとロンを見やる。まだゲーゲーと吐いていて、とても説明できそうな雰囲気ではない。仕方ない、と私はなるべく心を落ち着けて、告げる。



「『穢れた血』っていうのはね、マグル生まれの魔法使いを指す差別用語なのよ。ドラコのように、代々魔法族のみで続いてきた家系は『純血』って呼ぶのよ。そんな純血主義者は、自分たちこそが魔法界を支配するに相応しいと信じて疑わない連中なのよ」

「そんな……」

「勿論、今はそんな考えの方が逆に淘汰されてる時代なのよ。マグルに比べて、魔法族は圧倒的に数が少ないし、マグルと交わらなければ魔法族なんてとっくの昔に途絶えていただろうしね。大体、魔法使いの始祖はマグル生まれなのよ? おかしいったらないわ」

「……」

「ハーマイオニー、あなたが恥じることなんて何一つないわ。あなたは、私たちの学年の誰よりも頭が良くて、才能のある魔女だと思うわ」

「そうだぜ、気にするなよ、ハーマイオニー」



そうか細い声で言った途端、ロンはまたどさどさとナメクジを吐いたので雰囲気台無しになった。でも、ハーマイオニーは、面白そうに笑っていたから、まあいいかと思った。



「それに、ドラコにはお仕置きしておいたから、ね?」

「お仕置きって、あなた何を―――」

「……男の尊厳を、砕いてきただけよ」



多くは、語るまいに。私はハグリッドが淹れてくれた紅茶を飲む。茶菓子も差し出してくれるのはありがたいが、その皿に乗っかっているのは文字通り岩のように固いロックケーキだということを私は知っている。うん、相変わらず茶菓子には手を出すことは出来ないが、お茶は美味しい。



「でも、アシュリーの話の通りだとしたら、今の純血の人たちって、魔法族同士で婚姻を続けてきたってことでしょう? そんなこと何百年もやってたら、みんな親戚になっちゃうんじゃないかしら」

「あら、その通りよ。元を正せば一つなんだもの、今の純血の家系はどこかで必ず繋がっているのよ。多分だけど、ウィーズリー家も、マルフォイ家と繋がりがあるんじゃないかしら」

「ウーン、どうだったかなあ。でも僕のお婆ちゃんは、確かすごい純血の家系だったと思う。それこそ、純血主義を大量に出してる様なとこ」

「へえ、あなたのご家族は、とてもマグルに懇意に見えるけど……不思議なこともあるのねえ」



そうなのか、そんな記述あっただろうか。そこまで詳しいことは覚えていなかったので、ゲーゲーナメクジ吐いてるロンにハーマイオニーと二人でほうほうと相槌を打った。



「でも、私はドラコのことは、少し哀れに思うわ。ロンも、ハーマイオニーはいい顔しないでしょうけれども」

「そりゃあ、そうだけど……でも、不思議だわ。どうしてあなたはそんなに、マルフォイのことを庇うの? 責めてるとかじゃなくて、純粋に疑問なの」

「そこで責めない所に、あなたの賢さを感じるわ。ねえ、考えても見て頂戴。マルフォイ家は純血主義で名を馳せる家系よ。当然、身内の全ては“そういう”魔法使いばかりだったでしょう。そんな家で育って、彼が純血主義にならない方が不思議だと思わない?」

「正論だけど、甘過ぎだろ。あいつが嫌な奴じゃない時って、アシュリーの前でだけだろ。余所ではデカイ顔してるのを、アシュリーが知らないだけなんだ!」

「そうは言ってもねぇ、彼まだ子どもなんだもの」



そう言うと、ロンもハーマイオニーも、ロックケーキに夢中になっていたハグリッドですら、ぽかんとした顔をした。



「そりゃ、そうだけど……」

「要するに、人より優位に立ちたい、自慢したがりな、自尊心の強いただの子どもなのよ、彼。そう考えると、強がり言ってるようにしか見えないのよねぇ、私には」

「見方によっては、そうかもしれないけれど……」

「だからこそ、私は彼はまだ大丈夫だと思うのよ。勿論、ハーマイオニーに後ろめたさを感じない、と言えば嘘になるけれど……」



普通に考えたら、酷い話だと思う。ロンにとってハーマイオニーにとってドラコは天敵でありながら、私にとっては三人とも“友人”であるとのたまうなんて。本来なら、ぶん殴られてもおかしくはないと思う。それでも私にとって、どちらも大切な子なのだ。



「そりゃあ、なんでだよって思うけどさ。でも言ったところで、君は直らないだろ?」

「私も思う所はあるけど、マルフォイと仲良くしろって言われなきゃ、別にどうこう言うつもりはないわ。あなたの友人関係なんだもの」

「……二人とも、」

「変だけど、それがあなたなんだもの」

「僕たちが理解せずに、誰が君を理解するって言うんだ」



それが出来るのは、この子たちのおかげ。私を信じてくれている、この子たちのおかげ。その絶対の信頼を、その無比な友情を、直視出来ないと嘆く自分がいる半面、素直に嬉しいと思う自分が生まれたのに、気付く。そう、私はこの子たちからも逃げないと誓ったのだ。だから、その芽生えを、素直に喜ぶことにしよう──そう、思った。



「だが、擁護できる部分と、できねえ部分は履き違えちゃあならねぇぞ、アシュリー。なんたってやっこさん、ルシウス・マルフォイのせがれだからな」

「平気よハグリッド。私は、自分の欲望に忠実だから」



それもそれでどうなんだ、という視線がロンたちから送られるが、まあスルーとしよう。話が落ち付いたところで、ハグリッドがふいに思い出したように言った。



「アシュリー! お前さんケチくさいじゃないか、うん? サイン入りの写真を配っとるなんて、どうして黙ってたんだ?」

「ちょ、ハグリッドまでそんなこと言うの!?」

「はっはっはっ、からかっただけだ、気にすんな。お前さんはそんなことせん。ロックハートに言ってやったわ。何にもせんでも、お前さんはやっこさんより有名だってな!」

「そりゃあいい! その時のロックハートの顔──」



見たかった、という前にロンの言葉は洗面器の奥底へと消えて行った。無理して喋らなければいいのに……。



「ほんと、なんであんな人が先生になれたのかしら」

「ちょっとアシュリー! それって酷い偏見じゃない? ダンブルドア先生は、あの先生が一番適任だとお考えになったのよ?」

「違う。他にはだーれもおらんかったんだ」

「闇の魔術に対する防衛術の先生が?」

「そうだ。人っ子一人おらんかったんだ。全く、ひでぇ話だと思わんか、え? 代わりに来たのは、あの役立たずときたもんだ!」



スネイプですら擁護するハグリッドが、仮にもホグワーツの先生を批判するなんてちょっと驚きだ。確かにハグリッドの言う通りでもあるんだけど……。

しばらくハグリッドとのお茶を楽しんだ後、ハグリッドに別れを告げ、お昼を食べに城へ戻った。ロンの発作はだいぶ軽くなって来ていたが、まだしゃっくりの度にナメクジを吐いていた。しばらくはバケツを持ち歩かないと、今度はフィルチ辺りにキレられそうだ。

三人で大広間に足を踏み入れた時、遠くからマクゴナガル先生が歩いてきた。



「ミス・ポッター、ウィーズリー、そこにいましたか。二人とも、処罰は今夜になります」



マクゴナガル先生はそう言いつつも、いつもの厳しさはない。まあ、表向きの処罰だって言ってたし、そこまで酷い処罰ではないのだろう。



「ウィーズリーは、私の書斎の整理の手伝いを。そしてミス・ポッターには……ロックハート先生の、ファンレターに返事を書くのを手伝いなさい」



そのセリフを聞いた瞬間、本格的に貞操の危機を感じた。



「そ、そんなっ! 私も書斎の整理がいいです! だめなんですか……?」

「……ミス・ポッター。ロックハート先生はあなたを“特に”ご指名なのです。気持ちは分かりますが……えぇ、私の力ではどうすることもできませんでした……」



マクゴナガル先生があまりにも残念そうな顔をするので、私は逆に申し訳なくなってきた。ロックハートの私に対するあれこれは、一週間でここまで広まっているらしい。頑張ります、としょんぼりしながら返事をすると、マクゴナガル先生は一つ咳払いをした。



「ミス・ポッター、武運を祈りますよ」



私は戦地に送り込まれる兵士か何かなのか。

真面目腐った顔でマクゴナガル先生はそう言うと、かつかつと去っていった。ロンの至極憐れむような視線と、ハーマイオニーの羨む視線を一身に受けながら、気の重いまま私は昼食へと向かった。





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ロンのばあちゃんはブラック家出身だけど
ロンはそれを知らなそうな気がする


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